本連載企画では、「カーボンニュートラル(CN)実現」をテーマに掲げ、各界でエネルギー問題に取り組まれている有識者をお招きし、電力・エネルギーに関する政策提言に取り組む日立製作所 エネルギー経営戦略本部 山田竜也担当本部長との対談を通して、各業界での動向を紹介します。CN実現のプロセスやビジョンの策定、実現に向けた取り組み、環境整備など、さまざまな角度から議論します。
今回は、日本のエネルギー政策においてますます重要度を増すエネルギーミックスと将来のエネルギー需給シナリオ、さらにはエネルギーシステムの在り方に焦点を当て、未来を展望します。
ゲストは、経済産業省および資源エネルギー庁でエネルギー政策に携わり、現在は、政策アナリスト/政策家として、社会保障関連産業政策論やエネルギー政策論、安全網論、行政改革論などをご専門に幅広く政策研究・提言を行なっている石川和男さんをお招きしました。
山田:石川さんとは、昨年秋に東京ビッグサイトで開催した「Hitachi Social Innovation Forum 2023」において、「カーボンニュートラル社会実現に向けた電力システムのあるべき姿」と題して議論をさせていただきました。短い時間でしたが、石川さんが誰にも忖度することなく、大変興味深いお話をしてくださったこともあり、おかげさまで大盛況でした。その節は、ありがとうございました。
石川:最初から最後まで盛り上がりましたね(笑)。
山田:私が特に印象に残ったのが、我が国の電力構成、すなわちエネルギーミックスを、震災前の状態に戻すべき、というお話でした。もう一つ、現在、再生可能エネルギーの導入をさらに増やすことを前提に、国がマスタープランとして送電網の整備計画を掲げていますが、政府が算出した6〜7兆円という金額について、それではとても賄いきれないだろう、というお話がありましたね。日本のエネルギー政策に関わる非常に重要な観点だと思いますので、本日はこれらの点について、さらに議論を深めたいと思います。
まずその前提として、エネルギー需給について、日本および世界の現況をどうご覧になっているかお聞かせください。
石川:確かに今年は暖冬ということもあり、電力需給が逼迫しているという話は聞かないと思いますが、これは暖冬が原因というよりも、昨年の夏頃に、これまで動いていなかった火力発電が動く見込みが立ったことが大きかったのです。だから需給の観点からは問題はない。ただし、お金はかかっていますよ、という話です。火力発電の場合、そもそも燃料費の高騰が続くなか、家庭や企業の負担軽減のために政府が電気代の一部を負担する補助金が投入され続けています。本当にこのままでいいんですか、ということですね。
山田:おっしゃるように安定供給の観点からいくと、今年は暖冬傾向ですし、政府の見通しでも大丈夫だろうということですね。もっともこの先どうなるのか、というのはわかりませんが、2022年のように節電要請が出されることはないでしょう。ただ、その背景には、電気料金の高騰を受けて、家庭も企業も節電をかなり頑張っているという話もあります。昨年度比で4割くらい電気代が上がったため、さすがに節電しましょう、となったわけですね。また、日中に関しては、太陽光発電が増えたことが、安定供給に寄与している側面もありそうです。
石川:ただ、太陽光発電の場合、昼間はいいけれど、夕方以降はパタっと止まってしまいます。結局、夜間の需給を埋めるのは火力発電ですからね。私自身、自宅の屋根に太陽光発電を載せているので偉そうなことは言えませんが、太陽光が増えれば、その分、火力の稼働率が減ります。そうなると、火力への投資インセンティブが下がってしまう。かつての総括原価方式であれば、設備投資にかかるコストを電気料金に反映して回収することができたわけですが、この制度が見直され、自由化が進んだことで、火力への投資が弱くなっています。当然、古い設備はメンテナンスされなくなるし、保守・管理も行き届かなくなる。だから、今年の冬は大丈夫かもしれませんが、あと数年もしたら、火力なんてやってられないよ、ということが起こりかねない。つまり電気が足りなくなる可能性があるわけです。
さらに言うなら、先ほど、山田さんがおっしゃったように節電が進んだことで、価格抑制メカニズムが働いています。もちろん余計なコストを払わなくて済むという点では良いことと言えますが、悪い面としては、その分、生産力が落ちている、ということ。節電が進むこと自体は、化石燃料の消費量を抑えるという点でも良いことですが、生産力も抑えているわけですから、経済は熱くなりません。企業活動が縮小してしまうようでは、困りますよね。
日本の電源構成の推移
出典:資源エネルギー庁の統計情報をもとに作成
山田:おっしゃる通りですね。世界の電力需給の動向については、どうご覧になっていますか?
