本連載企画では、「カーボンニュートラル(CN)実現」をテーマに掲げ、各界でエネルギー問題に取り組まれている有識者をお招きし、電力・エネルギーに関する政策提言に取り組む日立製作所 エネルギー経営戦略本部 山田竜也担当本部長との対談を通して、各業界での動向を紹介します。CN実現のプロセスやビジョンの策定、実現に向けた取り組み、環境整備など、さまざまな角度から議論します。
前編では石川さんに、国内外のエネルギー需給の課題と、電力自由化による問題点などについて語っていただきました。引き続き、中編では、カーボンニュートラルの実現に向けて日本がめざすべきエネルギーミックスと、各エネルギーのポテンシャル、とりわけ原子力の果たす役割や再生可能エネルギーの課題などについて議論しました。
(前編はこちら)
山田:カーボンニュートラル実現に向けて、日本がめざすべき政策とエネルギーミックスについてはいかがでしょうか。前回、お話したように、石川さんは、日本のエネルギーミックスを2010年の状態まで戻すべきだとおっしゃっていますね。
石川:はい、そのうえで重要な役割を担うのが原子力です。まずは、現在、日本にある既設の原子力発電プラント33基をきちんと再稼働させることが肝要です。そのうえで、新規に建設中の2基を竣工させ稼働させていく。2030年代半ばぐらいには、おそらく既設原子力発電プラントのうち、いくつかは廃炉になるでしょうから、その時には、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発を進めていくべきだと思います。
もっとも、現状、国民の理解を得て日本で新設していくのが難しいとなると、まずは海外で実績を積んでから逆輸入というかたちでもいいと思います。そうやってベース電源としてふたたび原子力を活用していければ、全体における比率を35%くらいまで上げることは可能だと思います。実際に2000年代から2010年までは、それくらいの実績は出ていましたからね。そうすれば、化石燃料を相当に減らすことができるはずです。
原子力発電所の現状
出典:資源エネルギー庁 原子力政策の状況について 日本の原子力発電について
山田:原子力が増えた分だけ、化石燃料を減らすことができるというイメージですね。原子力については、ロシアによるウクライナ侵攻により、全世界にエネルギー安全保障の課題が突きつけられ、日本政府もようやくGX実行会議において岸田首相が原子力の活用を明言し、震災後の方針を転換して推進に向けて動き出しました。ただ、現状はまだ具体的な動きがないように感じています。
なお、20年分の電力の買取を約束することで、長期電源への投資を促すためのスキーム「長期脱炭素電源オークション」制度の公募が始まったこと自体は、一歩前進と言えます。こちらは原子力にも活用できることになっているのですが、実際には既設のものすら、多くが止まっている状況ですからね。再稼働すらままならないなかで、新増設に至るのかどうか……。
石川:そうなんです。確かに新しい制度の活用には時間がかかると思いますので、まずは元に戻して、再稼働をすべきかと。ただこれには、新たな改革が必要だとは思っています。震災後、福島第一原子力発電所の事故を受けて、「原子力規制委員会」という組織がつくられ、再稼働に際して非常に厳しい新規制基準が設けられたわけですが、この審査をクリアして再稼働できた原子力発電所は現在12基ほど。審査が長引くなか、東日本では1基も稼働できていません。これをどう見るか。2023年10月に稼働を予定していた柏崎刈羽原子力発電所7号機も、原子力規制委員会から待ったがかかり、再稼働は2024年以降に持ち越されました。再稼働を見越して国が料金の値上げを認めたにもかかわらず、再稼働が延期されたことで、またしても東京電力は株主を裏切るかたちになってしまった。これでは投資マインドが冷えてしまいます。
山田:海外に目を向ければ、国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)において、2050年までに世界の原子力設備容量を3倍化する宣言が出されたように、原子力への期待は大きいものがあります。とりわけ、中国や電力需要が伸びているアジア諸国における原子力推進の追い風となるのではないかと思っているのですが。
石川:そうですね。特に日立さんがGEと手がけている小型軽水炉は経済的かつ安全性が高く、カーボンニュートラルの実現に貢献できる非常に期待の持てる技術だと思います。敷地面積が小さくても敷設できるうえ、既存の原子力発電所の敷地内に追加することもできる。本来は日本でこそニーズのある技術ですが、日本で新設しようとするならば、現状はやはり規制が壁になってしまう。ここを変えていく必要があると思います。
山田:エネルギーミックスにおける再エネについては、どうお考えですか?
