2017年4月3日 公開
chapter 1
矢野和男(株式会社日立製作所 理事 研究開発グループ技師長)
矢野 人工知能はいま大変騒がれていて、毎日のように新聞に「こんなものを開発した」「こんなものを協業した」ということが出ています。そのなかには人の仕事が奪われるとか、シンギュラリティで機械が機械を生み出し、人間がその支配下に置かれるという恐怖や妄想のようなものが多いのですが、私はそうした "妄想"は非常に不健全だと思っています。
人工知能が「できること」と「できないこと」ははっきりしています。人工知能という言葉はいままでもいろいろと幅広い意味で使われてきました。ワープロが出たときには仮名漢字変換が「人工知能変換」と呼ばれました。テレビのリモコンがインテリジェントになり、ボタンを押しただけでチャンネルが変わるようになったときは「人工知能テレビ」と呼ばれました。電卓にちょっと賢い機能がついたときは「人工知能電卓」と呼ばれました。人工知能という言葉は、昔からそのようにいい加減に使われてきました。
実際にいま起きていることで、重要なのは一つだけです。それは「教師あり学習」あるいは「教師付き学習」と呼ばれているものです。入り口のデータがあって、ここ(真ん中のところ)が何かのプロセスーー業務だったりさまざまな社会の現象、たとえば具体的に言うとお店の一日の活動ーーだとすると、アウトプットが出るわけです。この「入り」のデータというものは大量にありますよね。(それを計算すると)「結果として、一日幾ら売れました」という結果が出る。
いろいろな現象や条件を表すデータと、その結果となる数字とを1対1でペアにすると、その中間のもやもやとしたプロセスを表す簡単なモデルであるy=f(x)という式、いちばん単純にはy=*×x+*といった式を導き出すことができます。入り口に「音声」、出口に「実際にどんな言葉をしゃべっていたか」をペアにして大量のデータを入れれば「音声認識」、入り口に「写真」、出口に「ネコが写っていた」「人の顔が写っていた」という結果をペアにして大量のデータを入れれば「画像認識」ということになるわけです。
ポイントは「入力のデータ」と「出力のデータ」のペアを大量に投入し、その間をつなぐ関係のモデルを自動で導き出すことにあります。これが「教師あり学習」や「教師付き学習」と呼ばれている機能です。人工知能が前よりも活躍できるようになったのは、こういうことがすごくできるようになったからです。
これまでは入力とプロセスの方程式を立て、xを方程式に入れると結果がどうなるか、あるいは現象を物理学や社会学をいろいろと勉強したりして予測するという演繹的な方法論をとっていました。それに対して、いまは人工知能によって真ん中のプロセスを知らなくても、入り口の条件のデータと結果のデータを両方入れることで、入と出からその間の理屈を求めることができます。単にこれだけのことですが、音声や画像を入れたり、囲碁だったら「勝った・負けた」「何目勝った」といった結果と、過去の棋譜や対戦相手のデータを大量に入れれば、どうやったら勝てるかがわかります。音声認識や画像認識、自動翻訳など、もちろんこれだけでできることではありませんが、人間の手を加えることで、できることが増えてきました。
こういうプロセスができたとき、いちばん重要なことは企業や事業の経営の数値、つまり経済そのものです。企業や事業としてどんな数字をあげたいのかという数字と、それに関わるさまざまなデータ、この両者を入れることで、「どういう条件が整っていれば、この結果を出すことができるか」を、理屈で予測するのではなく、過去の結果のデータから導き出せるようになりました。社会や人間に関わる、方程式では物理学のように解けないような問題に対しても、よりシステマティックに取り組む方法論ができてきたのです。
日立製作所はこれらに非常に前から取り組んできました。こうしたことがいちばんインパクトをもてるだろう、事業や経営の数値をどうやって上げるかということに特化した人工知能が「Hitachi AI Technology/H」です。その技術的な特徴は、たとえば店舗の一日の売上や利益を出口として捉えるにしても、入り口の方には膨大な数や種類のデータがあり、「教師付き学習」の場合の画像とネコの関係のように1対1には対応しません。「教師付き学習」では制約が窮屈すぎて、業績を上げたり経営の数値を上げる目的には役立たないのです。
「Hitachi AI Technology/H」の技術的な特徴は、「1対1」ではなく「1対多」の問題を取り扱えることにあります。事業やビジネスの結果を高めるために使える特許を既に取得しており、この技術を「跳躍学習」と呼んでいます。「跳躍学習」はすでに事業としてさまざまなお客さまに適用したり、さまざまな実証実験を行ったりしています。たとえば物流倉庫のスケジューリングを自動で最適化し、平均8%生産性を上げた例や、お店の店員配置を最適化し顧客単価を15%上げた実績があります。鉄道の使用電力を下げたシミュレーション結果もあります。カブドットコムという証券会社が株を貸すときの最適なプライシングをデータから決めるのにも使われています。アスクルさんが荷物の配送を指定の時刻からできるだけずれないよう、ジャストインタイムで届けるのにも使われています。
「Hitachi AI Technology/H」はこのようなところで幅広く使われており、ビジネスのあらゆる問題に対応できますが、そのためには条件があります。それは結果の数字をちゃんと出すことと、影響をもつさまざまな要因のデータを入れることです。また、どこにフィードバックするのかは人間が教える必要があります。このように非常に幅広いことに使える「多目的AI」で、我々は世界をリードしていると考えています。
矢野和男(やの・かずお)
株式会社日立製作所 理事
研究開発グループ技師長
1984年日立製作所入社。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。2004年からウエアラブル技術とビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用件数は2,500件、特許出願350件を超える。「ハーバードビジネスレビュー」誌に、開発したウエアラブルセンサー「ビジネス顕微鏡(Business Microscope)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介される。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。著書『データの見えざる手~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社刊)はBookvinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。東京工業大学連携教授。文部科学省情報科学技術委員。2007年MBE Erice Prize, 2012年Social Informatics国際会議最優秀論文など国際的賞を多数受賞。
(※ 2017年4月3日 当時)