The Reality of DX/GX Vol.4
2023年2月 日経 xTECH Special掲載
今日ほど、企業に事業の業績以外の努力が求められる時代はかつてなかったのではないか。特にESG(環境・社会・ガバナンス)は喫緊の課題だ。企業価値を左右する重大な評価軸になっており、投資家や消費者を中心に情報開示を求める動きも加速している。一方で海外では「ESGウオッシュ」と呼ばれる虚偽の情報提供で制裁金が課せられる事案も起きている。
日経BP総合研究所 フェロー
桔梗原 富夫
事業の短期的な業績は当然のこととして、同時にサステナビリティと公共の利益をバランスさせることが求められる時代になってきました。そのためには「ESG」の3つの取り組みが欠かせません。企業に対してESGを含め非財務情報の開示を求める動きも国際的に強まっています。従来、投資家は企業に投資する判断材料として、収益性や資金の運用効率を表す財務諸表に関心を寄せていました。しかし近年、非財務情報について判断材料として重視するように変わってきているのです。ESGへの取り組みは企業価値の向上だけでなく、人材の採用や商取引にも影響を与え始めています。経営者には、長期的・持続的な企業成長のため、早々にESG経営を推進することが求められるでしょう。
ESGの取り組みには、「環境」「社会」「ガバナンス」の3つの柱がある。この中で最も早い時期から動いてきたのは「環境」だろう。日本政府は2020年10月に「カーボンニュートラル宣言」を発表。2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにすると述べた。具体的には、二酸化炭素を含む温室効果ガスの総排出量から植林や森林管理などによる吸収量を引き、その合計を実質的にゼロにするという意味だ。宣言から2年以上が経ち、企業の間でもカーボンニュートラルへ向けた取り組みが加速している。
難しいのは、自社の排出量だけでなく、サプライチェーンやバリューチェーン全体でゼロをめざす必要がある点だ。まず現在の温室効果ガスの排出量を算定したうえで、段階的に削減していくための施策を検討する。エネルギーの効率的な活用やリサイクル、環境負荷の少ない素材や業務フローへのシフトなど、課題は山ほどある。
「社会」の面でキーワードになっているのは「人的資本経営」だ。従業員のウェルビーイングやダイバーシティ、健康経営などの重要性が叫ばれる。国際標準化機構(ISO)が関連する国際規格を発行したり、米証券取引所(SEC)が上場企業に対して情報開示を義務づけるなど、国際的な動きも活発化している。
「ガバナンス」に関する中心的な課題には、コンプライアンスやリスクの管理、社外取締役比率の向上などが挙げられる。社会の情報化が進み、企業のトラブルや風評はSNSで瞬時に拡散する時代になった。その重要性は日増しに高まっている。
こうしたESGの取り組みを、資金面からバックアップする政策も進む。環境省や地方自治体が主導するESG金融支援の他、証券業界では「ESG」や「SDGs」などを冠した「ESG関連公募投資信託(ESG投信)」が広がり、金融業界では「サステナブルファイナンス」が活発化している。金融庁は2020年12月に「サステナブルファイナンス有識者会議」を設置し、これらを「持続可能な経済社会システムを支えるインフラ」と位置づけた。サステナブルファイナンスを推進するために必要な施策を議論し、企業による情報開示の充実や市場機能の活用、金融機関の活用などに取り組んでいる。
ESGは一過性のブームではなく、具体的な成果が求められる段階に来ている。しかし、これまで述べてきただけでも多くの課題があり、何から着手すればよいか分からないと悩む企業が少なくない。
しかし、手をこまねいている時間的余裕はない。情報開示を求める社会的な動きが加速しているからだ。
それが大きく顕在化したのは、2021年6月のことだ。金融庁と東京証券取引所による「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」が改訂され、ESGに関する内容が大きく組み込まれた。CGコードに法的な強制力はないが、投資家への説明責任が義務化されている上場企業にとっては、強制に近い大きな影響力がある。改正の主なポイントは次の4つだ。
第1は「取締役会の機能発揮」。プライム上場企業に対し、独立社外取締役の3分の1以上選任を求めるなど、欧米の先進企業さながらの透明性を求めている。