石川:国産エネルギーでトータル20%くらいいけばいいかなと思います。残りを化石燃料で賄うイメージですね。内訳でいうと、水力については8%弱で安定していくと思いますが、太陽光については今後、増えたとしても、昼間の8時間くらいしか発電しませんから、残りの12時間はやはり火力電源で調整せざるを得ません。したがって、火力発電を維持するための費用の回収方法をきちんと導入しておくべきでしょう。それは原子力も同様で、投資費用の回収ができるような法律を定める必要がある。つまり、原子力・火力発電に安定的に投資をしてもらう仕組みを、現在の方策ではなくいま一度、整備し直す必要があると思います。
ご承知のように、再エネについては、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)により、すでにそういう仕組みができています。いまでこそ買取価格が下がって以前ほど旨味はありませんが、導入当時はFITが強烈なインセンティブとなって、投資が加速しました。買取価格が下がった現在でも、新規投資をすれば回収はできます。
よく、FITをやめたほうがいいという人がいますが、再エネも自由化したら、たちどころに潰れる企業が出てくるし、投資意欲も減退してしまうと思いますよ。あと20年もすれば、太陽光パネルが劣化してくるわけですが、そのまま放置されても困るでしょう?FITの買取価格期間満了後も同様の投資回収方法がなければ、放置された太陽光パネルで環境が破壊されかねない。自然発火の危険性もあるので、放置されたら危ないですからね。
山田:再エネについては課題もいろいろありますね。
石川:一番は、再エネを増やすと、日中、発電量が需要量を上回り、多くの余剰電力が発生してしまうという問題があります。需要量をオーバーしてしまうので、現状は捨てているんですね。それは甚だもったいないと思いますので、将来的には蓄電池やガソリンの代替としてのEVバッテリーに期待したい。EVバッテリーの急速充電が可能になり、かつ軽量になれば、相当にいいマーケットになるし、人類にも大いに貢献できるでしょう。蓄電池をローカルに増やしていければ、再エネでつくりすぎた電力も、ときには原子力でつくった余剰電力も、そこに貯めておけばいいわけです。いわば、備蓄ですね。電気の備蓄、蓄電に関する技術の裾野が広がっていくことに期待しています。
山田:再エネについてもう少し詳細に見ていきたいのですが、それぞれの果たす役割と割合についてはどうお考えですか?
石川:太陽光については、すでに日本は、中国、アメリカに次いで世界第3位の発電量を誇っています。ただし、需要の低い安価な土地に建設する「野立て太陽光」はすでに新設が非常に厳しくなってきています。FITにより太陽光が投機の対象になり、環境破壊などにもつながったことから、今後、野立ての新設は難しいでしょう。
もっとも、今後、次世代太陽光発電として期待される日本発の技術「ペロブスカイト太陽電池」が普及していけば、既設のビルや公共施設、住宅の屋根や壁面、窓などへの敷設が進むと思います。ペロブスカイト太陽電池は、ペラペラの薄膜で軽量なので、どこへでも簡単に取り付けることができるんですね。したがって、FIT終了後のメガソーラーのパネルなどにも、その上から貼り付けて使うこともできる。現在はまだ開発段階ですが、2028年頃には実用化が見込まれています。そうしたことから、日本の太陽光の発電量については、今後も世界の上位であり続けると見ています。
一方、風力は陸上での展開は厳しいですね。いま、私たちのいるこのビルが二十数階建ですが、ヨーロッパや中国などで建設されている風力発電というのは、このビルよりももっと大きいのです。騒音問題もあって、陸地で建てられる場所はほとんどありません。期待されるのは洋上風力で、すでに秋田県能代港で始まっていていますが、稼働率は悪くないようです。ただし、風力発電のブレードを製造しているメーカーは中国かヨーロッパなので、エネルギーを変換する装置は外国製品を使うことになる。つまり経済安全保障上の問題をクリアする必要があるということですね。それは現状、太陽光パネルも同じなんですけどね。
