環境
考え方・方針
日立は2018年6月、金融安定理事会(FSB)「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に、賛同を表明しました。本項目では、TCFDの提言に沿って気候変動関連の財務関連の重要情報を開示します。
なお、日立のTCFD開示は、2024年3月に発表された、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の国内株式運用機関が選ぶ「優れたTCFD開示」に3年連続で選出されており、今回は、選出企業の中では最も多い、8機関から高い評価を得ることができました。
体制
日立は、気候変動を含む環境課題への対応を重要な経営課題の一つと認識しています。
気候変動対策を含む「サステナビリティ戦略」についての重要事項は、経営会議にて審議・決定され、必要に応じて取締役会に附議されます。CO2排出量削減目標を含む環境長期目標「日立環境イノベーション2050」は、策定および改訂の際にも取締役会への報告を経ています。また、年1回、社外取締役によって構成する監査委員会が、サステナビリティ関連業務についての業務監査を実施し、気候変動に関する重要事項についても担当執行役から報告を行っています。
対外的なTCFDに関する取り組みについては、2019年より経済産業省の「グリーンファイナンスと企業の情報開示の在り方に関する『TCFD研究会』」に参加しました。さらに、企業の効果的な情報開示や、開示された情報を金融機関などの適切な投資判断につなげるための取り組みについて議論を行う「TCFDコンソーシアム」に企画委員として参加し、2022年10月に発行されたTCFDガイダンス3.0の作成などに貢献しています。
考え方・方針
日立は脱炭素社会の実現へ向けグローバル企業に求められる貢献を果たすため、2016年度に「環境ビジョン」のもと、パリ協定やIPCC第5次評価報告書の「RCP2.6シナリオ*1」「RCP8.5シナリオ*2」などを踏まえて、脱炭素社会への移行計画でもある環境長期目標「日立環境イノベーション2050」を策定しました。さらに、IPCC1.5℃特別報告書を踏まえた気温上昇1.5℃以内の実現に向け、2020年度に、日立の事業所(ファクトリー・オフィス)における2030年度までのカーボンニュートラル達成、2021年度には、バリューチェーンを通じて2050年度までにカーボンニュートラル達成、という目標に改訂しました。これは、IPCC第6次評価報告書の「SSP1-1.9シナリオ*3」に沿った目標です。
日立は、グローバルでの脱炭素社会の実現に向けて、より高い目標を表明し、脱炭素社会の実現に貢献していきます。
*1RCP2.6シナリオ:産業革命前に比べて21世紀末に世界平均気温の上昇幅が2℃未満に抑えられるシナリオ
*2RCP8.5シナリオ:産業革命前と比べて4℃前後上昇するシナリオ
*3SSP1-1.9シナリオ:IPCC第6次報告書で提示。持続可能な発展のもとで、気温上昇を1.5℃以下に抑えるシナリオ
日立は多数の事業をグローバルに展開しており、事業ごとに異なるリスクと機会を有しています。気候変動がもたらす影響に対応するため、TCFDの分類に沿って、気候変動のリスクと機会を検討し、気候変動の影響を受ける可能性が相対的に高い重要事業については、事業別にリスクと機会を検討しています。気候変動のリスクと機会の検討にあたっては、検討期間を「短期」「中期」「長期」の3期に分類し、それぞれを次のように定めています。
気候変動のリスクと機会の検討における「短期」「中期」「長期」の定義
期間 | 採用した理由 | |
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短期 | 2022~2024年度までの3カ年 | 2024中期経営計画に合わせて3年間の環境活動を定めた「2024環境行動計画」によるマネジメント期間 |
中期 | 2030年度まで | 日立環境長期目標で定める2030年度目標に合わせた期間 |
長期 | 2050年度まで | 日立環境長期目標で定める2050年度目標に合わせた期間 |
影響度の定義
影響度 | 定義 |
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大 | 事業が停止、もしくは大幅な縮小・拡大するほどの影響がある |
中 | 事業の一部に影響がある |
小 | ほとんど影響ない |
日立は幅広い事業を展開しており、個々の事業によってリスクと機会が異なるため、気候変動の影響を受ける可能性が相対的に大きい事業を選択し、シナリオ分析を実施しました。事業選択にあたっては、日立の中での売上規模が大きいことや、製品・サービスの使用時のエネルギー使用によるCO2排出量が多いことを考慮しました。これまでは化石燃料を主なエネルギー源とする事業がありましたが、それらの事業は非連結化されています。
