鉄道は、これまでは人やモノを「移動させる」という価値を提供し、街の成長を支えてきました。
しかし、eコマースやテレワークなどの普及は、人が移動する理由を変えていくかもしれません。人々は街でおこなう活動の質をより重視するようになるでしょう。
街がその規模を大きくする成長から、成熟へと進む方向をシフトさせるとき、鉄道に対する社会の期待も移動から次のステップへと広がっていくかもしれません。
鉄道に乗って街にやってくる人々が、運賃の一部を降車する街の基金に寄付します。これは来訪者に目的地だけでなく、目的地がある「街」やそこに住まう「住民」の存在を意識してもらうきっかけになります。寄付金は街をより良くするために、街の住民が話し合いながら使い道を決めていきます。住民が街づくりに直接関わるきっかけとなるのです。
住民は多くの来訪者に来てもらうために、来訪者が快適に過ごせるための施策や、多くの来訪者が来ても街がスムーズに動くための施策を実施するかもしれません。
来訪者が訪れる街を敬い、街の住民は来訪者に感謝しながら街をより良くしていく。街の玄関口となる鉄道が双方をつなげていく。これが来訪者と住民の持続的な新しい関係のあり方です。
住民が街づくりに直接関わるといっても、最初は何から始めてよいかわからないものです。
まず、自分たちの街に何が必要とされているのか、街で起きていることに関心を持つ必要があるでしょう。そこで、街から得られるさまざまなデータが役に立ちます。
街のデータを分析し、週末に来訪者が増え駅前が渋滞する予測が出ると、交通渋滞をどのように解消させるかシミュレーションし、渋滞を回避するためのアイデアが街から自動的に住民へ提案されます。
例えば、臨時バスを走らせて輸送能力を高めるのか、一時的に郊外のシェアオフィスを無料開放し、住民が街の中心に通勤しなくても済むようにするのか、街にとって効果の高い施策が選択肢として住民に提示されます。住民は提案された施策から、気に入った方に投票するだけです。
データを基にした説得力のある施策が提示されることで、住民は自分が街に対してどうしたいのかがわかるようになるでしょう。住民は、自分が気軽に街づくりに参加でき、街が変化するのを経験することで、街への関わりを実感していきます。
気軽な投票を続けることで、住民の間では街づくりに関わることが少しづつ根付いていき、習慣になっていくかもしれません。
住民の中には街づくりに積極的に参加したいと思う人、無理のない範囲で関わりたい人もいるでしょう。
住民に新しい習慣が備わっていく上では、さまざまなレベルでの関わり方が必要になってくるはずです。
例えば、時にはこの基金を使ってカフェでリンゴが無料でもらえたとしたら、来訪者やこの基金の仕組みに興味が湧くかもしれません。投票に参加するだけでなく、自らデータで街の現状を知りながら、施策を提案し、運営したいという住民も出てくるかもれません。
鉄道をきっかけとした、街づくりへの関与が住民の中で習慣となっていくことで、
来訪者と地域住民の持続的な関係が構築され、街が成熟していくでしょう。
街に変化をもたらしてきた鉄道は、街がどのようなかたちに、どのようなペースで変化をしていくべきか、住民が中心になって考えるきっかけをつくるものになりえるのではないでしょうか。