信頼とは、わたしたちの社会がうまく機能するためには欠かせないものです。たとえば、経済は銀行システムと通貨に対する信頼の上に成り立っており、医療は医学と医師に対する信頼に支えられています。信頼することができれば、物事はとてもシンプルになり、効率的に暮らすことができるのです。
かつて人々は、お互いに顔見知りというほど小さな村に住み、お互いの行動に説明責任を負うという小さな社会を築いていました。次第にその社会は大きくなり、わたしたちは信頼のよりどころを政府や企業、組合など大きな組織に求めるようになりました。今でも、これらの組織に対する信頼は、生活の多くを支えています。
ところが、インターネットやモバイルデバイスの普及によって、大きな組織を介さなくても個人同士がダイレクトにつながれるようになりました。その結果生まれたシェアリングエコノミーは成長し、大きな組織に寄せられていた信頼は分散しつつあります。
このプロジェクトで、これからの社会の変化が人々の生活や価値観をどう変えるのか、わたしたちは3つの方向性を描きました。そして、そこで生まれる新しい「信頼のかたち」とはどんなものかを思索しました。
仮に、信頼されるために、透明性の高い情報提供が欠かせなくなった社会を想像してみましょう。この社会では、人々はいくつかの重大なデータ漏えいを経験します。特に政府によるデータ漏えいは、人々からの反発を招き、人権侵害を訴える抗議デモが各地で起こり、政府は十分な説明責任を果たすことが求められるようになります。
すると、この動きに便乗する政治家が、人権侵害や政府の秘密主義への非難を始めます。徐々に情報の透明性を求める声が高まると、政治キャンペーンの一環として自らの生活を24時間ライブストリームで公開する政治家まで現れます。
ついに2030年ごろには、これまでプライバシーだと考えられてきた情報までも、企業や個人によって公開されるようになります。高い透明性を確保しようとする動きは、食べ物の原産地から個人の給与、健康情報といった、生活のあらゆる面まで及びます。情報の透明性は信頼を構築するうえで欠かせないものとなり、人々は何も恐れることなく自らの情報を差し出すようになります。
膨大な情報が世に出回ると、それらを分析することでAIはより高度なものになります。情報さえあれば、あらゆることが予測可能となる社会が実現されるのです。
2030年ごろになると、インターネットを通じて単発の仕事を受注し、その収入で生計を立てるギグワーカーが増えます。会社に所属しない彼らにとって、身分証明のための情報を伝えるのが、このカードです。
ギグワーカーの多くは、異なる分野で複数の仕事に携わっています。そして、就業した職種や仕事ぶりなどの情報が日々カードに蓄積されていき、その人の経験や能力・専門性などを客観的に示すものとなります。
情報の透明性が高い社会では、個人のあらゆるふるまいが記録され、客観的に評価されるようになります。
このカードで自らの情報を他者と共有することで、仕事だけではなく生活のあらゆる面で信頼を得やすくなります。
2030年ごろになっても高齢化社会であることに変わりはなく、医療従事者の不足が深刻な問題となります。そこで、自らの身分を証明するカード(Connected ID card)に記録されていた情報から信頼できるとみなされた人は、他者に対する軽微な医療行為が認められるようになります。
医療行為が許可されるのは、身分証明のカードを持っている中でも高い信頼度を持つ人に限られます。該当者には、医薬品会社より医療行為に必要な医療キットが支給されます。そのキットはとてもコンパクトな仕様になっていますが、それは多くのギグワーカーが複数の仕事を持っているため、持ち歩きやすいようにという配慮からです。プロフェッショナル仕様の医療キットを供給することで、高いレベルの医療行為が期待できます。
情報の透明性が高い社会を維持するには、企業やサービスからの情報発信を多くの人が的確にキャッチする必要があります。この社会では、個人のスマートフォンに企業やサービスからのさまざまな通知が表示されるようになります。オンライン評価による株価変動や、スマートウォッチなどハイテクなコネクテッドデバイスから提供されるユーザー自身の健康情報など、受け取る情報は多岐にわたります。
たとえば、食料品店で商品に何か問題が起こった場合、公開されている顧客データを利用して、その店は問題を包み隠すことなく自ら発信します。それによって顧客は企業に対する愛着を深め、信頼の度合いを高めることができます。
また、ユーザーは自らの意志を投票という形で反映させることも可能です。オンラインの簡単な投票システムにより、地域の意志決定について気軽に声をあげられることから、自治体や政府への信頼も向上します。
このラベルは、バナナについての詳細情報を提供するものです。ラベルにはバナナの原産地から材料(化学的レベルまで)、生態系の影響や二酸化炭素排出量まで、とても詳細に明記されています。さらに、デジタルツールを使ってデータを読み込めば、さらに詳しい情報がわかるというシステムになっています。
この社会では、「食」に対して、漠然とした不安を感じている人が大勢います。何が体内に入ったのか、どのように健康や環境に影響していくのか。消費者が購入や消費に関してもっと権限を持てるようになれば、情報の透明性および明確性が高まり、バナナの生産者や供給者に対する信頼も高まっていきます。
“膨大なデータのうち信頼を得るために必要なものをどうやって見つけるのでしょうか?”