検討の結果、「鉄道システム事業」「発電・電力ネットワーク関連事業」「情報システム関連事業」「産業機器事業」を分析対象事業としています。これらの対象事業について、それぞれ1.5℃および4℃シナリオ下における事業環境とその対応について検討しました。
さらに、脱炭素社会の道のりの進展の如何を問わず起こり得ると予想される事象を「環境以外のファクターによる市場環境(1.5℃/4℃シナリオによらない)」としてまとめています。
対象事業別のリスクと機会の検討結果は、次の表の通りです。
日立の事業における1.5℃/4℃シナリオ下における事業環境と、主なリスクと機会、および対応
対象とした事業 | 鉄道システム事業 | 発電・電力ネットワーク関連事業 | 情報システム関連事業 | 産業機器事業 |
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1.5℃シナリオ下における事業環境および主なリスクと機会 | 事業環境 各国·地域でCO2排出規制の強化に伴い、輸送原単位あたりのCO2排出量が相対的に少ない輸送·移動手段である鉄道に対する需要がグローバルで継続して拡大 | 事業環境 再生可能エネルギーや原子力発電などの非化石エネルギーによる電力需要は、各国・地域のCO2排出規制強化に伴い、グローバルで拡大。電力網は、分散型発電である再生可能エネルギー発電への対応が増加 | 事業環境 各国・地域でのCO2排出規制が強化され、省エネルギーかつ高効率なITソリューションの需要が拡大。また、脱炭素関連事業向け投融資やグリーンボンド発行などの金融関連ビジネスが拡大するほか、生成AIの活用をはじめとしたデータ利用ビジネスの拡大に対応するデータセンターやデータ解析などのシステム構築需要が増加 | 事業環境 各国·地域でCO2排出規制が強化され、省エネルギー性能が高い産業製品の需要がグローバルに拡大 |
リスク 鉄道分野における、CO2排出量削減への貢献が期待される革新的技術開発の遅れによる競争力の低下。具体的にはダイナミックヘッドウェイ(乗客の需要に応じた柔軟な運行)、新しいモビリティサービス(MaaSなど)への対応といった新規の技術開発の遅れ。また、脱炭素化に向けて厳しくなる法令・規則に対応できる効果的で持続可能な製品のタイムリーな販売の遅れによる競争力の低下 | リスク 既存の供給業者の生産能力では、未曽有の需要増加を支えきれず、新興供給業者の参入障壁が低下。CAPEX能力拡大投資をした場合、業界のメガサイクルがピークに達した後も成功するための新技術や新ビジネスモデルの開発を促進するという戦略の焦点がぼやける可能性あり。新技術開発サイクルを無理に短縮しようとすると、長期的に品質問題につながる可能性あり。出力変動が大きい再生可能エネルギー発電においては、電力網の需要バランスを維持するための国際協力・地域協力がなければ再生可能エネルギー活用が遅れる | リスク 省エネルギーかつ高効率なITソリューションを提供するための技術開発の遅れや人財不足、エネルギー多消費のデータセンターなどにおける脱炭素化対策の遅れによる競争力の低下 | リスク 高効率·低損失なプロダクトの開発遅れによる競争力の低下 | |
機会 鉄道は、長距離の公共交通の中で、輸送単位あたりのCO2排出量が少なく脱炭素化に貢献する輸送手段であるため、1.5℃シナリオでは、長距離交通手段の多くが鉄道に移行。既存の鉄道車両よりも省エネルギーな鉄道車両の開発・提供や、バイモード車両への転換、デジタル技術を活用した鉄道サービスの効率化などによる事業機会の拡大 |
機会 脱炭素エネルギーへのシフトを実現する再生可能エネルギーの需要拡大や多様化するエネルギー需要、エネルギーミックスに対応するグリッドソリューション事業、デジタル・サービスソリューション事業およびエネルギープラットフォームの提供に事業機会が拡大。 前例のないレベルの投資が、洋上風力発電、太陽光発電、デジタルロード管理システム、高圧/超電圧送電へ展開 |
機会 脱炭素関連事業向け投融資やグリーンボンド発行などの環境金融ビジネス拡大に伴う各種需要の増加。省エネルギーかつ高効率で、ゼロエミッションの実現に寄与する情報システムに対する需要拡大 | 機会 IoT活用・デジタル化・コネクテッド化などにより、機器プロダクト単体での省エネルギーだけに頼らないCO2排出量削減に貢献する革新的なプロダクトやソリューションの開発 | |
4℃シナリオ下における事業環境および主なリスクと機会 | 事業環境 エネルギー規制が少ないため、使いやすい電気をエネルギーとする輸送·移動手段に対する需要は緩やかに増加。気候変動に起因する台風や洪水などの自然災害による被害は激増 | 事業環境 化石エネルギー消費の増加に伴う燃料価格が徐々に上昇することにより、非化石エネルギーのコスト競争力が相対的に高まり、再生可能エネルギー、原子力などの需要も緩やかに増加。気候変動に起因する自然災害は激増。電力エネルギーシステムを異常気象から守るための気候適応の必要性が増加 | 事業環境 自然災害のBCP対応に伴うITシステム多重化によって関連するエネルギーの消費量が増加し、新たな高効率技術の需要が拡大。自然災害の被害低減に貢献する社会·公共システム構築の需要拡大 | 事業環境 気候変動に起因する台風や洪水などの自然災害が激増 |
