平井 伸幸
株式会社 日立コンサルティング マネージャー
みなさんこんにちは、日立コンサルティングの平井です。
前回のコラムでは最適化の社会実装の流れのうち、「アセスメント」と呼んでいるステップの概要とアセスメント前半で行うこと、意識すべきポイントについて解説しました。
今回は、アセスメント後半で行うアウトプットイメージ策定、PoC計画策定の進め方、その際に意識すべきポイントについて解説したいと思います。
それぞれの意思決定ポイントにおいて、計画モデルが出力する解は実際の業務における意思決定を支援するための「アウトプットイメージ」として定義することが望ましいです。なぜなら、計画する問題や取り組むイシューの性質に応じて、必要となるアウトプットの形は大きく変わるからです。
例えば第5回でご紹介したシフト計画のアウトプットイメージは、一般的なシフト表としての出力が求められます。また第6回でご紹介した配送計画の場合は、配送ルートが表示されたマップに加えて、配送スケジュールや積載率といった要素が、第7回でご紹介した生産計画であれば、それぞれの工程・設備のスケジュールを中心に、設備の稼働率、製品の在庫レベルやそれぞれのオーダーの納期順守率などが直感的に把握できるフォーマットが求められるでしょう。
このように、最適化モデルのアウトプットイメージを初期段階で明確に定義することは、関係者が結果を容易に理解し、次のアクションへ迅速につなげる上で極めて重要です。さらに、システムとの連係や運用プロセスにおいても、アウトプットがどのような形で現れるかを事前に把握しておけば、各プロセス間のデータ連係やルールの適用がスムーズに進み、全体の効率が向上します。
上記に加え、既に現場で利用されているフォーマットやシステムを参考にすることも有効なアプローチです。既存のツールが必ずしも最終形としてベストなものとは限りませんが、ユーザーが既に慣れ親しんでいるフォーマットは、新たなアウトプット定義においても直感的に理解しやすい基盤となります。そのため、新しいアウトプットを設計する際は、現行のフォーマットを一度検討し、その使い勝手や表現方法を取り入れると同時に、業務要件に合わせた改善が必要かどうかを十分に吟味することが重要です。こうして、ユーザーフレンドリーかつ業務に即したアウトプットイメージが実現されれば、最適化モデルの導入効果も一層高まることでしょう。
アウトプットイメージまでできたところで、いよいよPoCの計画を立てていくことになります。最適化の社会実装プロジェクトでは、アセスメントを経て導き出した理想像やモデルの要件を、まずは限定的な範囲で試してみるPoCフェーズが大きな意味を持ちます。すべてのプロセスを一気に取り込もうとすると、データ準備や要件調整が膨大になり、いざ運用してみると現場での運用負荷が過度に高まる可能性があります。
そこで、PoCの初期段階、できればアセスメント段階から現場のオペレーターや担当者を巻き込み、運用上の課題や要望を吸い上げることで、モデルの肥大化や解が現場で使えないといったミスマッチを避けられます。
そうすることで、小さな成功体験と改善ノウハウを積み重ねながら、徐々に最適化のスコープを拡大し、最終的には企業全体の意思決定プロセスの再構築へとつなげることができます。PoCはあくまで大規模な社会実装への入り口ですが、このステップをしっかり設計しておくことで、プロジェクト全体を着実に前進させることができるのです。
PoCは図9-1のように、モデルを構築、実行の後ユーザーレビューを経て改良を進めていくアプローチを採ることになります。すべての要件をアセスメントで定義し切れることはまれなので、PoC計画を立てる際は、新たな要件が加わり試行錯誤が必要となる可能性を考慮し、バッファを持たせた計画を立てましょう。
またPoC計画を立てる際にデータの取得・加工の期間を織り込むことも重要です。私が過去に経験したプロジェクトでは、データ取得までの期間が長くなり、それによって検証のタイムロスが発生したことがありました。さらに他のプロジェクトでは、モデルに投入するためのデータクレンジングが思った以上に複雑になり、想定よりも多くの時間を必要としたというケースもあります。
そうした想定外の事象を抑制するためには、必要となりそうな情報・データはアセスメントでなるべく洗い出しておき、それらのデータ取得にかかる期間を顧客にヒアリングした上でPoC計画を立てることが望ましいといえます。また先行してサンプルデータやカラム表を手に入れておくと、データクレンジングにかかる手間や時間の見積もり精度を上げることができるでしょう。
PoCでは、モデルをプロセス単位に細分化して優先度を付けながら実装計画を立てることを推奨します。業務をすべて同時にモデル化しようとすると、データ連係や定式化だけで相当な期間がかかりますし、「100万年かかっても解けないモデル」が出来上がってしまいます。
