電子顕微鏡撮像の高速化や高感度化に寄与
2018年9月7日
株式会社日立製作所
日立は、原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡*1(図1)において、指向性の高い電子ビームを照射できる電子照射系により輝度を向上させるとともに新しい輝度計測方法を開発し、世界最高の輝度である3×1014 A/m2srを確認しました。輝度は電子顕微鏡の性能を示す重要な指標のひとつであり、本成果により、電子顕微鏡の画質向上や移動もしくは変化している物体を、より鮮明に観察することが可能になります(図2)。
省エネ・省資源のイノベーションを支える次世代高機能性材料の開発には、原子レベルの分解能で電磁場を計測することが重要です。日立では、微小領域の電磁場を直接観察できる装置として、ホログラフィー電子顕微鏡*2の開発を1966年から進めており、2014年には「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」の助成を受け、原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡を開発しています。
光学顕微鏡において観察対象物に明るい光を照射するほど像が鮮明になるのと同様に、電子顕微鏡においても、明るい電子ビームを照射するほど像は鮮明になります。この電子ビームの明るさを輝度と呼び、輝度は電子の量とその指向性(進む方向がどれだけそろっているか)で決まります。
今回、指向性の高い電子ビームを照射できる電子照射系により輝度を向上させるとともに、新しい輝度計測方法を開発し、電子顕微鏡における世界最高輝度である3×1014 A/m2srを確認しました。
今後、日立は、本成果を活用することで、持続可能な社会を支える新材料開発を進めます。また、外部研究機関との共同研究や、文部科学省先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム)*3の一つである"アトミックスケール電磁場解析プラットフォーム"*4などを通じて、科学技術の発展に貢献していきます。
本成果は、2018年9月にオーストラリアのシドニーで開催される19th International Microscopy Congress*5にて発表予定です。
引き出された電子を加速する加速電極に与える電圧や進行方向を制御する偏向コイルに加える信号などに混入する外部からのノイズを電磁シールドやフィルタのノウハウを駆使して徹底的に抑制し、電子の進行方向のばらつきを極限まで抑えました。その結果、そのばらつき(開き半角)は4.0×10-9 radと非常に小さい、すなわち指向性の高い電子ビームを実現しました。この値は、250 km進んでも横方向に2 mm程度しか広がらないことに相当します。
電子ビームの電流分布を高精度に測定するために電子顕微鏡専用のデジタルカメラ*6を用いました。また、電子の指向性と波動性の関連性に着目し、電子ビームの波動性を定量的に計測することから、その指向性を算出する方法を考案しました。電子ビームの波動性は、その電子ビームが絞りに散乱されることで作られる干渉縞がどれだけ長い領域で観察されるかを測定して、その値から定量化しました。そして、両者の計測を組み合わせることで信頼性の高い輝度の値を得ることに成功しました。
観察しようとしている物体を原子の大きさレベルで長時間完全に静止させることは困難です。しかし、輝度が向上すると十分な量の電子を短時間に照射することができるため、画像を撮影する時間(露光時間)を短くできます。短くするほど、動いている物体でも原子レベルで静止しているように鮮明な画像が得られます(図2)。たとえば、動作中の電子デバイスや反応中の触媒などを電子顕微鏡で直接観るいわゆるオペランド計測において、威力を発揮すると考えられます。
電子の波としての性質は、輝度が高いほど広い領域でかつ高いコントラストで観測できます。そのため、微弱かつ原子サイズレベルの電場や磁場の分布を捉えることが可能になります。また、電子が粒子でありながら波動でもある二重性をより深く理解するための量子物理学の基礎的研究を深化することも可能です。たとえば、2018年1月に、理化学研究所、大阪府立大学と共同で発表した「新しい二重スリット実験-「波動/粒子の二重性」の不可思議を解明するために-」*7は、今回の開発技術を活用することで得られた成果です。
電子顕微鏡像の画質は解像度とSN比で決まります。解像度は電子顕微鏡のレンズの性能と、試料を照明する電子ビームの明るさ、SN比は電子ビームの明るさと検出器にあたるカメラの性能で決まります。したがって、電子ビームの明るさは電子顕微鏡の性能を決めるうえで非常に重要な性能指標です。この電子ビームの明るさを論じるには、電子の量だけではなく、電子の方向性がどれだけ揃っているかも重要です。電子の量とその方向性のばらつきを考慮した性能指標を"輝度"と呼び、単位面積および単位角度あたりの電子電流量で表します。この輝度が高いほど、高い像質の電子顕微鏡像を取得でき、また、電子の波としての性質を利用するホログラフィー電子顕微鏡においても、より高感度でSN比の高い電磁場の計測が行えます。
1970年台前半、それまでの輝度より数百倍から千倍も高い輝度の電子ビームが得られる電界放出電子銃*8が実用化されたことで画質や計測感度が飛躍的に向上しました。その後も継続して電子顕微鏡の輝度向上への取り組みが行われており、たとえば日立では、電子源を磁界レンズ内に挿入してレンズ収差による輝度の低下を抑えたレンズ一体型の電子銃などを開発してきました。また輝度の高い電子ビームを得るために、各方面で新形状や新材料の電子源の研究も行われています。
一方で電子電流量を長時間安定化させる取り組みも行われており、そのために、原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡では電子銃の真空度を、この装置開発以前の電界放出電子銃と比べて約百倍向上させました。