【連載第1回】生体認証(バイオメトリクス)とは
個人認証とは、公的な機関などへの事前登録を前提にした本人確認行為です。認証請求者は登録してある「証拠」を相手に提示して本人であることの確認をしてもらいます。 このような個人認証はコンピュータが登場する以前から行われてきた社会的行為であり、印鑑やサインなどが古くから活用されてきました。
印鑑の起源は、紀元前3000年頃、メソポタミア地方にその起源があるとされ、我が国に印鑑が伝えられたのは、中国の光武帝から倭奴国王に金印が贈られた西暦57年とされています。その後、701年には大宝律令が制定され、公文書の真実性を立証するために印鑑が活用されました。 1887年には印鑑登録制度が施行され 印に法律上の公証力を持たせるようになり、日本は印鑑万能社会へと進んできました。
一方、物証ではなく生体で本人を確認する方法も活用されてきました。宣教師でもあり、医者でもあった英国人ヘンリー・フォールズは我が国の拇印の習慣に興味を持ち、科学的な指紋研究を行い、1880年に英国の科学雑誌ネイチユアに日本から「手の隆線」という題で発表しました。このことから我が国が指紋研究発祥の地とされ、東京築地の聖路加病院脇にその記念碑が建てられています。 1908年、我が国では指紋法が制定され、個人認証の決定的な手段として、行刑制度に「指紋法」が導入されました。それ以降、指紋認証は本人確認の証拠として研究が進められ、最近ではコンピュータ上で自動的に照合可能なシステムの製品が出荷されています。 我が社においても指紋研究は1980年から開始し、1999年、旧日立エンジニアリング(株)(現(株)日立情報制御ソリューションズ)から製品が初出荷されています。
図1.1:指紋研究発祥の地
(築地聖路加国際病院脇にあるヘンリーフォールズの記念碑東京メトロ日比谷線 築地駅)
その他の代表的な生体認証に顔認証があります。これは古くから研究がされており、1969年に坂井氏(京大)らの研究でコンピュータプログラムによって顔の有無を判定することに成功してから、内外の研究機関で研究が続けられ、最近では数多くの製品が出荷されるまでになっています。これ以外にも声紋、虹彩などを利用した製品も利用可能となっています。
このように生体認証技術は、本人を確認するために、利用者の生体情報を利用します。
生体情報には、指紋や顔、虹彩、静脈パターンなど利用者の身体的な特徴に基づくものと、音声や動的署名などの行動的な特徴に基づくものがあります。
指紋は、指の表面にある隆線と呼ばれる線状のわずかな突起によって作られる構造を利用したものです。虹彩は、明るさに応じて目の瞳の大きさを調整する筋肉のことで、身体内部にある構造ですが、体外から観測することができます。静脈パターンは体表近くにある静脈の構造を利用したものです。
生体認証技術には、個人を識別する精度の良し悪しや、使い勝手(利便性)、偽造のされにくさの程度などの様々な性質があります。
これらの生体認証技術の性質は、利用する生体情報に依存します。
個人を識別する精度(認証精度)の良し悪しは、生体情報の構造の複雑さ、安定性、周囲の環境(温度、湿度、照明など)から受ける影響などいろいろな要素が関係します。高い識別精度を実現するには、生体情報が十分に複雑な構造を持ち、常に生体情報が安定しており、かつ周囲の環境から影響を受けにくいことが条件になります。
一般的には、身体的特徴の方が行動的特徴よりも安定性が高い傾向があります。つまり、指紋や顔、虹彩、静脈パターンの方が、音声や署名に比べて常に安定して同じ生体データがとりやすいということが言えます。特に身体的特徴の中でも、身体の内部にある虹彩や静脈パターンは特に安定性が高く、かつ周囲の環境から受ける影響が少ないため、高い認証精度が得られます。
これに比べると指紋や顔は、安定性は高いものの身体の表面にある生体情報のため、指紋の場合は湿気、顔の場合は照明などに影響される傾向があり、そのために認証精度は低くなる傾向があります。
図1.2:バイオメトリクス認証
個人認証手段としては,パスワード等の記憶、ICカード等の物証、これに加えて生体による認証に大別できます。前者2つは失念や紛失、盗難の危険があり、物証を手に入れた者は他人でも本人とみなされます。一方、生体認証は本人しか持たない生体特徴を利用するため、なりすましがきわめて困難になります。
このことから安全性が特に重視される金融分野において、我が国では物証や暗証番号などに加え生体認証による本人確認の方法に切り替わりつつあります。また、利便性が重視される入退管理分野では、物証なしで生体認証だけで本人確認できるシステムも急速に普及しつつあります。
[2007年8月31日]
第2回は日立の生体認証技術への取り組みについてご紹介いたします。