リスク 自然災害の頻発により、生産施設被害の増加や労働環境の悪化、サプライチェーン寸断による部品調達や納品の遅れなどが増加 | リスク 自然災害の頻発により、発電・送配電施設への損害の増加、送配電施設の復興の困難化、サプライチェーン寸断による部品調達や納品の遅れなどの増加。頻発する自然災害に耐えうる発電・送配電関連設備、施設、サービスの開発、提供の遅れなどが増加 | リスク 自然災害によって生産施設被害の増加や労働環境の悪化、サプライチェーン寸断による部品調達や納品の遅れなどが増加 | リスク 自然災害によって生産施設被害の増加や労働環境の悪化、サプライチェーン寸断による部品調達や納品の遅れなどが増加 | |
機会 自然災害への対応をさらに強化した車両·運行システムの開発。さらなる省エネルギー車両の提供や新しい技術への対応促進など付加価値向上による競争力の強化 | 機会 気温上昇がもたらす空調の需要拡大などによるエネルギー需要の増大。自然災害への強靭性を高めた発電・送配電技術の需要拡大。極端な天候にも耐えうるよう、既存の送配電システムを強靭化することで競争力強化 | 機会 自然災害の被害低減に貢献する社会·公共システムやBCP対応のためのITシステムなどの需要拡大 | 機会 自然災害に対応するリモートコントロール、リモートメンテナンスなどの需要拡大に伴うIoTプロダクトへの対応強化 | |
環境以外のファクターによる市場環境(1.5℃/4℃シナリオによらない) |
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今後の事業リスクへの対応(事業機会) |
1.5℃/4℃シナリオ下事業リスクへの対応
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1.5℃/4℃シナリオ下事業リスクへの対応
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1.5℃/4℃シナリオ下事業リスクへの対応
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1.5℃/4℃シナリオ下事業リスクへの対応
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財務関連情報(対象セクターの売上規模) | 日立の2023年度の売上収益の8.8%を占める鉄道システム事業の売上収益8,561億円(2023年度)の一部に影響 | 日立の2023年度の売上収益の22.2%を占めるエネルギーセクターの売上収益21,597億円(2023年度)の一部に影響 | 日立の2023年度の売上収益の26.7%を占めるデジタルシステム&サービスセグメントの売上収益25,986億円(2023年度)の一部に影響 | 日立の2023年度の売上収益の5.0%を占めるインダストリアルプロダクツ事業の売上収益4,872億円(2023年度)の一部に影響 |
Note:これらのシナリオ分析は、将来予測ではなく、日立の気候変動のレジリエンスについて検討するための方法です。将来の姿は各シナリオとは異なる可能性があります
事業別に検討した結果、日立では、気候変動関連の重大で対応が困難なリスクは見つかりませんでした。
脱炭素社会が実現した時に既存の事業が存続しているかどうかという視点で考えた場合、エネルギーとして電気を使う事業なら、使用する電気を非化石エネルギー由来の電力に切り替えることで脱炭素社会への適応が可能です。一方で、現在、化石燃料を使用している事業では、脱炭素社会へ適応するために、水素やバイオマスをはじめとする新技術やCO2オフセットなどへのさまざまな対応が必要となることが想定されます。日立の事業は、電気を使う事業が多いので、化石燃料が使えなくなることに起因する重大なリスクは少ないことが分かります。
日立グループ全体での、1.5℃シナリオにおけるリスクと、4℃シナリオにおけるリスクを以下にまとめました。日立の業態では、これらの気候変動に関するリスクについては、対策が可能であると判断しました。
(1)脱炭素経済への移行リスク(主に1.5℃シナリオにおけるリスク)
カテゴリー | 主なリスク | リスクが現れる時期 | 影響度 | 主な取り組み |
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政策および法規制 | 炭素税、燃料・エネルギー消費への課税、排出権取引などの導入に伴う事業コスト負担増 | 短期~長期 | 中 |