“オープンデータは社会のためにどのように活用されるのでしょうか?”
“食品や製品に対する認定証をつけるとき、どのようなデータが必要となるのでしょうか?”
Communicating Trust with Transparency - ID for Gig economy -
自分らしさを発揮するギグワークが増える街で、
人々はどのように1対1の信頼を築くのだろうか?
仮に、人々が利便性を追及するために、特定の企業に厚い信頼を寄せるようになった社会を想像してみましょう。この社会では、政府はいくつかの重大なデータの漏えい事故を起こしてしまい、その情報管理能力に対する信頼は失われます。これをビジネスチャンスと考えた企業は、自らの情報管理能力が政府よりも高いことを印象付けるために様々なアプローチを仕掛けるようになります。次第に政治家は国民や企業からの強いプレッシャーに耐えられず主要な公共サービスの管理を手放すようになり、その足かせとなる独占禁止法の廃止にも着手します。
大企業は買収を繰り返し、スケールメリットを生かした事業展開によりモノやサービスの価格は低下します。平均的な生活に掛かるコストが下がり、リーズナブルなモノやサービスを提供してくれる企業やブランドに対する人々の愛着は高まっていきます。
やがて、独占禁止法が完全に廃止されると、食品から医薬品に至るまで人々の生活を広範にサポートする超巨大企業が現れます。そのような企業がほぼ全てのマーケットシェアを占めているので、人々はあらゆるモノやサービスの提供を一企業にゆだねるようになるでしょう。
企業は個人から獲得した膨大なデータを活用し、その人にパーソナライズされたモノやサービスを提供します。便利さのために人々がその企業に全幅の信頼を寄せる社会が実現されるのです。
これは、とある大企業から提供されるウェアラブルデバイスです。企業はこのデバイスを通してユーザから収集したデータを分析し、ユーザが好む最適なサービスを提供します。デバイスそのものも、身につける人の好みに応じてデザインを自由に変えられます。ユーザが身につけることで誇示できる、ブランドロイヤルティの象徴として存在するのです。
人々は現代社会が生み出す情報量に圧倒されてしまい、逆に企業にその取捨選択を頼り、管理を依存するようになるでしょう。これに効果的に応えるため、企業は堅ろうなセキュリティ対策を施したうえで、個人のプライバシーに関わる情報に無条件でアクセスするようになります。
その結果、ユーザは「細かいことは企業がやってくれる」という信頼感をもとに、自分の生活を楽しむことに没頭するようになります。心の中でいつも感じているのは「自分が大切にされているという実感」です。だからこそ、生活に対していつも受け身の姿勢になるのです。
このミールバーはユーザごとにパーソナライズされており、必要とする栄養素がすべて含まれています。企業は収集したユーザの情報をもとにユーザが消費する必要があるものを計算して提供するのではなく、いつ摂取するのが最適かというタイミングまで提示してくれるようになります。しかも、ミールバーの味や香り、食感もユーザの好みに合わせてあります。
この社会では、ユーザの「食」への関心が薄くなっています。自分の身体に必要な栄養素を理解するための知識や興味もなく、何を何時に食べるかということにも時間を使いたがりません。できれば企業に管理してもらいたいというのが願いです。
ユーザは、このミールバーによって「今晩、何を食べようか」「この栄養バランスは?」などと考えるわずらわしさから開放されます。
この社会では、薬はこれまで以上にユーザの体質や症状にあわせて処方されるようになります。
製薬会社は必要な薬を必要な時間に届けてくれます。投薬の指示や薬の成分は特に示されないものの、ユーザは企業を信頼しきっているので、細かいことはあまり気にしません。
たくさんの薬を処方されても、すべて把握できるものではないし、細かく調べる時間もありません。ユーザはどの薬をいつ飲めばいいかだけを知りたいだけです。企業が自分のために処方してくれた薬を受け取ることで、自分の健康を適切に管理されていると安心するようになります。やがて、企業が提供するものが、自分が必要としていたものであるかように思い始めます。
人々は膨大なボリュームのコンテンツに圧倒され、どれを信頼したらよいのかわからなくなります。読む時間も限られていることから、自分の興味に合ったものを読みたいという理想を抱いています。
そこで、企業はユーザの嗜好(しこう)を分析し、ユーザごとに独自に制作したコンテンツを提供するようになります。ユーザは簡単なキーワードを入力するだけで、自分のために作られたコンテンツを受け取ることができます。完全にカスタマイズされたコンテンツにより、独自の世界観を楽しむことができることでしょう。
肌の状態は人によって異なっており、環境や健康の影響により変化します。人々は市場にあふれかえる製品の多さに圧倒され、自分の肌の状態も日々変わることから、よいタイミングで適切な製品を使うことができなくなっています。
そこで企業は、ユーザのためにカスタマイズされたスキンケアサービスを提供するようになります。成分はユーザの遺伝子情報に基づいて調整され、さらにアクティビティ、職業、栄養、紫外線量、季節なども考慮に入れて頻繁に変更します。
この製品はすばやく高い効能を実感できるので、結果的に企業に対する信頼はますます高まっていきます。
“企業が人の行動を操るのではなく、想いを叶えるサポート役となるにはどうすればいいのでしょうか?”
