近年注目されている、製造現場のIoT。工場内の設備をネットワークにつなぎ、データを集めることで、より効率良くモノづくりをする仕組みが求められてきました。しかし、その仕組みからこぼれ落ちてしまう設備があります。ネットワークにつなぐ機能を持たない古い設備が、世界中の現場で、まだまだ現役で活躍しているのです。
すべての設備を、IoTに組み込みたい。そんな思いから、設備状態監視技術の開発は始まりました。設備とネットワークを仲介する技術で、より良いモノづくりを支えます。
桜井 祐市(さくらい ゆういち)
主任研究員
前田 真彰(まえだ まさあき)
(2017年11月28日 公開)
桜井はい。わたしたちが所属する生産イノベーションセンタでも、そうした効率の良いモノづくりを実現するための技術を研究してきました。生産計画システムや生産シミュレータなど、サーバ上で動く工場の「脳」に当たる部分は、いまや高度に進化しています。その一方で、新たな課題も浮かび上がってきました。「体」に当たる工場内の設備から、「脳」に十分な情報が送られているのだろうか、という点です。
実は、工場の中には、ネットワークにつなげない設備が数多くあるんです。インターネットの普及前に導入され、いまも現役で活躍する古い設備、いわゆる「レガシー設備」です。ネットワーク経由でデータを集められないレガシー設備は、稼働状態の把握が難しく、IoTを活用した生産計画にうまく組み込めないのです。そうすると、工場の生産活動の中にぼんやりした部分が残ります。これでは本当に効率の良いモノづくりができているとはいえません。このため、ネットワークとレガシー設備を仲介し、レガシー設備を簡単に生産システムに組み込めるようにする技術のニーズが、世界中で高まっています。このようなニーズを受けて開発したのが、「設備状態監視技術」です。
前田工場内のレガシー設備にセンサーを取り付けて、設備の稼働状態を監視する技術です。現場の設備が日々どのくらい動いているのかを、ネットワークを通じてリモートで監視できるようにします。今回は、金属加工設備を対象とした監視装置を開発しました。
桜井リモートというところが鍵です。いま設備がどうなっているのかは、現場の技術者にはもちろんわかります。しかし、例えば工場長や海外にいる担当者のように、現場にいない人が正しく把握するのは難しい。中でも難しいのは、電源は入っているけれど作業に使っていない、アイドリング状態の把握です。電源のオンオフはランプの点灯などの記録から判断できますが、実際に作業しているのか、アイドリング状態なのかまではわかりません。この技術を使うことで、そういった情報を、ネットワーク経由で収集できるようになります。
図1 製造現場におけるレガシー設備
桜井まず、金属加工設備の動力線という部分にセンサーを取り付け、流れる電流の振幅を計測します。動力線というのは、金属を加工するための刃を動かすモーターに電力を供給する線です。ここを流れる電流の振幅は、設備の稼働状態によって変化します。この電流の変化をその場で解析し、「脳」に当たるシステムには解析して得られた情報、つまり設備の稼働状態の識別結果だけを送ります。工場内には多くのレガシー設備があるので、センサーから得られるすべてのデータをそのまま送ると、ネットワークが負荷に耐えられないからです。
データの解析には、フーリエ変換の技術を使っています。振幅のデータを一定時間ごとに高速フーリエ変換して周波数領域を取り出すと、ある周波数にだけ、設備の稼働状態を反映した特徴が現れます。この特徴から、設備の状態を識別します。
前田ただ、電流の振幅の変化は、いつでも同じわけではありません。同じ設備でも、刃を取り替えたり加工する品物を変えたりすると、電流の振幅の大きさや波形が変わります。今回開発した技術は、変化する電流の振幅に自動で対応して、どの金属加工設備に対しても、何を加工していても、停止・アイドリング・稼働の三つの状態を識別できるのが特長です。
桜井振幅のデータから抽出した特徴量を機械学習でクラスタリングすると、三つのクラスタができます。各クラスタが設備の稼働状態と対応しますが、どう対応するかは機械学習だけではわかりません。
前田そこで、装置に「事前知識」を仕込んでいます。金属加工設備の場合、停止・アイドリング・稼働の三つの状態では、刃を通じてモーターに掛かる負荷に差があります。この差は相対的で、設備の条件が異なっても変わりません。この知識を使えば、三つのクラスタを負荷の大きさ順に並べることで、設備の状態を識別できます。教師なし学習という汎用的に使える技術と、設備の仕組みからわかる事前知識を組み合わせて、識別の精度を上げるのです。この技術は、特許を取得しています。
図2 機械学習と事前知識を使った自動識別の流れ
桜井そもそもどこにセンサーを付けるかが難しかったですね。研究を始めたときは金属加工設備の知識がまったくなくて。取り付けがいちばん簡単なのは主電源付近ですが、ここは油を差すポンプが動いただけで電流の振幅が変わってしまうなど、取り付け位置によってさまざまなノイズが混ざります。欲しいデータを最も上手に得られる位置はどこか、仮説を立てて検証していきました。