石川:EUについては、ドイツを中心にエネルギーコストが上がっています。もっとも、原子力発電所が稼働しているイギリスとフランスは、ドイツほどではありません。一時期、ボンっと電力価格が跳ね上がったのですが、ドイツ以外は落ち着いてきているようです。
ドイツについては、ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアからドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム」の供給が一時停止されたことに加え、すでに完成していた「ノルドストリーム2」についても、ロシアへの制裁措置としてドイツが承認手続きを停止してしまった。これがかなり尾を引いています。さらに、ドイツが脱原子力発電を進めるなかで、2023年初頭に原子力をすべて止めた影響も大きかったと言えます。そのことにより、電気料金が相対的に跳ね上がってしまったのです。
もっとも、ドイツはもとよりイギリスも含めて、欧州は各国が国際連系線でつながっていて、電力の相互融通が可能です。火力、原子力、再生可能エネルギー、いずれも相互融通できる。ですから、ドイツの電気料金は高いけれど、いざとなれば他国から電力を送ってもらうことができるため、ブラックアウトのようなことは起こりにくいと思います。実はドイツは石炭産出国でもあるんですよ。にもかかわらず、脱炭素を理由にそれを使おうとせず、風力に注力していることから、さらに電気代が上がっているという背景もあります。現状の電源構成のままではお金がかかるわけですね。
一方、日本は東日本大震災の後、しばらく、原子力をすべて止めて、火力頼みでやってきました。ようやく一部、原子力発電の再稼働が始まっているとはいえ、まだまだ少ない。本当にこのままで良いのかということはよく考える必要があると思います。
山田:エネルギーについては単純に他国と比較することはできないわけですが、政策については学べるところが多いにありますね。
主要国の発電電力量と発電電力量に占める各電源の割合 (2020年)
出典:資源エネルギー庁 日本のエネルギーの今を知る10の質問 2023年2月
山田:カーボンニュートラルの実現に向けた、安全で持続可能なエネルギー需給の実現という観点について、日本が抱える課題をどう見ていらっしゃいますか?
石川:カーボンニュートラルというときによく誤解されるのが、CO2をまったく出さないようにするのか、ということ。そうではなくて、森林保全やCO2固定化技術など、CO2の吸収源も一緒に開発して、プラスマイナスゼロをめざす、ということなんですね。脱化石燃料をめざすのではなく、低炭素化とCO2吸収・固定化をセットで取り組んでいくのが現実的だと思います。なぜなら、化石燃料をまったく使わない、ということは現状、不可能だからです。季節変動はありますが、運輸も含めると全世界のエネルギー消費の8〜9割は化石燃料に頼っているわけで、それらをすべてやめてしまうというのはあり得ないでしょう。
ただし、日本について言えば、原子力発電所を再稼働させれば、化石燃料の消費量をぐっと抑えることができます。それだけで相当に低炭素社会に貢献できる。世界で最もCO2を出している国は中国、次いでアメリカですが、アメリカ(北米)の場合、電源構成のうち2割近くを原子力、同じく2割以上を再エネが占めるにもかかわらず、CO2排出量は4,817,720ktと全世界の14%あまりを占めています(世界全体33,566,428kt=出典:World Bank Open Data,2020)。日本のCO2排出量はアメリカの4分の1以下(1,014,065kt)ですから、日本が原子力を再稼働させれば、どれほど低炭素につながるか想像がつくと思います。もっとも、中国やアメリカのエネルギー消費量が凄まじいということはあると思いますが。
ちなみに、中国の場合は石炭の消費が6割近くを占めることから、これを性能のいい日本の火力発電や原子力発電に置き換えるだけでも、地球上のCO2削減に大きく貢献すると思いますよ。
山田:日立はほとんどの火力発電事業を他社に譲渡してしまいましたが、原子力発電に関する技術で世界のCO2削減に貢献できる可能性は大いにあると思っています。
