開業から17年目を迎えた第一フロンティア生命保険は、金融業界にありながら、基幹システムをクラウドに移行し、アジャイル開発への体制移行などを推進してきた。きっかけこそ、システムの肥大化による開発期間やコストの増加、ハードウェア老朽化だったが、単なるリプレースではなく、事業への貢献を主眼に置き、人材、プロセス、システムインフラの3つの変革を同時に成し遂げた。
クラウド移行に合わせてAPI化を進め、代理店向けシステムを切り出すなど、営業に必要なシステムを迅速に提供できるよう体制を整えた。これによって、これまで半年かかっていた新商品開発期間を3カ月にまで短縮するといった成果を上げている。アジャイル開発における行動原則を作成し、めざすべき方向を言語化し、共通認識を持つなど、組織にとっても大きな効果があった。
将来的に、パブリッククラウドへの移行だけではなく、オンプレミスのプライベートクラウド化も含む、全システムの「クラウド化」をめざす同社は、このプロジェクトをどのように進めてきたのか。
第一フロンティア生命保険
ITデジタル推進部長
中西哲也氏
第一フロンティア生命保険 中西哲也氏 今回のプロジェクトでは、外部接続容易性の向上、CX(顧客体験価値)向上、人材育成強化などめざす効果として8つほど挙げていました。中でもこだわっていた「商品システム開発期間短縮」を達成でき、当社事業の発展に大きく貢献したと感じています。
当時の第一フロンティア生命保険のIT部門はプロジェクト専任メンバーが少なく、大規模プロジェクトの経験も乏しかったのですが、今回、自分ごととしてプロジェクトを運営し、設計やテストでのトラブル、本稼働時の障害対応、ガバナンス強化までの経験は大きな糧となりました。
第一フロンティア生命保険
ITデジタル推進部
デジタル推進グループ長
桂田聖吾氏
第一フロンティア生命保険 桂田聖吾氏 プロジェクト全期間を通じて、社員4人に加えて、グループ会社から7〜8人支援に入った程度と、プロジェクトの規模に対して小規模な体制だったので、日立製作所にかなりサポートしていただきました。また、2020年4月にプロジェクトが発足する1年近く前からデジタルトランスフォーメーション計画としてグランドデザインの検討を始め、その頃から日立製作所と協業しめざすべき姿を作っていきました。プロジェクト開始前から同じゴールを共有できたことでスムーズに進められたのではないかと感じています。
日立製作所 村松翔 最初の頃は「まずは夢を語ってほしい」と言われ、何をどこまで語ってよいのかと……。お互いに思いを出し合う中で、理想形(ToBe像)をきちんと描き、その上で現状実現可能なCanBe像をめざしてプロジェクトを進めることができました。
私はインフラのクラウド移行を担当していますが、プロジェクトスタート当初は週2回×半日みっちり打ち合わせをして、意見をすり合わせ、意思決定を進めていったのを思い出します。
桂田氏 移行先に選んだ「Microsoft Azure」は、技術的にブラックボックスになっている箇所も多く、日立製作所にはかなりご尽力いただいたと思います。
日立製作所
金融第二システム事業部
金融システム第四本部 第一部
主任技師
村松翔
村松 確かに、日立製作所としてはAzureという新しい技術とどう向き合うかも課題でしたが、われわれのようなフロントに立つエンジニアと、社内のクラウドCoE(Center of Excellence、クラウドへの経験の深い人材やノウハウを集約した組織)チームが協力する体制を作れたこと、また、日本マイクロソフトのアーキテクトにもプロジェクト開始前から協議に参加してもらったことで、コンセプトや全体アーキテクチャーを早期に確定できました。
また、新技術への挑戦も重視し、次々に登場するAzureの新サービスも積極的に取り入れています。このときには、クラウドCoEチームが内部で検証し、そのノウハウを受けて進めていました。われわれのチーム内にもAzureの資格取得者が増え、初年度から妥協することなくやり切れたと思います。私もこの経験からMicrosoft Top Partner Engineer Awardを受賞することができました。
桂田氏 そういった体制を組んでいただいたおかげで、プロジェクト中も日々改善しながら進めていくことができたのだと思います。
システムの切り替えに当たっては、2023年1月にクラウド環境で基幹システムを本番稼働しましたが、その3カ月前までは既存のオンプレミス環境で新商品対応や新機能追加などの開発を行っていました。当社のほぼ全てのシステムをクラウド移行する規模でありながら、日立製作所と共に知恵を絞り、システムの凍結期間を最小限に抑えることができました。
クラウドでの稼働後は、リソースを柔軟に増減できるようになり、耐障害性が上がりました。また、リアルタイムでリソース利用状況を確認することによりシステム障害を未然に検知して防ぐことができるようになりました。万が一障害が発生したときにも管理画面上で設定変更することで対応可能となるなど、復旧までの時間を短縮できる点もメリットです。
第一フロンティア生命保険