第2は「企業の中核人材への多様性の確保」。管理職に女性や外国人、中途採用者などを登用し、ダイバーシティを確保するよう求めている。
第3は「サステナビリティに関する課題への取り組み」。特にプライム上場企業に対し、金融安定理事会(FSB)の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、または同等の枠組みに基づく気候変動に関する情報開示を求めている。
第4は上記以外の課題であり、例えばプライム上場の子会社は独立社外取締役を過半数選任することなどを求めている。こうした動きは今後、ますます進むに違いない。
CGコードが重視しているのは「サステナビリティ経営」であり、その中心的な柱がESGとなる。企業価値を決める重要な評価指標になっているため、投資家も投資リスクを避けるために情報開示を強く求めている。情報開示の充実については、CGコードの「原則3-1」にある。
上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。
(東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード〜会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために〜(別紙6)」P12より引用)
企業が市場で正当な評価を受けるために、ESG情報開示への対応は欠かせないものになっている。中長期的な企業価値に影響する課題であり、質と量の充実が求められる。
ESG投資は拡大を続けており、ESGを冠して運用されるESG投信も増加している。一方で、ESG投信をうたいながら、実はESGを考慮せず運用している「ESGウオッシュ」の問題が浮上してきた。こうした中、政府が2022年6月に閣議決定した「新しい資本主義」の実行計画に「2022年度末をめどに監督指針について所要の措置を講ずる」という文言が入った。これを受け、金融庁はESG投信の本格的な監督に乗り出す。
監督指針とは、金融庁が金融商品を検査、監督する際の着眼点を整理したものだ。2023年3月までに決定する予定で検討が進んでいる。主な目的は、実体のない見せかけだけのESG活動で市場に誤解を招くESGウオッシュの規制である。
海外では、このような取り締まりがすでに始まっている。2022年5月23日には、米証券取引委員会(SEC)が米銀大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロンの資産運用子会社に対して150万ドル(約1億9000万円)の制裁金を科した。ESG情報の開示が十分でないうえ、虚偽の情報を提供したためだ。
またドイツの金融当局は、ドイツ銀行と傘下の資産運用会社のドイチェ・アセット・マネジメント(DWS)を2022年5月に家宅捜索した。嫌疑はやはりESGウオッシュだ。150万ドルの制裁金が課せられたため、その責任を取ってDWSのCEOを務めていたアソカ・プアマン氏が辞任した。こうした動きの影響は大きく、2022年はESGウオッシュを警戒してESG投信の新規設定本数も減少傾向になったと言われる。
ESGへの取り組みは企業価値の向上だけでなく、人材の採用や商取引にも影響を与え始めている。就職先を選ぶ際に、ESGへの取り組みを重視する学生が増えている他、サプライチェーン全体での取り組みが必要になっていることから、取引先の選定基準にもESGが入り始めている。CSR(企業の社会的責任)の1つと考えられてきたサステナビリティ経営は、企業の成長に影響する重大な課題へとその認識が変化しつつある。
企業におけるサステナビリティの重要性
「環境」出所:詳細はこちらから
「社会」出所:詳細はこちらから
「経済」出所:GSIA "GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW" 2020
ESGへの取り組みは、もはや企業にとって避けられない課題だ。一朝一夕にできるものではないため、1日も早い着手がカギになる。
まず必要なのは、現状を把握することだ。必要なデータを揃え、今の状態を把握すれば、次に何をすればよいかが見えてくる。また、ESGはリスクばかりではない。ユニークな取り組みを発見することで、企業イメージを向上させる武器にもなるのだ。次回は、ESGに必要な取り組みやデータ基盤などについて解説する。
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