駅で道を教えてくれたり、レストランでロボットがメニューを紹介してくれる。ひと昔前まで未来の夢物語に過ぎなかったことが、現実になろうとしています。
日立製作所は、自らの頭脳で考えて動き、人の生活をサポートするヒューマノイドロボット「EMIEW3」とロボットIT基盤を開発。実用化に向けて動き出しています。
開発の裏には、「人といかに共存させるか」にこだわり続けた、若き研究者たちの姿がありました。
左から 山本 晃弘(やまもと あきひろ)研究員、 浅野 優(あさの ゆう)研究員、 徳橋 和将(とくはし かずまさ)研究員、 松田 知紘(まつだ ともひろ)研究員
(2016年10月7日 公開)
ロボットボディ開発担当
山本晃弘研究員
山本EMIEW3は駅や空港といった公共機関、店など公共の場で接客、案内するために開発したロボットです。ロボットは産業シーンの中で活用されるものが多いですが、EMIEW3は暮らしの中で役立つものであること、そして、人との共存をめざしています。親しみやすくするため、ボディーは丸みをもたせた人の形にし、声も子どものイメージにしています。
サイズにもこだわりました。2005年に開発をスタートして以来、現在のモデルは3世代目になります。当初は大型でしたが、よりコミュニケーションが取りやすくなるよう、人がデスクに座った時の目線を想定し、90センチ、15キログラムに小型化しました。人に当たってもけがをさせることはありません。
図1 転倒からの起き上がり
山本EMIEW3の大きな特徴は、2本の足についた4つの車輪を使い、自由自在に動き回れるということです。人を案内することが仕事なので、直線はもちろん、方向転換もスムーズにできるよう開発しました。さらに、万が一転倒してしまっても、人の助けを借りることなく、前、横、後方すべての方向から自力で起き上がります。
走行制御は本当に難しくて、自分の体を鏡に映しながら、曲がる時にどう体重移動しているのか、立ち上がる時にどうバランスを取っているのかを見て、ロボット制御に反映させていきました。
システム開発担当
松田知紘研究員
松田EMIEW3はロボット本体と、クラウドを用いたコンピュータシステムにより、構成されています。ロボットを小型化すればするほど、内蔵するコンピュータの処理能力は限られてきます。そこで、衝突回避などリアルタイムで求められる機能以外、音声認識、位置認識、言語処理などの機能は外部のクラウドで行うことにしました。これがロボットIT基盤です。これにより、ロボット本体の小型・軽量化を図るとともに、音声を判断しての動作や、より細かい動きができるようになりました。
図2 EMIEW3とロボットIT基盤の全体構成
松田例えば、通訳に対応できる言語を100に増やしたり、ソフトのバージョンアップも簡単にできるようになります。また、災害時や緊急時にEMIEW3を遠隔で操作したり、複数の場所にいる、複数のEMIEW3をまとめて監視することが可能です。
具体的には、空港で道を聞いてきたお客さんに対して、二台のEMIEWが目的地情報を共有し、一台目が途中まで案内した後、二代目に引き継ぐといったサービスも可能になります。少人数の人間だけでは対応しきれないさまざまなシチュエーションで、複数台のEMIEW3が連携し合い、力を発揮します。
松田EMIEW3の運用監視の担当になって1年になりますが、それ以前は別の業務に携わっていたことや、制御や音声・画像認識の開発担当者などがそれぞれいて、わたし自身、チームで進める仕事に不慣れであったことなどから、慣れるまでに時間がかかりました。
また、技術面では送るデータが大量過ぎて、システムがきちんと動作しなくなってしまい困ったことがあります。不要なデータを間引くことで正常に動くようになりましたが、こうしたトラブルに見舞われるのは日常茶飯事です。それぞれの担当者が集まり、意見交換して原因を探したり、解決方法を探るなど、日々、トライ&エラーの繰り返しです。技術的にも、コミュニケーションの面でも時間がかかることもありますが、分からないことは仲間に聞いて、一つずつ前に進めています。
知能処理開発担当
浅野 優研究員
浅野EMIEW3は人間共生ロボットなので、「いかに人間とのコニュニケーションを円滑にとるか」という点はとても大切でした。EMIEW3は、困っている人に自分から話しかけて対話を始めます。そこには、立ち止まっている人を検知する『画像処理』、外部から入ってきた音をテキストに変換する『音声処理』、それをどのような言葉で返すかという『言語処理』という3つの処理が必要になります。
