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日立の原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡を用いて
世界初となる格子面それぞれの磁場観察に成功
カーボンニュートラル社会を実現するための高機能材料や省エネデバイス実用化への道を拓く
国立大学法人九州大学
国立研究開発法人理化学研究所
有限会社HREM
株式会社日立製作所(以下、日立)、国立大学法人九州大学、国立研究開発法人理化学研究所(以下、理研)、有限会社HREMは、国立研究開発法人産業技術総合研究所、国立研究開発法人物質・材料研究機構と共同で、日立の原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡を用いて、これまで観察が困難であった磁性多層膜などの構造や組成が不均一な試料(以下、不均一試料*1)の磁場観察を可能にする手法を開発し、世界で初めて格子面それぞれ*2の磁場観察に成功しました。
本成果は、電子線ホログラフィーの精度向上と撮像後にピントを自動補正する技術を開発することで達成しました。これにより、不均一試料を含む材料の物性や電子デバイスの特性を大きく左右する、局所的な物質間の境界(界面)における原子層レベルでの磁場観察が初めて可能となりました。今後、原子層レベルで起きている磁気現象*3の解明を通じて基礎科学の発展に寄与するとともに、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、脱炭素化のための電動化向け高性能磁石や高機能材料の開発、さらに日常生活で必要になる全体の消費エネルギーを減らすための省エネデバイスの開発に貢献していきます。
なお、本研究成果は2024年7月4日(木)午前0時(日本時間)、国際学術誌「Nature」にオンライン掲載されました*4。
- *1
- ここでは非晶質のようなランダムな構造の試料だけではなく、周期構造の中で構造や組成が異なる試料も含め不均一試料と定義しています。
- *2
- 原子は物体を構成する安定な最小単位の粒です。物体は三次元的に原子が並ぶことでできていますが、物体中の二次元面に原子が並んでいる部分を「層」や「面」と呼びます。「格子面」とは物体中のある二次元面に原子が規則的に並んでいる構造をさし、物質全体の特性を決める重要なものです。
- *3
- 界面での特異な磁場状態としては、界面の磁性原子層が規則正しく一様に並んでいない場合、小さな領域ごとの磁場をランダムモデルとして扱い、平均化された磁場として扱う「Malozemoff'sのランダム磁場モデル」や、磁性体とそうでない領域の原子層が1層毎に磁場の強弱変化を持ち、内部の一様な磁場とは異なる「磁気フリーデル振動」などがあります。
- *4
- Toshiaki Tanigaki, Tetsuya Akashi, Takaho Yoshida, Ken Harada, Kazuo Ishizuka, Masahiko Ichimura, Kazutaka Mitsuishi, Yasuhide Tomioka, Xiuzhen Yu, Daisuke Shindo, Yoshinori Tokura, Yasukazu Murakami, and Hiroyuki Shinada "Electron Holography Observation of Individual Ferrimagnetic Lattice Planes", Nature, 2024, doi: 10.1038/s41586-024-07673-w
研究の背景
電子デバイスやモーターは、スマートフォン、コンピュータ、自動車、鉄道、発電所などさまざまな用途で利用され、私たちの身の回りの生活を支えています。それらの機能や性能の多くは、物質の最小単位である原子の並びや電子の振る舞いに関係しているため、新しい機能の発現や性能のさらなる改善に向けて、物質を原子レベルの超高分解能で観察する技術が求められています。これまで日立では、微小領域の電場や磁場を直接観察するため、1966年からホログラフィー電子顕微鏡の開発を進め、「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」の助成により2014年、原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡を開発しました(図2)。2017年には、理研と共同で、原子数層の磁場観察を可能にする1nm*5以下の分解能を達成しました*6。しかしながら、さらなる高分解能化には、顕微鏡の精度向上と撮像時に生じる微小なピントずれの補正が課題でした。
そこで今回、共同研究チームは、これらの課題を解決し、これまで観察が困難であった磁性多層膜などの不均一試料に対して、格子面それぞれの磁場観察を実現する技術を開発しました。
- *5
- 1nm(ナノメートル)は10億分の1m。
- *6
