東京・芝浦エリアで、野村不動産とJR東日本が共同で開発する「BLUE FRONT SHIBAURA(芝浦プロジェクト)」。
東京ベイエリアの新たなシンボルを目指し、区域面積約4.7ha、高さ約230m、延床面積約55万平方メートルの、オフィス・ホテル・商業施設・住宅などを含む、約10年間に及ぶ大規模複合開発が進められている。
そんななか、本プロジェクトにおけるビルS棟のDXを進めるパートナー*1として参画しているのが日立製作所だ。
ビルのDXと聞くと、一見地味な印象を抱くかもしれない。しかし、「ビルのデータ活用」が本プロジェクト推進のカギを握ると語るのは、芝浦エリアの大規模開発をリードする野村不動産の四居淳氏と、日立製作所でスマートビルディング事業をリードする松川秀之氏。本プロジェクトのキーパーソンとも言える二人が、「ビルのDXが変えるまちの未来」をテーマに語り合った。
野村不動産は「BLUE FRONT SHIBAURA」の開発をリードする立場であり、日立製作所は同プロジェクトに「ビルのDX」を担うパートナー企業として参画しています。そもそも現代のまちづくりにおいて、大規模複合開発はどのような意味を持つと考えますか。
四居氏
大規模複合開発によってまちの未来に貢献することは、すなわち社会の未来に貢献することであると捉えています。
まちには働く人、住む人、訪れる人、学校へ通う人などがいます。だからまちにはオフィスビルや商業施設、ホテル、公園などの公共空間、教育機関など、さまざまな人たちの活動に必要な機能が織り込まれています。
「BLUE FRONT SHIBAURA」の周囲を眺めると、北側の浜松町駅周辺はオフィス街で、田町駅がある南側にはマンション群が立ち並ぶ。その間には、公共施設や学校が点在している。
こうして見ると、まちとはまさに社会の縮図である。大規模複合開発を通じて、まちや社会の未来に新たな方向性を示したいという思いで日々取り組んでいます。
不動産証券化や、オフィスビルの開発、企画に関する業務を中心に経験。2015年より、本プロジェクトに携わり、事業全体のコンセプトメイクや商品企画等に従事。2021年より現職に就き、デジタルやブランディング・プロモーション、エリアマネジメント、産官学連携等を担当する企画部を所管している。
松川氏
とても共感します。
私が所属するビルシステムビジネスユニットは、日立の「コネクティブインダストリーズセクター」を構成する事業体の一つです。本セクターでは、日立が誇る強いプロダクト×デジタルの力で新たな価値創出を目指しています。
今回のプロジェクトも私たちが開発・提供するビルIoTソリューション「BuilMirai(ビルミライ)」を通じて、まちや社会に新たな価値を生み出したい。そんな思いでビルのDXに取り組んでいます。
入社以降、通信業界や金融業界向けにシステム構築、新サービス創生を中心に経験。2021年よりスマートビルや街づくりの事業マーケティングおよびセールスに従事。日立内だけでなく外部とも繋がりを持ち、幅広い目線でデジタルを活用したバリューアップや新たな価値を追求している。
「ビルのDX」とだけ聞くと、読者のみなさまは一見地味な印象を抱くかもしれません。しかし、私はこれまでビル設備に関するデータが十分に活用されていないことに、非常にもったいなさを感じていました。
たとえばエレベーターに関連する情報として、いつ、どのフロアで、何人が昇降し、どのフロアにどれくらいの人が滞留しているのかなどの情報が眠っています。
このデータを活用できれば、人が多い場所の空調を強めたり、逆に少ない場所の空調を弱めたりすることで、エネルギー消費を最適化できます。
あるいは人が集まりすぎているフロアに、サイネージで移動を促すメッセージを出すなどして、人流をマネジメントすることもできる。こうしたビルの中身を可視化する試みは、まち全体のデザインにも貢献できると考えています。
四居氏
同感です。現代の大規模複合開発では「既存の社会的資本をいかに活用するか」が重要になっています。