例えば、電気店で商品を探している人をサポートするためには、(1)困っていそうな人を探す、(2)人の質問を理解する、(3)オススメの商品が売っている場所、商品の価格、機能を説明する、という一連の流れが必要です。3つがうまく組み合わなければ、高度のなサービスはできないのです。
図3 雑音に頑健な音声処理
浅野そうですね。いかに人間らしく対話をするかという所でしょうか。人の会話にはQ&Aで応えるものだけではなく、あいさつや、『調子はどう?』などと質問に続く場合など、いろいろなパターンがあります。こうした想定される質問、それに対応する回答は膨大で、そのパターンを集めるのには苦労しています。そして、カジュアルなシチュエーションでは正解であっても、お客さまに対してや業務においてはふさわしくない言葉もあります。適切な会話、対応であるかどうかは、もっとも注意を払うところで、さらにブラッシュアップしていく必要があります。
さらに実際に人が会話を行う場では、場内アナウンスや、他の人の会話、雑踏のざわめきなどがあります。その中からターゲットとなる人物との会話だけを抽出する技術も同時に開発しました。
事業戦略担当
徳橋和将研究員
徳橋前モデルのEMIEW2の段階では取り組みを外部に示すアピール要素が濃かったのですが、現在は収益事業として、店舗などのサービスで実利用できるロボットをめざして開発に取り組んでいます。
利用シーンとしては、接客や案内などの業務がメインになるかと思いますが、対話や知能など各技術を別々にしても活用方法はあると思います。どんな需要があるのか、ニーズの掘り起こしを含めて現在、模索しているところです。将来的には、会社の柱となる収益事業に育てたいと思っています。
徳橋EMIEW3を見てもお客さまは、実際に自社のサービスでどのように活用できるのか、イメージしづらいかもしれません。お客さまがメリットを感じなければビジネスとして成立しません。まずは、お客さまが何をやりたいのか話を聞くことや、デモを見ていただくことも大切で、どんな活用方法やサービスが考えられるのか、ピックアップする必要があります。
その次の段階として、具体的な実証実験を行うことになります。お客さまの現場に赴くことも可能ですし、東京・赤坂にはコンセプトやサービスの方向性を探ったり、お客さまと話し合いながら仕様の検討からプロトタイピングを行える場所があります。また、実証実験が行える『ロボティクス協創ルーム』という施設も茨城にあります。こうした過程を経て、実際のマーケットに導入していく流れになります。現在、いくつかプロジェクトが立ち上がり、進行しているところです。
徳橋「開発に携わるスタッフは机や実験室内だけでの研究だけでなく、お客さまが何をしたいのか、EMIEW3によって何が実現できるか、お客さまから話を聞いたり、自分の言葉で伝えていくコミュニケーション力も求められます。わたし自身、研究者として入社しましたが、事業戦略やビジネス展開にも興味があり、EMIEW3の事業戦略にかかわるようになりました。
課題があって、どう解決していくかという方法を見つけていくという点で研究もビジネスも似た面白さがあると感じています。
山本今、世界中で研究開発が進められている分野なので、油断すれば他からすぐに新しい技術が生まれ、遅れをとってしまいます。日立の中でも注目度の高い事業なのでプレッシャーを感じますが、その分、成果が出たときの喜びや達成感も大きいです。
また実際に社会の中で、自分が開発したロボットが働いているのを目にすることは、すごく嬉しいですね。
松田開発にはマニュアルがなく、自分で考えて、手探りで進めているようなところがあり、どんな結果がでるかも分かりません。試行錯誤を繰り返しながら、自分たちで新しいものを創りあげてくのは面白いですね。自分の経験も蓄積されますし、日々成長が実感できるのでやりがいがあります。
浅野人はできないけれど、ロボットならできることがたくさんあるので、その可能性を探っていくのが面白いですね。例えば、『明日までに100万個の言葉を覚えなさい…』と命令を受けたとき、人には無理でも、ロボットなら得意ということがあります。人ができないところをサポートする、社会に役立つロボットを創りたいと思っています。
徳橋事業モデルの企画・立案や収益について考える機会もあり、研究以外の部分にもチャレンジができるのが面白いです。開発を始めて以来、人間と共存していくというコンセプトを掲げ開発を進めてきました。今後は認知度を上げるとともに、会社の柱となる収益事業に育てたいと思っています。
EMIEW:Excellent Mobility and Interactive Existance as Workmate