鵜飼 敏之
株式会社日立製作所 Lumada Data Science Lab.
主任技師
株式会社日立製作所が2020年4月に設立した「Lumada Data Science Lab.」(以下、LDSL)に集う一人ひとりに光をあてるインタビューシリーズ。今回話を聞いたのは、LDSLの主任技師、鵜飼敏之です。日立に入社してから研究とビジネス双方を経験。現在はLDSLで、日立が有するナレッジの汎用化を推進し、お客さまとの協創活動促進に試行錯誤を重ねています。AIの社会実装をめざした先にある、理想の社会像について聞きました。
入社当初は研究者として、大型コンピュータやスーパーコンピュータのオペレーティングシステム開発に携わっていました。スーパーコンピュータの開発競争では、当時から「スピード」が重要視されており、中でも演算性能を各社で競い合い、業界標準のベンチマークによる性能ランキングに一喜一憂していました。その後、システムの大規模化・複雑化やアプリケーションプログラムの多様化に伴い、演算性能だけでなく、実用的なアプリケーションプログラムの実行性能をより重視するように意識が移行しました。お客さまからの使われ方を念頭に置いた、アプリケーションプログラムを実行するシステムとしての性能が重要性を増してきたのです。そうした取り組み方の変化の流れも踏まえ、さらに上流である課題設定の段階からお客さまとともに協業し、見出した課題を解決していくことを目的とした上流エンジニアリングプロジェクトチームへも参画しました。
2015年に、AI技術のビジネス活用を推進するAIビジネス推進室に異動しました。そこで、お客さまにとってはシステムの速さも重要ですが、それ以上にAI技術によって導き出された結果を業務改善につなげ、お客さまへ価値を提供することの大切さを実感しました。お客さまが求める要件を満たし、業務に適用できる状態で提供するからこそ、AIはビジネスとして成立する。スピードを重視していた入社当時に比べ、ビジネスでの活用を視野にいれたAI技術のあり方を考えられるようになりました。
現在はLDSLで、AIを社会実装することを前提に、お客さまとの協創活動を促進しています。最近はeコマースのレコメンド機能など、暮らしの中でもAIに触れる機会が増えていますよね。今後はサイバー世界だけでなく、日立の潤沢なノウハウを活用して、リアル世界で社会全体にAIを浸透させていきたいと思っています。
LDSLには研究者と、事業部所属のデータサイエンティスト、エンジニア、デザイナーなどが集まっているので、プロジェクトを進める際の橋渡し的な存在になれていると思います。
技術向上を追い求める研究者サイド、ビジネス活用を検討する事業部サイド。その両方を経験してきたことで、両者の立場やめざすものの違いが理解できます。そのため、チームを組んで案件に対応するときは双方が仕事をしやすいように立ち回ることを意識しています。
具体的にいうと、研究者には研究の向上に注力できる環境作りを心掛け、事業部が悩みを抱えたときは相談先のアドバイスをしながら連携をとるなどの行動を意識しています。
お客さまのデータ分析案件に関わるのと並行して、日立としてのAIフレームワークの開発や、案件対応を通じて培ってきたナレッジ活用によって、お客さまとの協創活動を促進する仕組みの検討を行っています。
AIフレームワークとは、AIを業務に適用するにあたって共通で必要になる利用頻度の高いプログラムやガイドラインをまとめる枠組みのことです。ナレッジとは、お客さまの課題を解決することで得られる、データから価値を生み出す体系的な知識のことです。例えば、今までの企業活動データから業務改善施策に繋がる結果を出せるようにするデータ加工技術やAI技術、AIが出す結果の解釈技術のことを指します。
日立はこれまで、膨大な数のAIビジネス案件を担当してきました。つまり、多くの業務改善プロジェクトの実績やさまざまな企業活動データの活用経験があります。そのおかげで、類似する課題や案件がきたとき、ナレッジを活用・応用して価値検証し、AIフレームワークを使い業務適用することで、お客さまの課題改善をこれまでよりもスピーディに推進できるようになる。これがLDSLの特色ですね。
AIを業務適用する場合の価値検証と、検証できたAIの業務適用を加速するために、日々どのようなナレッジを貯めるとお客さまにとって有益か、今あるナレッジをどう活用していくか、どういった枠組みで提供できるかを考えています。
まずは知見やノウハウ、先ほども申し上げたナレッジが豊富にあり、多業種・多領域の案件に対応できます。次に、さまざまなレイヤーの案件に対応できることも強みですね。日立はもともと製造業の会社のため、現場レベルの物理的な問題から、IT部門の業務改善施策、DX推進、経営層の業務改善の取り組みなど、幅広い業務知識があります。本質的な課題設定から、まだ見えていない課題の掘り起こしまで、我々とともに協創できるのです。
そして個々のAI技術の枠を超え、AIの社会実装に直結するようなご提案も可能です。社会実装のためには、AI技術の進展とともに、AIを適用して運用するシステム技術、AIを適用したシステムを利用する上でのガイドラインなども必要になります。日立は利用者の目線に合わせた知見も網羅していますので、総合力の高い提案が持ち味ですね。これまでも、これからもお客さまに安心して頼っていただける存在でありたいと思っています。
AIによるお客さまの業務改善はもとより、より一層社会にAIを浸透させたいと考えています。そうなると、AI技術とともに、AIを組み込むためのシステム技術、AI倫理を含めたシステムの開発者や利用者の意識改革なども重要になるでしょう。すでにLDSLでは、起こり得る課題やリスクも考慮した製品開発、利用側のリテラシーを醸成するガイドラインも提供しています。これだけ先を見据えた行動ができるのは、LDSLがAIを社会に浸透させることをめざす組織だからです。
私はいつか、AIがAIだと認識されることなく社会に溶け込み、人と共存し合うようになればいいなと考えています。知らず知らずのうちにAIに触れ、人にとって心地の良い環境が自然と提供されている社会が理想ですね。その理想を叶えていけるのが日立であり、LDSLだと思っています。