平井 伸幸
株式会社 日立コンサルティング マネージャー
みなさんこんにちは、日立コンサルティングの平井です。
前回のコラムでは生産計画を例に、意思決定デザインFWを使ったビジネスイシューの可視化から数理モデルに変換する方法について解説しました。
今回は最適化の社会実装の流れのうち、「アセスメント」と呼んでいるステップの概要と意識すべきポイントについて前後編に分けて解説したいと思います。
最適化の社会実装は、大きく分けて以下のフェーズで進行します(図8-1参照)。本コラムでは、特にアセスメントに焦点を当てて解説します。
@ 構想
実現したいビジョンを整理し、期待する効果や課題意識を洗い出す(最適化以外の解決策も含めて総合的に検討する)
A アセスメント
実際の業務構造や意思決定の流れを可視化し、最適化モデルの要件を定義する
B PoC(Proof of Concept)
小規模な試験導入によって技術的・業務的な有用性を実証する
C システム開発
システム要件定義を行い、運用可能な形で最適化ソリューションを構築する
一般的なシステム開発では、システム要件定義のフェーズで画面仕様やインターフェース設計などを詰めていきます。一方、最適化の社会実装では、これに先立ち「最適化モデル」の要件を定義するフェーズが必要となります。それが本コラムで取り上げるアセスメントです。
アセスメントの目的とステップは以下の4つになります(図8-2参照)。
1. 業務における意思決定ポイントを洗い出しマッピングする
2. それぞれの意思決定のカタチを意思決定デザインFWで具体化する
3. それぞれの意思決定に必要なアウトプットを明らかにする
4. PoC計画を策定する
アセスメントはPoCに先立って行うものですが、プロジェクトによってはPoCの一環として実施するケースもあります。システム開発フェーズでは、アセスメントおよびPoCで得られた要件をもとに実際のプログラム仕様やUIを設計していく流れになります。
本コラムでは、アセスメントのうちStep2までを解説します。Step3,4については後編で解説していますので、そちらも併せてご覧ください。
最適化モデルを設計する上でカギとなるのが、「業務の意思決定ポイント」とその相関関係です。例えばサプライチェーンにおいて、需要予測、販売計画、在庫計画、物流計画、生産計画、調達計画といった一連の意思決定が連鎖的に行われます。これらの意思決定ポイントを俯瞰し、相互の依存関係を可視化することで、最適化モデルに必要な変数や制約を整理できます。
この可視化の手法として有効なのが、「Decision Map」の作成です。業務フローやマテリアルフローを下敷きに、どのステップでどんな意思決定が行われ、各意思決定においてどんな情報やデータが参照・出力されるのかを整理することで、意思決定の連鎖をネットワークとして捉えられるようになります。
ここでは、Decision Mapを作るために意識すべきポイントについてお話ししようと思います。
まず意思決定ポイントの特定についてですが、意思決定ポイントの多くは業務と業務の接点や、人やモノの接点といった結節点に集中しています。例えば、物流の現場と販売部門の間にある在庫管理、製造工程と調達部門の間にある生産指示・資材発注などは、部門をまたいで情報やモノが移動するポイントであり、必ず何らかの意思決定が必要となる場面です。これは業務の実行レイヤーにおいても同様で、倉庫内の物流を例にとると、設備・装置の1つ1つや作業者の動きにも制御が必要となるため、それらの結節点では必ず意思決定が必要になります(図8-3参照)。
こうした結節点を把握することは、意思決定を可視化しマッピングする上で極めて重要です。なぜなら、業務全体の流れにおけるそれぞれの意思決定の役割や影響範囲がより鮮明になり、連鎖的に行われる意思決定同士の関連性(相関関係)を正しく把握できるようになるからです。Decision Mapを作成するときは、このような結節点に焦点を当てることで、意思決定ポイント間の情報の流れを総合的に理解し、最適化モデルに必要な要件を正確に導き出すことができます。
次に、意思決定デザインFWを使ってそれぞれの意思決定ポイントのイシューの形を明らかにします。それによって各意思決定ポイントにおけるイシューが可視化され、最適化モデルがカバーすべき要件を具体的かつ網羅的に把握できます。
それぞれの意思決定ポイントで意思決定デザインFWが作れたら、最後にそれらの相関関係を明らかにします。このときに注目すべきなのは意思決定「参照情報・データ」、「ルール・前提条件」、「アクションから導けるアウトプット」になります。例えば、販売計画(何を、いつ、どのくらい売りたいか)は需要予測のアウトプット(何が、いつ、どのくらい売れそうか)を参照し、それをもとに販売数量や販売期間の意思決定を行います。一方、販売計画のアウトプットは在庫計画(何を、いつ、どこに、どのくらいためておくか)や生産計画(何を、いつ、どこで、どのくらい作るか)のインプットとして活用されます(図8-4参照)。