- 2017年12月6日ニュースリリース「日立と理研が、原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡を用いて世界最高分解能0.67nmでの磁場観察に成功」。
開発技術の特長
- 電子線ホログラフィーの精度向上を実現する大量画像自動取得技術
電子線ホログラフィーの精度は取得する画像データ数を多くすることで向上します。2017年に開発した電子線ホログラフィーの観察結果から電場情報と磁場情報を高精度に分離する技術を基盤に、データ取得中の顕微鏡の自動制御・調整や撮影の高速化を図ることで、超高分解能を維持しながら8.5時間程度で1万画像以上の像を自動取得する技術を開発しました。 - 微小なピントずれを自動補正するデジタル収差補正技術
高い分解能を得るためには、撮像データに残る微小なピントのずれを補正する技術が必要になります。撮像後にピントを補正するアイデアは、1948年にデニス・ガボール氏が電子線ホログラフィーを発明した時の動機そのもので、理論的には確立されたものですが、これまで自動的に補正する技術がありませんでした。今回、焦点を変えて得た電子波を解析することによりピントを補正する手法*7を、電子線ホログラフィーに適用し、実験データに含まれるノイズの影響を低減する独自アルゴリズムを開発することで自動補正に成功しました。
本技術を原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡に適用して、原子層ごとに異なる大きさと向きの磁場をもつ磁性体(Ba2FeMoO6結晶)を観察し、シミュレーションと比較検討した結果、均一ではない試料の観察が可能な手法として世界最高性能*8となる0.47nmの分解能で、物質内部の格子面それぞれの磁場を観察することに成功しました。
本成果により、デバイスや物質中の界面構造と磁場の関係を詳細に観察できるようになり、将来のカーボンニュートラル社会の実現に向け、高機能材料や省エネデバイス開発が加速されると期待されます。また、文部科学省先端研究基盤共用促進事業の支援を通じて、本装置を共同利用し、基礎物理から最先端デバイスまで幅広い分野で科学技術の発展にも貢献していきます。
- *7
- T. Tamura, Y. Kimura, and Y. Takai "Development of a real-time wave field reconstruction TEM system (I): incorporation of an auto focus tracking system", Microscopy, 66, 172-181 (2017).
- *8
- 2024年7月 日立調べ。ここでは同じ方向を向いた磁場を見分けられる最小距離を磁場観察における分解能と定義しています。
理研 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 十倉好紀グループディレクターのコメント
本成果は格子面レベルで磁場を直接観察することができる新しい電子顕微鏡法であり、物質科学の発展への貢献が期待されます。今後、本手法を活用することで電力損失を大幅に抑えた革新的なエレクトロニクスの原理構築やデバイス開発の道が拓かれると確信しています。
なお、本研究の一部は、最先端研究開発支援プログラムにより、独立行政法人日本学術振興会(理事長:杉野剛)を通じた助成、および国立研究開発法人科学技術振興機構(理事長:橋本和仁)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究総括:雨宮慶幸 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任教授)における研究課題「AIと大規模画像処理による電子顕微鏡法の技術革新(JPMJCR1664)」(研究代表者:村上恭和 九州大学 大学院工学研究院 教授、研究期間:平成28〜令和2年度)の支援を受けたものです。
日立の原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の紹介
日立製作所について
日立は、データとテクノロジーでサステナブルな社会を実現する社会イノベーション事業を推進しています。お客さまのDXを支援する「デジタルシステム&サービス」、エネルギーや鉄道で脱炭素社会の実現に貢献する「グリーンエナジー&モビリティ」、幅広い産業でプロダクトをデジタルでつなぎソリューションを提供する「コネクティブインダストリーズ」という3セクターの事業体制のもと、ITやOT(制御・運用技術)、プロダクトを活用するLumadaソリューションを通じてお客さまや社会の課題を解決します。デジタル、グリーン、イノベーションを原動力に、お客さまとの協創で成長をめざします。3セクターの2023年度(2024年3月期)の売上収益は8兆5,643億円、2024年3月末時点で連結子会社は573社、全世界で約27万人の従業員を擁しています。
お問い合わせ先
株式会社日立製作所 研究開発グループ
国立大学法人九州大学
広報課
電話 : 092-802-2130
国立研究開発法人理化学研究所
広報室 報道担当
電話 : 050-3495-0247