近い将来、個人の活動内容を含むさまざまな情報が記録・管理・活用されるようになるといわれています。この社会では、人と人、人と組織の関係がいまとは変わることが考えられます。そこで、TRUST/2030ではこれらの関係の異なる3つの社会像を設定し、そこで生まれる新しい「信頼のかたち」を探索しました。
本シナリオでは、分散し自立していく社会像(Distributed & Autonomous)における信頼のかたちを描きます。
人々の生活は、企業や国家に対する信頼や、他の個人との一対一の信頼のみによって成り立っているわけではありません。たとえば、同じ地域に住む人々が互いに育む信頼の感覚は、人間の豊かな社会生活にとって重要な要素の一つです。このような感覚なしには、都市はよそよそしい場所となり、人は孤独な存在になってしまいます。
オンラインショッピングや大きなスーパーマーケットの普及によって、ますます便利に買い物をすることができるようになっています。しかし、その一方、人々の経済生活はますます地域を離れたものになっています。その結果、小さな商店がかつて果たしていた社会的な役割が、十分に果たされなくなっている側面があります。
市民と商店の間に生まれる「顔の見える」経済を大切にしながら、地域の信頼の感覚を支えることはできないでしょうか。
Cycle of Changeは、買い物をする市民と、小さな商店や飲食店が、ともに街を活性化するためのデジタルなお金のしくみです。
このしくみが定着した街では、市民は、地域で買い物をするときに生じる小額の「おつり」(たとえば、487円の定価に対して500円を支払うときに生じる13円)を、スマートフォンの簡単な操作でお店に「託す」ことができます。一方、お店は、街を楽しく元気にするためのアイデアを提案することができます。お客さんの買い物を通じて、少しずつたまっていくおつりが目標額に達すると、お店はそれを使って、提案したアイデアを実現させる権利を与えられます。
市民は、毎日の支払いで生まれる小さなおつりを積み重ねながら、お店が地域を豊かにすることを応援することができます。お店は、日ごろの商売から少し視野を広げて、街の人々のための小さなプロジェクトをはじめることができるのです。
地域の経済を支えるために地域だけで使える新しいお金をつくるのが「地域通貨」だとすると、Cycle of Changeは従来どおりの法定通貨(円やポンドなど)を少しずつ使って、地域を豊かにする人々の自発的な取り組みを支えるためのしくみです。
Cycle of Changeは、いわば地域のお店が街を素敵にする力を引き出すしくみです。
たとえば、若者向けのブティックが、商店街のためのキックボードの貸し出しサービスを提案したとします。このアイデアを面白いと思ったお客さんは、ドレスを買うときに、少しずつ、この提案を応援することができるのです。
子ども向けのお店なら、地域の小学生のために、本の購入代金を少し補助するというアイデアを出してもよいでしょう。
「こんなアイデアを掲げているんです。ぜひご支援を」「あのプロジェクトはもうすぐ実現しそうだね」といった会話が、街の人々の間で交わされると、以前は通り過ぎていただけの店にも、ちょっと入ってみたくなるかもしれません。
そんな風に、地域のお店の創造的な提案が、そこで買い物をする人たちの小さな支援を得て、実現につながっていくとしたら、街での買い物をはもっと楽しい経験になり、市民と商店の関係も豊かなものになりそうです。
Cycle of Changeは、地域の人々の関係を新たに結ぶしくみです。
それぞれのお店がアイデアを実現できるのは、その街で暮らす人との共同作業です。物を売ったり、買ったりする経済的行為を通じて、顔の見える社会的関係を作っていくことを支えます。
Cycle of Changeは、お店の提案を応援する人たちがその行動を共有するために、いくつかの機能を備えています。たとえば、ストリートにポップアップ・バーを作るという提案を支援した人たちには、バーの招待状が届きます。これまで同じ地域に暮らしながらも他人同士だった人たちが、ともに実現したアイデアをきっかけに出会うとしたら、地域の人たちの関係はもっと親密なものになるでしょう。
お店が街を豊かにするためのさまざまなアイデアを生み出し、街の人々がそれを支えることで、市民が地域づくりの主役になることができます。
そのようにして、小さなおつり(Change)から始まるお金の循環が、やがて街の生活の変化(Change)の循環を起こしていく。それがCycle of Changeが支える地域活性化のかたちです。