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2017年4月3日 公開

Overview

人工知能は多様性を生み出すメカニズムである

矢野和男(株式会社日立製作所 理事 研究開発グループ技師長)

「超スマート社会」の実現に向けた、政府の進めるSociety 5.0という施策を研究開発の立場から考えたとき、重要なのは「多様性」や「変化」をどう捉えるかということです。社会が複雑に多様に変化していく中では、20世紀までのように一律なルールをつくり、みながそれに従うというのでは解決策になりません。しかし人々の頭の中や社会の動き方、会社の中の制度のつくり方などはまだ20世紀の発想にのっとっています。これを変えていかなければなりません。

20世紀までの社会で強かったのは、みなが同じルールを外れずに守るという思想です。多様性を許容し維持するには管理コストがかかり、効率も悪くなると考えられたからです。「みなが同じルールに従うほうがコストも効率もいい」という思想は、いまも私たちのなかに残っています。その発想を変えて、柔軟に多様性を受容する社会にしていかなければなりません。

人工知能について考えるとき、その内部のアルゴリズムのみを一生懸命に掘り下げていても、あるいはデータが大量にあっても、じつはできることは少ない。重要なのは結果の数字のデータ、すなわち "アウトカム(目的)"です。アウトカムが重要であることと、変化や多様性を育むということは、じつは表裏一体の関係にあります。望ましい結果の数字が得られるならば、その実現手段はその人や会社、置かれた場所の条件に応じて多様に変えてよく、みなが同じルールを守る必要がなくなるからです。人間も企業もそれぞれ異なる背景や歴史、知識を背負っている。それらを生かして多様性を育む考え方が「アウトカム思考」です。

社会全体のなかでもっとも重要なアウトカムは何かを考えていくと、「幸せ(ハピネス)」という言葉に行き着きます。人間にとって究極のアウトカムを表す言葉として、古代ギリシアや孔子の昔からこの言葉は使われてきました。この「ハピネス」を数値化し、データとして人工知能に教えることができれば、柔軟に多様な人や能力を生かし、社会全体の幸せを高めることが可能になります。

人間の能力を増幅するため、この10年ほどは検索という手段が使われてきました。ウェブにある情報を、我々の能力を増幅する手段として、日常的に使うようになりました。ですが、これらはまだデータのごく一部でしかありません。現実社会のなかでリアルタイムに生まれている人間の行動は、検索結果には表れてきません。また、データとしても有効に使われていません。企業内で起きている、人間のさまざまな行動データもまったく使われていないのです。

これらを使っていくためには、極めてシステマティックなアプローチが必要となります。行動主体が人間である以上、ここでもやはり、「ハピネス」という問題に行き当たります。なぜなら人間はアンハッピーな状況において、極めて非生産的になるからです。問題解決の糸口がいろいろなところに隠れていても、アンハッピーな状況においては目に入ってこず、それらを乗り越えて次のステップに行く意欲も工夫もできなくなってしまう。人間のハピネスと人の生産性が深く関係していることは、私たちの研究開発のなかで、すでに定量的なデータとして出てきています。

人工知能が関わることで、ソフトウェアのあり方も変わります。従来のソフトウェアは書かれたコードのロジックどおり、一律の動作をしているにすぎませんでした。したがって同じインプットからは同じような効果しか生まれてきませんでした。

それに対して、日立の開発した多目的AIでは、入力の設定やデータを変えることで、まったく違うロジックで動き始めます。個々の会社や事業がもつ特徴や制約のもとにあるデータを多目的AIに入れると、それぞれがまったく違うロジックで動き始めるのです。一律のロジックにみなが従うのとは真逆の世界を、日立の多目的AIはつくることができます。つまり人工知能は、多様性を生み出すメカニズムといえます。

この40億年、地球上の生物が極めて単純な生命体から多様な生物種を生んできたメカニズムを「進化」といいます。チャールズ・ダーウィンは『種の起源』のなかで、「進化は進歩ではない、多様性を生み出すメカニズムだ」ということを強調しました。人類は生物が40億年前にあみだした仕組みさえ、まだ十分に学んでいません。しかし人工知能によって、ようやくその真似ができる段階にたどりつきました。

これは人間の社会にとっても、大変重要な意味を持っています。20世紀は機械や制度、標準化された働き方といったものに、人間が一律に合わせていくことを強いられる社会でした。人工知能やデータを活用する社会、すなわち超スマート社会はこれと真逆の世界です。人工知能やデータの活用といったテクノロジーは、多様性を生み出し、それぞれの置かれた場所で自分の持ち味や過去の歴史を大いに生かしつつ、花咲かせるようなテクノロジーなのです。

超スマート社会

必要なモノ・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会のさまざまなニーズにきめ細やかに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会。

Society 5.0

サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合することによって、社会のさまざまなニーズに効率的に、かつきめ細かく対応する「超スマート社会」の実現に向けた一連の取り組みのこと。狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続くような新たな社会を生み出す変革を、科学技術イノベーションが先導していくという意味が込められている。

映像講義

chapter 1

「跳躍学習」は「教師付き学習」を超えた

chapter 2

実社会とむすびついたデータが人工知能開発を活かす

chapter 3

ビジネスこそ人工知能が得意な領域である

講師プロフィール

矢野和男(やの・かずお)

株式会社日立製作所 理事 
研究開発グループ技師長

1984年日立製作所入社。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。2004年からウエアラブル技術とビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用件数は2,500件、特許出願350件を超える。「ハーバードビジネスレビュー」誌に、開発したウエアラブルセンサー「ビジネス顕微鏡(Business Microscope)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介される。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。著書『データの見えざる手~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社刊)はBookvinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。東京工業大学連携教授。文部科学省情報科学技術委員。2007年MBE Erice Prize, 2012年Social Informatics国際会議最優秀論文など国際的賞を多数受賞。

(※ 2017年4月3日 当時)