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個人で培った知見を生かし、
メタバースの事業化に邁進する

2023-03-31

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藤原 貴之

株式会社日立製作所 Lumada Data Science Lab.

主任研究員 (Microsoft MVP for Mixed Reality)

株式会社日立製作所が2020年4月に設立した「Lumada Data Science Lab.」(以下、LDSL)に集う一人ひとりに光をあてるインタビューシリーズ。今回話を聞いたのは、LDSLの主任研究員、藤原貴之です。メタバースやXR(Extended Reality:さまざまな仮想空間技術の総称)などに関する先端技術を生かした課題解決に取り組み続ける藤原。日立におけるメタバースの事業化と、今後の目標について語ってもらいました。

日立製作所ではどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?

2008年の入社から約3年間はテレビやビデオなどの家庭用電化製品の先物機能を作る研究所に在籍し、携帯ゲーム機やスマートフォンとの連携機能の試作検討、ソフトウェア工学に関する研究開発を行いました。2011年からは3年ほどLinuxOSを使ったサーバーシステムの構築をし、2014年には物流倉庫でのスマートグラスを使った作業支援システムの開発を行いました。

2015年から手掛けた工場の設備や建物の空調点検の支援システムの研究開発を経て、2017年からはグループ内企業の日立システムズへ出向しました。3DCG(Three-Dimensional Computer Graphics)を用いた保守作業訓練システムの事業化に従事し、2020年からはAIを用いた現場作業者のミス防止システムに関する研究開発のとりまとめを行っています。

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先端技術を活用したさまざまなシステム開発に取り組まれていますが、ご自身の中で転機になったのはいつ頃でしょうか?

2015年頃から工場や倉庫の現場で働かれている方、現場たたき上げで管理職になられた方とお話をする機会が増えました。皆さん口を揃えて言われるのは「最新鋭の技術が欲しいのではなく、現実的に自分たちが使える技術が欲しい」ということ。最新技術による優れたシステムを作れてもコストがかかりすぎてはいけませんし、私がいなくなった後にメンテナンスができなくなっても意味がありません。

2017年からの出向先で最初に作ったシステムについては「CG(Computer Graphics)を知っている人がいない環境だから、藤原さんがいないと誰も使えなくなってしまうシステムでは完成したとはいえない」と言われてしまいました。チームで協力し、最終的にはプログラミングの知識が無い方でも更新できるようなシステムを構築して、ITスキルを持ち合わせていない保守スタッフの方でも対応できる環境が出来上がっています。この頃から、自分が持つ知見を生かした課題解決を能動的に模索するようになりました。

現在携わっている業務を教えてください。

現在はメタバースを事業化するプロジェクトの研究開発に携わっています。日立が得意とする鉄道やプラント分野といった第二次産業におけるメタバースの活用を推進し、我々が「インダストリアルメタバース」と呼ぶ構想を具現化する業務に従事しています。

インダストリアルメタバースが実現すれば、第二次産業の業務の劇的な効率化が期待できます。例として、電力会社からの発電所の点検周期短縮要請に対し、点検を担当する会社は短縮が難しいという説明をする必要があるとします。点検を担当する会社は、時間をかけて説明資料を作りますが、平面の資料からは三次元的な形状の認識を共有することが難しく、合意に至るまでに時間がかかるかもしれません。しかしメタバース空間に点検作業の現場を三次元で再現できるなら、メタバース空間に一緒に入ることで容易に認識を共有することができ、議論の時間の短縮が期待できます。意思決定の時間が短縮されれば、その後のさまざまな工程の時間短縮にもつながりますので、工期の短縮や代替案の提案もしやすくなるでしょう。

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インダストリアルメタバースの実現にはどのような課題があるのでしょうか。

仮想空間の中に工場を再現するのは、今でもお金をかければ可能です。しかしインダストリアルメタバースがめざす業務の効率化には、投入する費用にみあう効果が求められています。仮に1億円かけて実現したインダストリアルメタバースによる業務効率化でのコスト削減が年間100万円では有効な取り組みとは言えないでしょう。