“特定の企業への依存が高まるなかで、個人の裁量はどこまで残されているのでしょうか?”
“特定の企業への依存が高まるなかで、不祥事が起こったらどのように対応すべきなのでしょうか?”
Communicating Trust to the Authority- Your Reliable City -個人情報利用への不信感が高まる社会で、どのようにすれば
自分の大切なデータを託し続けることができるだろうか。
仮に、人々が自らの意志を貫くため、政府や企業ではなく独自のコミュニティを頼るようになった社会を想像してみましょう。この社会では、政府はいくつかの重大なデータの漏えい事故を起こしてしまい、さらに追い打ちをかけるように、何十年にも及ぶ政治腐敗が次々に露呈します。政府が大打撃から立ち直る間もなく、今度は大手銀行を含む大企業が不祥事を暴かれるターゲットとなります。
大きな機関やインフラが個人情報や財産を守ってくれるという保障がなくなると、人々はパニックともいえる状態になります。多くの人が金融機関にから財産を引き上げると、国は深刻な金融危機に陥りました。
中央にある巨大な組織に頼ることができなくなり、人々は途方に暮れます。肩を落としたまま過ごすのか、小さな独立したコミュニティを作ってみるのか。何を信じて動き出すのか、試行錯誤が始まりました。
人々は情報や資産を、これまでの通貨の代わりにやり取りし始めます。また、コミュニティの中でエネルギーグリッドを運営してインフラを整備し、独自の食物を生産するなど、新しいスキルを学びながら日々の問題を解決していきます。所属するコミュニティの外で信頼を得ることは難しいものの、個人が高度に自立した社会が実現されるのです。
この社会では、人々は大手製薬会社を信じられなくなり、薬はコミュニティ内で作られるものが一般的になります。
薬は3Dプリンタで製造できるようになり、地域で認定された薬剤師が作った薬が出回ります。形は従来の薬より少し目新しさを感じさせますが、それがまた、この地域で作られたという信頼と安心の形として認められます。
大企業や大きな組織に対する信頼は過去最低になりますが、個人や小さなコミュニティがその空白を埋めるようになります。薬の材料の原産地や、生産者との個人的な信頼関係が、作られた薬への信頼度をさらに高めるのです。
この社会では、政府や大手通信会社のネットワークが不正侵入されます。人々は既存の通信インフラを信じなくなり、自分たちで独自の通信インフラを構築するようになります。
このデバイスは、プライベートなネットワークを構築するために自作されたものです。全てのプロトコルは暗号化されており、ネットワークの外から解読や改ざんをすることはできません。
人々はハッキングや情報漏えいのリスクを最小化するため、慎重に利用するデジタルサービスを選択するようになります。
この社会では、自分たちの電力を自ら生産することができるようになります。そのため電力は、電力会社以外にも個人間で自由に取り引きされるようになり、これまでの貨幣に変わるものとして機能します。
人々は製品購入やサービス利用の対価として貨幣か電力かを簡単に選ぶことができ、消費者はより自由に電力の取り引きをコントロールするようになります。
ただし、電力の生み出すコストは、使用率や環境条件によって日々変化します。価格変動が頻繁に起こるため、商品にはたくさんの値札が貼り重ねられています。
人々は、電気や食品など生活に必要なものを自分たちで作るため、かつて大きな組織が管理していた複雑なシステムやテクノロジーを扱うようになります。そのときに助けとなるのがこのマニュアルです。
マニュアルの内容は、コミュニティのクローズドネットワークを経由してダウンロードすることができます。しかし、改ざんやハッキングを恐れる人々は、あえて紙に印刷して知識を共有するようになります。
マニュアルには、これまで信頼を得た人たちによって集約された知識が詰まっています。もし誰かが新たな知識を余白にメモとして残したら、次の版で追加されるかもしれません。このように、コミュニティを運営するために重要な知識は、人から人へ受け継がれてゆくのです。
政府や企業を信頼することができなくなると、人々は個人情報や財産を自らの手で保管するようになります。さまざまな保管方法を模索した結果、デジタルセキュリティが保障される以前の手段に回帰していくのです。
この社会では、昔からあるような鍵の束をみんなが持ち歩き、自分たちが心から信頼するネットワークやコネクテッドサービスにアクセスするようになります。
“信頼できる情報やコミュニティはどうやったら見つかるのでしょうか?”
“この社会で政府や企業の役割とはなんでしょう?”
“政府や企業はどうやって信頼を取り戻していくのでしょうか?”
Sharing Trust in the Community - Cycle of Change -
デジタルなショッピングや取引が進む社会で、
「地域の経済」の価値をどのように支えることができるだろうか。
このプロジェクトは、ロンドン、ニューヨーク等に拠点を持つデザインファームであるMethod社とのコラボレーションにより行いました。
Method社のネットワークによるグローバル調査をもとに、両社のデザイナーが、未来の信頼のかたちを探索しました。