ITデジタル推進部
デジタル推進グループ
マネジャー
飯間康大氏
第一フロンティア生命保険 飯間康大氏 基盤更改プロジェクトと同時に、アジャイル開発の検討プロジェクトもスタートしました。今は、商品システム開発をアジャイルで進めていますが、99.999%の信頼性を求められる金融機関の基幹システム開発において、どう“アジャイルらしさ”を確保するかが大きなテーマでした。
日立製作所
金融第二システム事業部
金融システム第四本部 第一部
担当部長
佐藤昌博
日立製作所 佐藤昌博 日立製作所の中でも、これまでウオーターフォールで開発してきた基幹システムにアジャイルを適用するのは、ハードルが高いのではないかと感じていました。社内のアジャイルに詳しいコンサルタントを含めて、方法論としてのアジャイルを無理やり適用するのではなく、システムやアーキテクチャーの特徴を踏まえて具体的なプロセスを検討し、「第一フロンティア生命保険におけるアジャイルプレイブック」の作成をサポートしていったイメージです。
日立としても第一フロンティア生命さまと毎週打ち合わせすることで、運営上のささいな問題も早めに共有でき、良い雰囲気で進められたと思います。
飯間氏 キーとなったのは、アジャイル開発における行動原則を自分たちで作成したことでしょうか。アジャイルマニフェストのようなものをそのまま適用しようにも、どうにも違和感が大きかったことから、改めて自分たちのシステムにとって最も大切にしたい価値は何か、障壁は何かをメンバー内で相談し、行動原則に落とし込んでいきました。日立製作所のメンバーにも参加していただいて、一緒にめざすべき方向を言語化し、共通認識を持てた価値は大きかったです。
佐藤 基幹システムはアーキテクチャーが密結合で、アジャイルの手法だけ適用しようとしてもうまくいきません。開発者の価値観を変える必要があると考えており、この活動の意義は大きいと感じました。打ち合わせでもフラットに意見を出すことができ、メンバーの価値観やカルチャーの変革にもつながっています。
アジャイルは特に「やってみないと分からない」ことが多いのですが、われわれ自身もどうすれば適用できるのかを考え、維持保守案件を活用したトライアルなどで試行錯誤しながら進めることで、大きく成長できました。
アジャイル開発の行動原則(提供:第一フロンティア生命保険)
中西氏 プロジェクト全てがチャレンジだった中でも、キーとなったのはアジャイルです。アジャイル自体が目的ではなく、開発期間を短縮する方法論としてのアジャイルという意識が重要ですが、その中ではチームメンバーが主体となって、自分たちの言葉で行動原則を作り上げたことには大きな意味があります。今回のプロジェクトは第一生命グループ内でも高く評価され、2023年度に優秀な取り組みを成した組織として当部が表彰されました。
飯間氏 「アジャイル」による効果創出の構成要素として、「カルチャーの醸成」「インフラのクラウド移行」は今回準備ができました。残す構成要素はミドルです。密結合なアーキテクチャーもあるので、今後はコンテナやマイクロサービスなども取り入れ、最終的には上から下までアジャイルにできる組織をめざしたいと考えています。
桂田氏 今回は「システム開発プロセスのアジャイル化」がメインでしたが、システム開発以外にもアジャイルの考え方を取り入れています。デーリーミーティングで意見を聞き、振り返りを行い、細かく改善していくことによって、メンバー間のコミュニケーションが活発になりました。立場にかかわらず意見が出しやすくなり、失敗してもチャレンジしたことが褒められる雰囲気が浸透し、各メンバーの心理的安全性が向上し、より働きがいを感じられる組織になったのではないでしょうか。
また、IT部門で一定の成果が出たことを受け、2023年度は「アジャイルな働き方」を事務部門や企画部門などにも展開できるのではないかと、社内に向けて積極的に発信しています。
中西氏 まずはインフラ更改プロジェクトとして基幹システムのクラウド移行を終えましたが、2024年度から新たな中期経営計画がスタートするに当たり、ToBe像を再定義したいと考えています。今後10年を見据えて、どう事業環境が変わるのか、何をめざすのか、ブラッシュアップしていきます。キーになるのは「クラウド化によるテクノロジー活用」とアジャイル開発体制の強化ですが、IT部門はITのためにシステムを作るのではなく、あくまで事業のためにシステムを整えるべきだと思います。事業部門と一緒にIT戦略を作り上げるためのIT刷新でなければなりません。
この戦略を進めるためにも、日立製作所の協力は欠かせません。生成系AIなど新たな技術も次々に登場する中で、次のステージでの提案も期待しています。
村松 「IT部門のためのITではない」というお話がありましたが、日立製作所としてはそれを「デジタルエンジニアリング」と呼び、支援しています。「どういうシステムを作るか」ではなく「どのようなビジネス価値を作るか」にリーチできるようにビジネスモデル自体の転換も図っています。既存の支援は継続しながらも、デジタル系のニーズも含め、より良い提案をしていきたいと思います。