前田わたしは、準備実験が終わって十分なデータを取れるようになった頃に入社して、桜井さんの指導の下でデータの解析方法を考えることになりました。これだけデータを得られるなら方法次第できっと識別できると、自信を持って始めたのですが…。
桜井そこに至るまでにいろいろあったんだよ(笑)。
前田わたしが研究を始めたときには、地盤は整っていたということです(笑)。
桜井最初、状態識別には「教師あり学習」を採用しようとしていました。振幅の解析結果がこの値なら停止、この値ならアイドリング…とあらかじめ基準を設定しておき、センサーから得られたデータを照らし合わせて、設備の稼働状態を識別する仕組みでした。
ところが、実際の工場へ装置を持ち込んで実験すると、うまくいきませんでした。工場の方から、金属を加工するための刃を現場の技術者が日々自分で研いで調整しているとお話があって。こういった微調整のたびに電流の振幅が変わってしまい、事前に設定した基準と合わなくなるんです。「うちのように、設備の条件がころころ変わる工場では、やっぱりリモートモニタリングは難しいかな…」と言われて、二人して頭を抱えて帰ることになりました。
前田その実験の前には、教師あり学習を使ったシステム全体の構想まである程度考えていました。これが前提から覆ってしまったので、困りましたね。そこから、教師なし学習と事前知識を使う方式へ方針転換しました。
前田はい。ただ、教師なし学習と事前知識で本当に正しく識別できるのかどうかは、やはり実験で確かめる必要がありました。業務中の工場を訪ね、動いている金属加工設備にセンサーを付けさせていただいてデータを取る実験を、数か月続けました。
こんな風に製造現場に深く踏み込んで研究できる環境は、珍しいと思います。今回のように機械学習を使う研究は、学習の基になるデータを得られないことには始まらないのですが、この「データを集める」段階がいちばん大変です。この難しい段階に対して、日立の場合、日立自身の工場があるうえに、現場の技術者の方々が研究の意義を理解してくださっています。研究に協力していただける地盤があったことは、研究を進めるうえで大きなアドバンテージでした。
桜井そのとおりです。いいことを言うね(笑)。わたしたちの研究は、現場の技術者の方々の理解と協力があってこそです。研究する環境に恵まれたことは、本当に良かったと思っています。
何より、現場の方々にも「どうにかして設備の状態を見える化したい」という思いがあります。インダストリー4.0のような、最新の技術を使う世界的な流れがある一方で、まだまだ現役の古い設備がある。これらの設備をIoTの流れの中に加えて、これからも活用していくことについて、現場の方々がかなり熱心なんです。
前田この技術は、2016年9月の機械学会で発表して、生産システム部門で優秀講演論文賞を頂きました。工場の管理者や生産システムの研究者など、生産システムの専門家が集まっている部門です。生産システムの研究は、いま注目を集めているかなり熱い分野なので、賞を頂いてとても光栄でした。
桜井今回のような、ネットワークの末端でデータを処理して必要な情報だけ中枢に送る技術を、「エッジコンピューティング」といいます。この技術が、これから鍵になると思います。工場のIoTを考えるとき、すべての設備からデータを集める以上、ネットワークの負荷の問題は避けられません。得られたデータをそのまま中枢に集め、そこではじめてどう使うかを考えるのではなく、末端の部分で処理することで、負荷を減らしながら賢くデータを利用できます。この技術が活躍する場面は、ほかにもあると考えています。
前田今回の技術で、金属加工設備の稼働状態は見える化できることがわかりました。しかし、工場の中には、プレス機や攪拌機など、ほかにもいろいろな設備があります。こういったものも含め、すべてのレガシー設備の稼働状態を見える化したいですね。
また、現場の方々が見える化したい状態は、稼働状態だけではありません。例えば、設備が異常停止しているとか、故障しているなどの状態も監視できるようにしたいはずです。さらに、いまはまだ動いているけれど、もうすぐ故障しそうだという状態もあります。故障しそうな設備を見つけることを予兆検知と呼びますが、そういった分野にも広げていきたいと思っています。
桜井大切なのは、わたしたちのミッションは、あくまでもモノづくりだということです。見える化できたところで終わりではありません。見える化する技術を、ほかの技術と組み合わせて、モノづくりの現場をより良いものへと変えていく仕組みを作らなければなりません。
工場はいつでも、より短期間に、より高品質なものを、より安価に作ることをめざしています。この目標へ向けて、必要な技術は何なのか、必要なIoTは何なのかを追求する。これが、生産イノベーションセンタ全体で抱く、大きなミッションです。わたしたち研究者が持つ専門知識を、モノづくりの現場につなげることについて、これからも考えていきます。