サステナブルな社会を目指すうえでは、古いものを壊し、新しいものに置き換えるだけでなく、「既存の建物をうまく使い続ける」という発想が大切です。
そのためにも松川さんの言う通り、ビルに眠る人の行動データを収集・蓄積することができれば、その情報をもとに既存の建物をうまく活用することもできる。その点、BuilMiraiは私たちの開発コンセプトに非常に合致するところがありました。
松川氏
ありがとうございます。BuilMiraiとは、ビルの稼働状況や人流情報などのデータを一元化し、分析・連携できるオープンプラットフォームです。これにより、管理業務の効率化や利用者の利便性・快適性の向上が可能になります。
ビルではエレベーターや空調、照明などさまざまな設備が稼働していますが、これまで設備同士の連携はなく、それぞれのデータは個別に運用されていました。
しかしすべてのデータを収集・蓄積して連携することができれば、統合管理により業務の効率化やエネルギー消費の削減など、新たな価値創出が期待できます。
四居氏
まさにデータ連携により、「ビル運用の標準化」ができるのもBuilMiraiを導入した理由の一つです。
従来のビル運用は、熟練の管理者が長年の経験をもとに設備管理を行っているケースが多かった。しかし、労働人口の減少が進めば、職人技を持つ人材の確保は難しくなります。
そこでビルの運用のデータを集めて分析し、誰もが利用しやすい形で提供できれば、属人化した業務を標準化できます。
松川氏
おっしゃる通りですね。またBuilMiraiは複数ビルのデータを統合管理することもできるので、ビルやフロア間の情報共有や比較分析をすることも可能になります。
四居氏
「ビル同士のデータ連携」には、私たちも大いに期待しています。
BLUE FRONT SHIBAURAではツインタワーの建設を進めており、2021年着工のS棟は2025年2月、2027年着工予定のN棟は2030年度に竣工予定です。
つまり1棟目が完成し、6年ほどかけてビル設備の運用データが蓄積されたタイミングで、2棟目が完成するわけです。
1棟目のデータを活用できれば、2棟目は利用開始時点から、より高いレベルの運用が可能になります。
さらには2棟目で取得したデータを1棟目の運用にフィードバックするなど、このサイクルを回すことで、ツインタワー全体の運用を継続的に改善したいと考えています。
さらにその先で期待するのが、他の都市開発やまちづくりへの横展開です。
芝浦で得たデータからの学びや好循環を、他のプロジェクトでも展開したい。場合によっては、築年数の古いビルを全面的に建て替えなくても、設備のデジタル化で新しいビルと同様の省力化やコスト低減効果を得られるかもしれません。
すでにあるハードウェアを活かしながらソフトウェアを更新するように、ビルの機能もアップデートしていけたら理想的です。
松川氏
まさにBuilMiraiの根底思想と通じるところがあります。
iPhoneのOSをアップデートすると新しい機能が使えるのと同じように、ビルや建物などのハードはそのままに新しい機能へ更新することで、BuilMiraiも「ビルのOS」を目指していきたい。
ビルは竣工後も何十年と長く使われます。ハードウェアを作り替えなくても、ソフトウェアをアップデートすればビルの価値を向上できる。ビルの持続可能性を高めることで、まちや社会の未来に貢献したいと考えています。
BLUE FRONT SHIBAURAで建設中のツインタワーには、オフィスや飲食店、ホテルなどさまざまな施設が入る予定です。開発によってこの場所をどのような空間にしたいと考えていますか。
四居氏
私たちがBLUE FRONT SHIBAURAで重視するのが「居心地の良さ」です。
海と空が広がり、緑地や運河もある芝浦エリアは、都心でありながら自然を感じられる場所です。
自然との触れ合いがリラックス効果を持つことはさまざまな研究で明らかになっていますが、ただしどのような関わり方を心地よく感じるかは個人によって好き嫌いがある。
土いじりをするようなディープな触れ合いを好む人もいれば、少し離れた場所から観葉植物を眺めるくらいの触れ合いが心地よい人もいる。