その逆に、販売計画は在庫計画や生産計画におけるルール・前提条件の考慮が必要になります。いくら多く販売したいからといって、倉庫や工場、物流のキャパシティを超えた数量を販売することはできませんし、そもそも原料が調達できなければ生産もままなりません。
このように、それぞれの意思決定における参照情報・データ、ルール・前提条件、アウトプットの関連を把握すると、意思決定の連鎖構造が自然と浮かび上がり、最適化モデル全体のバランスを考慮した設計が可能になります。
アセスメントで重要なのは、AsIsの業務プロセスをただトレースするのではなく、抜本的な改善機会を検討することです。現行プロセスには必ず何らかの非効率が潜在しています。そこを洗い出し、工程数の削減、意思決定プロセスの最適化、システム間のデータ連携の効率化などを検討し、ToBe業務の最適化モデルを構築するとより大きな効果が得られます。特に工程数の削減に関しては、ECRSの原則に沿ってEliminate(なくせないか)、Combine(くっつけて減らせないか)、Rearrange(組み替えられないか)、Simplify(簡略化できないか)の順で業務の効率化を検討するとよいでしょう(米テスラ社の「ギガプレス」は、ECRSの大胆な実践例と言えます)。
またボトルネックとなるプロセスを特定し、そこを中心に最適化モデルを構築するというアプローチも重要です。例えば、生産ラインの一部工程が慢性的に遅れやすい場合や、需要予測の精度が低いために計画全体が不安定になるケースなどが考えられます(ブルウィップ効果)。ただし需要予測の精度改善は最適化ではなく、機械学習や時系列分析などの手法が採用されるでしょう。
こうしたボトルネックの意思決定を先に最適化することで、全体のスループットをより効率的に改善できる可能性があります。これは、一つのボトルネックを改善するだけでも連鎖的にメリットが広がり、他の工程や意思決定の効率も高まるからです。逆に、ボトルネックを放置したまま全体にわたる最適化を進めようとしても、思ったほど最適化の効果が上がらないリスクがあります。アセスメントでは「どのプロセスが制約となっているのか」を早期に見極め、優先度を明確にした上でモデル構築を進めることが、プロジェクトを成功に導く大きなカギとなるでしょう。
意思決定の「プロセス逆進性」と「上意下達性」もアセスメントにおいて意識すべきポイントとして重要です。
意思決定のプロセス逆進性とは、モノやサービスが流れる順番とは逆に情報が伝わっていくという特徴です。例えばSCMでは、(例外はあるものの)最初に需要予測という上流の意思決定が行われ、それをもとに販売計画や在庫計画、さらに生産計画や調達計画が組まれていきます。実際のモノの流れは調達→生産→物流→販売→顧客という順序で進みますが、計画面では販売から調達へと逆方向に伝達されるわけです(図8-5参照)。
この逆進性を踏まえておかないと、下流で発生する問題(例:在庫不足や納期遅延)が上流の計画修正にどのように波及するかを正確に捉えられません。アセスメントではこの逆進的な情報伝達を明示的に扱うことで、全体を見渡した計画の再構築や最適化の仕組みをデザインします。
また意思決定の上意下達性とは、組織内での意思決定が上意下達の形式で上層から下層に細分化されていくことです(図8-6参照)。
例えば経営レベルで「年間生産量の大枠」を決定し(戦略レイヤー)、それを事業部単位での生産・販売計画に落とし込み(計画レイヤー)、最終的には各工場や店舗など現場レベルでの具体的なオペレーションにまでブレイクダウンされます(実行レイヤー)。
この上意下達性は、戦略・方針と現場オペレーションの整合性を保つ上で欠かせない要素ですが、同時に上層の決定が下層全体に影響を及ぼすという面もあります。そのため、上意下達性と逆進性が組み合わされた意思決定の流れを管理するためには、決定された方針や計画がどのように下層へ伝搬していくのか(あるいは修正やフィードバックが上層へ戻るのか)を可視化し、整合性を保ちながら最適化していく仕組みが必要となるでしょう。
アセスメントでは、これらプロセス逆進性と上意下達性を踏まえた上で、各意思決定の相関関係をDecision Mapによって可視化し、重要な意思決定ポイントを網羅的に管理します。ボトルネックとなる意思決定や情報の結節点を特定し、そこから重点的にモデル構築や最適化を進めることで、組織全体のパフォーマンス向上と柔軟な対応力を獲得することが最適化の社会実装を軸とした業務改革やDXの目標になります。
今回は最適化の社会実装の流れのうち、「アセスメント」と呼んでいるステップの概要とその前半で意識すべきポイントについて解説しました。後編ではアセスメントの後半において意識すべきポイントについて解説したいと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました、またお会いしましょう。