ちなみに、日本の技術革新が進んだ背景には、日本のマーケットにおいて、産業成長とともに需要が伸びるなかで、日本の電力会社と我々メーカーがタッグを組んで、高品質な技術をつくり上げてきた歴史があります。総括原価方式によってコスト回収が可能であることから、いいものをどんどんつくってこれたわけですね。
ところが、電力自由化で価格競争が激しくなるなか、そうしたことが難しくなっていった。CO2の吸収や固定化技術についても現状はコストがネックになっていて、いろいろな技術はあるにせよ、普及は進んでいません。実証段階では当然コストがかかるわけですから、そこを乗り越えるには、やはり補助金などで政府に支援をしてもらうほかないように思います。
石川:上場企業には株主がいるわけですから、当然、投資回収ができないような事業からは、経営の観点から撤退せざるを得ないですからね。
石川:いまお話しに出た総括原価方式については、「どんぶり勘定」だから企業体質が甘くなるんだと批判されてきましたが、先ほど山田さんがおっしゃったように、良い面も多くあったのです。かつて私がある報道番組にゲストとして出演した際、一緒に出演したある自治体の長の方が、「総括原価方式こそが元凶だ」とおっしゃったのですが、私が「いや、違うんですよ、あれは電気料金を上げないための仕組みなんですよ」と言ったら、スタジオが凍りついたことがありました(笑)。その証拠に、電気料金は昭和55年以降、一度も値上げの認可はしていなかったのです。平成4(1992)年に燃料価格と為替の変動を組み入れることにしただけで、それ以外は、電力も都市ガスも料金値上げは認可されてこなかった。それが可能だったのは、電力会社が総括原価方式のなかで余裕を持ちながら設備投資を含めて事業を継続してこれたからなのです。
そうやって、テレビで本当のことを言ったら、しばらくその局には呼んでもらえなくなってしまいましたけどね……(笑)。
山田:いろいろ考えさせられますね。
石川:やはり投資は発展の礎です。それを自由化の名のもとに、総括原価方式の「どんぶり勘定」という悪い面だけを見てやめてしまった。2016年から電力自由化が始まって、「実際に電気料金が安くなったじゃないか」とおっしゃる方がいると思いますが、安くなったのはお金持ちだけなんですよ。電気料金メニューが多様化されて選択肢は増えたけれど、生活保護世帯や非課税世帯の電気・ガス料金は下がっていません。自由化というのは、いわば顧客が電力会社を選ぶというより、電力会社の方が顧客を選べるようになった、ということ。結局、低所得層の負担率が下がっていないということは、この政策は失敗と言わざるを得ないのです。
電気事業法に定められているように、電気事業者には、電気の使用者の利益を保護し、公共の安全を確保すること、すなわち公共の福祉のために事業を行うことを求めています。低所得者層が、電力自由化の恩恵をまったく受けていないというのは、公共の福祉の観点からも極めて問題だと思います。だから、私は電力の全面自由化には反対してきたのです。
山田:部分的な自由化にはメリットもあるけれど、全面自由化にはいろいろな課題があるわけですね。
(中編はこちら)
石川 和男
政策アナリスト
1965年 福岡生まれ
1984年〜1989年 東京大学工学部 資源開発工学科
1989年〜2008年 通商産業省・経済産業省
(電力・ガス自由化、再生可能エネルギー、環境アセスメント、国内石炭鉱業合理化、産業保安、産業金融・中小企業金融、割賦販売・クレジット、国家公務員制度改革などを担当)
(退官前後より、内閣府規制改革委員会WG委員、同行政刷新会議WG委員、東京財団上席研究員、政策研究大学院大学客員教授、東京女子医科大学特任教授、専修大学客員教授などを歴任)
2011年〜 社会保障経済研究所 代表
(これ以降、多くの企業・団体の役員、顧問などに就き、現在に至る)
2020年9月〜2022年9月 経済産業省 大臣官房 臨時専門アドバイザー
2021年4月〜 北海道寿都町・神恵内村 地域振興アドバイザー
2022年4月〜 BSテレ東「石川和男の危機のカナリア」アンカー
●現在、テレビ・ラジオ・ネット番組などでコメンテーター、クイズ番組回答者として出演多数
●実業として、幼児・小学生・高齢者向け脳育事業、ベンチャー投資など
●著書に『原発の「正しいやめさせ方」』(PHP新書)など
山田 竜也
日立製作所・エネルギー事業統括本部・エネルギー経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。