それからバイオマスは、言うなればゴミ発電のことで、結局のところゴミを火力発電の燃料にするということ。燃料が国内にあって地産地消で発電できるのは非常にいいことですが、コストが高いのがネックです。また、どのようなゴミでも燃やすことのできる炉の開発がカギを握ります。ただ、バイオマスについては、そのうちEUがバイオマスを火力発電の扱いにするんじゃないかと心配しています。つまり、削減対象にされる可能性があるということですね。
また大型の水力は現状維持となりますが、小水力についてはFITの対象ではあるものの、設置できるところが少なく、量は限られています。地熱についても、温泉地でもともと温水が湧き出ていて、余った湯を使うバイナリー発電であれば、地産地消型で導入することは可能ですが、小規模にならざるを得ない。新たに地面を掘らなければならないところでは、リスクが高く、なかなか投資が進みません。下手に掘ると、温泉地との調整で揉めますからね。日本は地熱資源国と言われているものの、使えないのであれば、ないのと同じです。
そして、何度も言うように、太陽光や風力の不安定な電源を補うのは、現状は火力です。石油を燃料とする火力発電については、今後、新設されることはないので、いまあるものをメンテナンスしながら使っていくしかありません。残りは天然ガスと石炭ですが、天然ガスは調達コストが高い。石炭は地球温暖化の観点から評判が悪いけれど、現在の日本の燃焼技術は最高水準にありますし、これも維持しつつ使っていくことになるでしょう。なにしろ、石油と天然ガスの賦存量は50年分と言われていますが、石炭は130 年分もあるとされていますからね。実際には賦存量はもっと伸びるでしょうから、この技術を捨て去るのはもったいない。日本の高性能・高効率な技術力をもって維持させていくことが、結果として、人類の持続可能な未来に貢献することになると思っています。
そもそも、石炭火力と天然ガス技術の維持向上のために現場を残しておく、ということも非常に重要だと思います。ドイツは原子力をやめてしまいましたが、再度、やろうとしても、現場がなくなってしまえば、それを支える人がいなくなってしまう。誰も働き手がいなければ、施設だけあってもどうにもなりませんよね。
山田:実際に、新規の設計・建設・運用がなければ、経験を積むことはできませんからね。シミュレーターで訓練するといっても、やはり訓練ですから、実地で経験を積むのとは違います。人財も技術もノウハウも、維持していくためには、やはり継続し続けることが非常に重要だということですね。
(後編はこちら)
石川 和男
政策アナリスト
1965年 福岡生まれ
1984年〜1989年 東京大学工学部 資源開発工学科
1989年〜2008年 通商産業省・経済産業省
(電力・ガス自由化、再生可能エネルギー、環境アセスメント、国内石炭鉱業合理化、産業保安、産業金融・中小企業金融、割賦販売・クレジット、国家公務員制度改革などを担当)
(退官前後より、内閣府規制改革委員会WG委員、同行政刷新会議WG委員、東京財団上席研究員、政策研究大学院大学客員教授、東京女子医科大学特任教授、専修大学客員教授などを歴任)
2011年〜 社会保障経済研究所 代表
(これ以降、多くの企業・団体の役員、顧問などに就き、現在に至る)
2020年9月〜2022年9月 経済産業省 大臣官房 臨時専門アドバイザー
2021年4月〜 北海道寿都町・神恵内村 地域振興アドバイザー
2022年4月〜 BSテレ東「石川和男の危機のカナリア」アンカー
●現在、テレビ・ラジオ・ネット番組などでコメンテーター、クイズ番組回答者として出演多数
●実業として、幼児・小学生・高齢者向け脳育事業、ベンチャー投資など
●著書に『原発の「正しいやめさせ方」』(PHP新書)など
山田 竜也
日立製作所・エネルギー事業統括本部・エネルギー経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。