【連載第2回】日立の生体認証技術への取り組み
生体認証システムでは、安全性、利便性が重要であり、特に認証精度が高く、応答速度が速いことが要件となります。
従来の生体認証(指紋、顔、虹彩、声紋)に比べ、静脈認証は特に安全性に優れています。
その理由は、静脈認証は各種生体認証の中で唯一、生体内部の隠された特徴を利用しているからです。そのため、偽造などに強い新しい生体認証技術として注目されています。
静脈認証が個人識別に利用されるようになってきた理由は3つあります。
これらにより、静脈認証は、高精度認証、偽造困難、高速応答、低コスト、衛生的、抵抗感小など、生体認証の要件を数多く満たす利点が得られています。
静脈は全身にネットワークとして張り巡らされていますが、どの部位を計測するかが重要となります。操作のしやすさから手の部位が有望となりますが、それでも手の甲、手のひら、指の3部位が候補となります。 手の甲、手のひらについては、英国で1985年ごろから技術が検討されていましたが、我が社はコンピュータへの接続のしやすさなどを念頭に、小型化が比較的容易な指の静脈で認証する方法を選択しました。
1997年、我が社では、人間の頭蓋骨に光を当て中を透視する光CTの研究を行っていた生体光計測チームの研究者が、指に光を当て透過してきた光を撮影する実験を行い指の静脈を撮影することに成功しました。
その後、2000年に画像認識の研究チームが合流し我が社の指静脈認証の基本技術が確立しました。この成果は2000年に新聞、学会で発表し、その後、論文化しましたが、いずれも世界で初めてのことでした。
図2.1:指静脈撮影の原理
その後、2年間の実用化検討により、2002年、旧日立エンジニアリング(株)が初代の指静脈認証装置を製品化しました。用途は入退管理システムです。当時の製品は性能的には、指紋よりも上で、虹彩よりも下というレベルでした。
価格が虹彩システムより安いので、市場競争力はあると考えていましたが、現実は厳しく思うように売り上げは伸びませんでした。
静脈認証の認証精度と知名度がまだそれ程高くなかったのが大きな原因でした。
そこで、我が社は認証精度を世界No.1にする取り組みを開始しました。精度向上では、認証精度低下の要因を分析し、乱雑な指の置き方、個人毎の指の太さのばらつき、血管幅の膨張・収縮による変動、等に耐えられる装置方式を開発しました。
この方式は、我が社の従業員の指で評価しました。この時の評価実験では認証エラーが発生しませんでした。旧日立エンジニアリング(株)(現(株)日立情報制御ソリューションズ)はこの方式を第二世代の指静脈認証装置として2003年に製品化しました。
新製品の新聞発表では、小型、高速、高精度をアピールし製品の優秀さを示しました。その結果、大勢のお客様から引き合いが来るようになりました。そして翌年から、我が社の指静脈認証による入退管理システムは業界トップシェアとなり、現在に至っています。
図2.2:指静脈認証装置の設置例
我が社は将来の多様な分野への事業展開に備え、そのために必要な様々な指静脈認証技術の先行開発を行ってきました。
たとえば、ATMやPC用の利便性を向上させる、指を装置の上にかざすだけの開放型認証技術、自動車で全天候用途を目指した太陽光を利用した認証技術、ドアグリップを握るだけでドライバーが認証されるグリップ型認証技術、ノートPCに内蔵可能な超小型技術などです。
またこうした先行開発に伴い、基本から応用まで多数の静脈認証特許を国内外で出願してきました。2006年現在、我が社が保有する静脈特許数は国内No.1となっています。
これらの先駆的な技術開発が我が国で独自に行われてきたことが認められ、2006年、純国産技術で高い評価が得られた製品に贈られる、日刊工業新聞社の「第48回十大新製品賞」の日本力(にっぽんぶらんど)賞、(財)新技術開発財団による「第38回市村産業賞」の功績賞を受賞しました。また世界でも、米国Card Technology誌のBreakthrough Innovation Awardの受賞など高い評価を受けました。
[2007年10月2日]