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技術 | 脱炭素社会に向けた製品・サービスの技術開発の遅れによる、販売機会の逸失 | 短期~長期 | 中 |
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市場・評判 | 気候変動問題への取り組み姿勢への評価や市場の価値観の変化による売上の影響 | 中期~長期 | 小 |
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(2)気候変動の物理的影響に関連したリスク(4℃シナリオにおけるリスク)
カテゴリー | 主なリスク | リスクが現れる時期 | 影響度 | 主な取り組み |
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急性的・慢性的な物理的リスク | 気候変動の影響と考えられる気象災害、例えば台風や洪水、渇水などの激化(急性リスク)や、海面上昇、長期的な熱波など(慢性リスク)による事業継続のリスク | 短期~長期 | 中 |
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環境長期目標や2024中期経営計画に掲げたCO2排出量の削減目標を達成するためには、事業所(ファクトリー・オフィス)の脱炭素化はもとより、バリューチェーン全体の排出の多くを占める、販売された製品・サービスの使用に伴うCO2排出量の削減が重要です。使用時にCO2を排出しない、またはなるべく排出しない製品・サービスの開発・提供は、お客さまニーズへの対応になり、社会が求めるCO2排出量削減への貢献にもつながります。これは、日立が経営戦略として推し進めている「社会イノベーション事業」の大きな柱であり、短・中・長期にわたる大きな事業機会となります。
カテゴリー | 主な機会 | 影響度 | 主な取り組み |
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製品におけるサービス・市場 | 気候変動の緩和および適応への貢献が期待できる革新的な製品・サービスの提供拡大による、市場価値や収益の増大 | 大 |
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レジリエンス | 気候変動に伴う自然災害への対策に資するソリューションの提供 | 中 |
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これらの検討の結果から、日立では気候変動関連の重大で対応が困難なリスクは現段階では見つからず、気候変動対策への貢献はビジネスの機会として捉えることができることが分かりました。1.5℃および4℃いずれのシナリオ下においても、市場の動向を注視し柔軟かつ戦略的に事業を展開することで、日立は、中・長期観点から、脱炭素社会への移行において高いレジリエンスを有していると考えています。
体制
日立は、気候変動関連リスクについて、BUおよびグループ会社ごとに環境負荷などを把握し、評価・管理しています。評価結果は、日立製作所サステナビリティ推進本部にて集約し、日立全体として特に重要と認識されたリスクや機会がある場合には、経営会議で審議・決定し、必要に応じて取締役会で審議します。
戦略・目標
日立は、中・長期の指標と目標を環境長期目標「日立環境イノベーション2050」で定めており、さらに、短期の指標と目標を、3年ごとに策定する「環境行動計画」で詳細に定めて管理しています。
気候変動の緩和と適応に関する指標は、CO2排出量総量や、CO2排出量原単位削減率を採用しています。日立の事業特性上多くを占める、Scope 3カテゴリー11の「販売した製品の使用」に伴うCO2排出量総量は、製品の販売額や、事業ポートフォリオの変更により大きく変動し、省エネルギー化や高効率化などの成果が見えにくいなどのデメリットがあります。そのため、同等の価値を提供するものにおいて、CO2の排出をより抑えた製品・サービスをお客さまや社会に提供していく指標として、CO2排出量原単位ベースの指標を設定しています。また、社会全体の脱炭素社会の実現に貢献するCO2削減貢献量の指標も設定して管理しています。
自社の事業所(ファクトリー・オフィス)で発生するCO2排出量については、CO2削減に寄与する設備投資にインセンティブを与える「日立インターナルカーボンプライシング(HICP)」制度を活用しながら、削減を進めていきます。なお、HICPの炭素価格は1t-CO2につき14,000円と設定しています。
また、環境長期目標の達成に向けた環境価値創出を加速させるため、2021年度から環境価値を勘案した評価を役員報酬制度に導入しています。