かけられるコストの中でニーズを満たす開発を行うには、世の中にある技術や機器の存在を知らなければなりません。何ができる機器が必要で、それが事業投資に見合う価格なのか。世の中にはどのようなメタバースのサービスが登場していて、どのサービスなら我々の希望を実現できるのか。現在のメタバースを取り巻く環境を把握し、不足している要素と自分たちが開発すべき技術を正しく判断することが、インダストリアルメタバースの実現に近づくアクションであると考えています。

現場レベルの悩みの解決からプロジェクトとしてのメタバース導入まで対応できる知見はどのように身につけられたのでしょうか?

私個人の興味から生まれた趣味と社外活動がバックグラウンドになっています。私は最初からCGに興味があったわけではなく、2013年頃のVR(Virtual Reality:仮想現実)ブームで刺激を受けたのをきっかけに、CGを勉強するようになりました。当時の私の所属部署では業務でCGを使う機会はなかったので、独学しながらインターネット上で情報発信を始めました。次第に同好の士と交流が生まれ、展示会や勉強会に参加して情報交換を繰り返すうちに知見を得るようになりました。

社外で培った知見を仕事に生かせるようになった背景には、当時の部長からいただいた言葉の影響があります。「個人でやりたいことと会社でやるべきことの円をなるべく重ねて、今何をするべきかを考えると、多くの人にとっていい結果になる」と教えていただいたことで、うまく円を重ねたいと考えるようになりました。結果として物流でAR(Augmented Reality:拡張現実:実態画像空間に仮想現実を重ね合わせたもの)を使う話を提案するきっかけを作れています。

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そうした個人的な活動がつながり、Microsoft社からの国際表彰を受けています。どういった流れで表彰につながったのでしょうか。

「Microsoft MVP」の表彰は、14種類の技術分野を対象として、コミュニティの発展に貢献している人物を表彰する制度です。私は「Mixed Reality(MR)」というカテゴリーで表彰を受けています。2016年当時は関連するカテゴリーの受賞者がいなかったため、社外で知り合った友人から応募を勧められたのがきっかけです。勉強会で行った講演や、趣味で続けているブログや技術同人誌発刊などの情報発信を評価していただきました。

受賞により何かいい影響はありましたか?

この表彰は全カテゴリーで3,000人程度しかおらず、MRに限れば世界で47人、日本では16人しかいません(2023年3月現在)。まだ直接的な影響はありませんが、Microsoftが設けた基準の中で表彰を受けた16人のうちの一人が日立にいることが良い宣伝になればいいですね。今後も個人でやりたいことと会社でやるべきことの円を重ね、技術面でも貢献していきたいと思っています。

今後の目標を教えてください。

メタバースやXRに関する技術を事業化につなげたいと考えています。これらの技術はエンターテインメント業界が先んじて取り入れており、一般的にはキラキラしたきれいな空間、格好のいいアバターやエフェクトといったコンテンツのための技術と捉えられがちです。これを産業分野でも利用できる形に昇華し、事業化につなげていくことが目下の課題です。

また、事業化の過程で日立そのものにメタバースへの知見が蓄積されれば、その先にあるWeb3/NFT/DAO*1といった新しい概念の事業化も見えてくるでしょう。日立による最新技術を使ったビジネスの実現をめざし、まずはメタバースやXRを使った事業の現実解を模索していきます。

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*1
  • Web3:ブロックチェーンによる相互認証、データの唯一性・真正性、改ざんに対する堅牢性に支えられて、個人がデータを所有・管理し、中央集権不在で個人同士が自由につながり交流・取引する世界 (出典:経済産業省「経済秩序の激動期における経済産業政策の方向性」より)
  • NFT(非代替性トークン:Non-Fungible Token):ブロックチェーン上で発行された「偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータ」
  • DAO(分散型自律組織:Decentralized Autonomous Organization):中央管理者による仲介がなく、参加者の各主体が自律的に他の主体と連携して活動する組織