ですからBLUE FRONT SHIBAURAでも、自然を近い距離で触れ合うこともできれば、遠くから楽しむこともできるなど「多様なバリエーション」を増やす工夫をしています。
松川氏
一人ひとりにとっての「居心地の選択肢」を用意するのが大切だということですね。
四居氏
おっしゃる通りです。そこで松川さんにお聞きしたいのですが、「BuilMirai」も将来的に個人の好き嫌いの領域まで踏み込んだソリューションを提供できる可能性はあるのでしょうか。
松川氏
はい、個人の感覚や感情を可視化する方法はいくつか考えられます。
たとえばセンサーでうなずきの回数や深さをデータ化できれば、人がどれくらい会話を楽しんでいるかを分析できるかもしれない。
暑さ寒さに限らず、個人にフォーカスしたデータを集積できれば、一人ひとりの好みにフィットした環境や空間を用意できる可能性はあります。
あるいはデータを個人にフィードバックすることで、最適な選択肢を提供する仕掛けを用意できるかもしれません。
四居氏
なるほど、そういった形でのデータ活用も考えられますね。
松川氏
日立製作所はデジタル技術を活用したソリューション・サービス・テクノロジーの総称ブランドとして「Lumada」を掲げています。
Lumadaは「Illuminate(照らす・解明する・輝かせる)」と「Data(データ)」を組み合わせた造語で、顧客企業のデータに光をあて、輝かせることで、新たな知見を引き出し、お客さまの経営課題の解決や事業の成長に貢献するという思いを込めています。
BLUE FRONT SHIBAURAでもデータ分析という科学を持ち込み、まだ活用されていないデータに光をあてることで、ビルに集まる人々の生産性やウェルビーイングの向上に貢献していきたいと考えています。
データ活用による「ビルのDX」を推進することで、まちの未来にどのように貢献したいと考えますか。
松川氏
私たち「コネクティブインダストリーズセクター」が大切にするキーワードが「つながり」です。
ビルを良くすることは、まちや社会を良くすることに結びつく。そのためにも私たちの幅広い業種のお客さまとの関係性を活かして、さまざまな人や事業者をつなげることでまちの未来に貢献していきたい。
たとえば鉄道事業者や通信キャリアが持つユーザーの位置情報とBuilMiraiのデータをつなげば、あるオフィスビルに勤める人がどの電車に乗り、どこまで移動し、どのコンビニに立ち寄り、何を購入したかがわかります。もちろん情報を用いた個人の特定は行いませんが、このようにビル内外のデータを組み合わせることで、ユニークな試みも可能になります。
また日立製作所には官公庁や自治体を担当する部門もあるので、「ビルOS」であるBuilMiraiと行政が管轄する都市のデータをつなぐことも可能です。
今回のような意義あるBLUE FRONT SHIBAURAに参画できたことは非常に光栄なことですし、野村不動産とともにBuilMiraiを通じてまちの未来に貢献したいと考えています。
四居氏
「つながり」という意味では、野村不動産グループの企業理念は「あしたを、つなぐ」であり、常に誰の明日をどのようにつなぐかを考えています。ぜひ、私たちも日立製作所とともに、「つながり」でまちの未来をつくりたいと考えています。
BuilMiraiがさらに多くの事業者に広がれば、集まるデータの量や分析精度も向上し、ビルIoTソリューションとしてさらに進化していくでしょう。
広範囲にコネクションを持つ日立製作所なら、ビルからまち、まちから社会全体へとつながりを広げていけるし、スマートシティのモデルケースをつくることも可能でしょう。
私たちとしてはBLUE FRONT SHIBAURAをその第一歩にしたい。いつか振り返ったとき、「日本のスマートシティは芝浦から始まった」と言えたら最高ですよね。日立製作所と一緒ならそんな未来を実現できると期待しています。
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