そこで、計画を立てるときはまず優先すべき大きなプロセス(生産計画、在庫計画、物流計画など)を選択、それをさらに小さなオペレーションレベルに分解、それぞれを独立した小モデルとしてモジュール化しモデルを構築していきます。小モデルはそのプロセスのオペレーションを独立して最適化することができますが、最終的にはそれらを結びつけて全体として機能させる必要があります。そこで役立つのが、第8回で説明したモデル間の相関関係です。それぞれの関係性をつなぐための情報やルールが分かっていれば、異なるモデル同士であっても最終的には大きな一つのモデルとして振る舞うように設計できます。
モデル構築の計画を立てる際にもう一つ意識すべきことは、モデルの「幹」となる部分を明確に定義し、そこから実装を始めるということです。ここでいう幹とは、基本的な価値、ルール、データで構成されたモデルをさします。以前ご解説したシフト計画モデルは一つのアクション、一つの価値、二つのルール、三つの参照情報のみで構成されており、組織や業務に固有のルールは設けていません。まずはそうしたシンプルな幹のモデルを作り、想定どおりの挙動を示すことを確認してから徐々に複雑なルール、価値、データ(枝葉)を付加するアプローチを採ることで検証のための手間を少なくでき、必要以上にモデルが複雑化するリスクも抑えられるのです。
PoCにおいて実務面でよく起きるのが、「必要なデータがそろっていない」という問題です。しかし、ここでは「まだデータがないから最適化を進められない」と身構えてしまうよりも、不足データには仮の値や推定値を入れ、データが整い次第モデルを更新していくやり方が有効です。大枠の検証を早い段階で実施できれば、モデルが本当に役立つのか、どの程度のインパクトがあるのかを社内に示しやすくなり、その後のデータ取得やシステム開発への投資意欲を高められるメリットが生まれます。
過去に私が経験したプロジェクトでは、オペレーターごとの作業スキルが全体の能率に大きく影響する工程をモデル化する必要がありました。私は「各オペレーターの能率や習熟度を示すデータを用意していただきたい」と要望を出したのですが、顧客はそうしたデータを保有していませんでした。そこで私は将来的にオペレータースキルをインプットデータとして扱えるように、能率の平均値に対し習熟度を重みとして設定できるデータレイアウトや定式を用意しておき、PoC期間中はベテランの能率の実測値を使って検証しました。この方法なら、運用が進んでスキルデータが蓄積された段階で、より正確に個別の能力差を考慮した最適化が可能になります。
現状に思考をとらわれず、常に一歩先んじた設計を行うことが重要です。
一方で、モデルを必要以上に緻密に作り込むのは考えものです。モデルが精緻であればあるほど検証に膨大な時間と手間を要し、計算に時間がかかる割に運用の柔軟性が低いモデルができてしまいます。将来の拡張性やリアリティーも重要ですが、業務上有効かつ意味があるモデルの抽象度を検証の中で見いだしていきましょう。
すべてをモデルの中で表現せず、最適化実行の前後のデータ処理で実現できる内容はモデルの外に出すことを積極的に検討すべきです。これにより、最適化モデルの計算負荷が下がり、より短い時間でより精度の高い解を得られるようになります。
また、「人間も含めたシステム」という意識を持つことが、プロジェクトの成否を大きく左右します。モデル外の運用面で手直しできることがあれば、そこに手を加えるほうがはるかに効率的という場面も少なくないからです。ですので、人間が「最初の一手」や「最後の一手」を加えやすいUIを検討するなど、モデルの精度だけでなくビジネス全体を俯瞰し、幅広い解決策を模索する視座を持ちたいものです。
今回は最適化の社会実装の流れのうち、アウトプットイメージ策定とPoC計画策定の進め方と意識すべきポイントについて解説しました。
PoCは、アセスメントで定義した最適化モデルを試しながら学習・検証を進める段階です。モデルを個別の業務プロセスレベルに分割し、実装の優先度を設定し最も効果のある「幹」のモデルを作成。仮データや近似値を使いつつ、業務上有効なモデルの精緻化でアジリティを確保し、「人間が動かすシステム」という視点で、現場オペレーターを巻き込みながらUI/UXを含めたビジネスのあるべき姿を描きましょう。
こうしたアプローチを採ることで、PoCの成果がただの一時的な実験に終わらず、本番システム開発や全社展開への橋渡しとして機能します。次のシステム開発フェーズでは、PoCで得た知見をもとにデータ連係やユーザーインターフェースを整備し、全体最適を実現するスケールアップをめざしていくことができるでしょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。またお会いしましょう。