日本で作った部品を送って、海外の工場で組み立てる…鉄道車両を海外の拠点で製造しようという動きがきっかけとなって、車両計測の研究が始まりました。3年間、「モノづくりの現場で、いかにして使ってもらうか」を第一に考えて開発された鉄道車両計測技術。この技術が、日本、そして海外の鉄道車両の製造現場を大きく変えていきます。
(2016年7月4日 公開)
堤先進国ではインフラの置き換え、新興国では新しいインフラの整備が進められていて、鉄道全体の市場規模は、年間20兆円と言われています。この大きな市場の中、日立は、鉄道車両の海外展開を積極的に進めてきました。そして、この研究が始まる少し前に、イギリスの車両を現地の工場で製造するという話が出てきたのです。
これまでは、山口県下松市の笠戸事業所で車両を製造していましたが、今後は笠戸事業所で「構体」と呼ばれる空っぽの箱状の車体までを作り、海外の現地工場で組み立て、車両を完成させるという、グローバルな製造を展開していくことになります。笠戸事業所で製造していれば、構体の形が多少変化しても、熟練の技術者によって調整しながら部品の組み立てができます。しかし、海外の工場で組み立てるためには、調整の作業をなくす必要があります。調整が不要な構体を作らなくてはならない、という課題がきっかけとなって、車両計測の研究が始まりました。
笠井これまで、車両を作るときには、巻き尺や物差しを使って寸法を測り、紙に記録していました。現場には、「このやり方で作れている」という考えがある一方で、「もっとよい作り方はないだろうか」という声がありました。いまは、情報のデジタル化が進んでいて、いろいろなデータをひも付けて、モノづくりが進められるようになっています。そこで、巻き尺や物差しを使ったアナログな寸法の測定から、デジタル測定機を使った測定に変えることになったんです。
さらに、ここ数年で「3次元計測」が盛り上がってきています。巻き尺や物差しでは、寸法を測ることしかできませんが、3次元測定機では3次元の空間の位置関係などを求めることができます。これを車両の製造に利用できないかと考えました。
堤はい。いままでは、何かトラブルがあると、ファイリングされている膨大な紙の資料を引っ張り出して見直していましたが、ファイルから紙の資料を探し出して、記録されている内容を表計算ソフトに入力して、グラフにして…ということをやるだけで、1日、2日掛かってしまいます。これからは、データをデジタル化して蓄積して、いつでも取り出せるようにしよう、どんどん活用していこうというのが、我々が開発した鉄道車両計測技術のねらいです。測定手段を刷新するとともに、検査帳票の電子化システムや蓄積したデータを活用する仕組みまでを含めた研究・開発を推進してきました。
図1 鉄道車両計測技術のねらい
堤車両の作り方を簡単に説明すると、まず部品を製作・調達する「部品製作」工程があります。次が「溶接」工程で、部品を溶接して、前後の「妻」、左右の「側」、「屋根」、「台枠」と呼ばれる6つのブロックを作り、これらのブロックをさらに溶接して6面体の構体にします。そのあとの「組立」工程で、ガラスや座席などの内装品を組み立てたり、床下に電子機器などを取り付けたり、塗装したりします。ここまでの工程で車両が出来上がり、「検査・出荷」工程に進みます。
笠井3次元測定は、物に熱が加わって、変形が生じやすい溶接工程に取り入れています。平面だけで構成されたブロックは、溶接後に物差しなどを使って検査できます。しかし、曲線や曲面で構成されたブロック、例えば新幹線の先頭車両のように特徴的な形をしているものは、理想の形になっているかを測るのがとても難しい。そこで、レーザートラッカーによる3次元測定を導入しました。
図2 鉄道車両の製造工程
笠井本来、レーザートラッカーなどの3次元測定機は、機構や操作が複雑で、測定の専従者が必要です。しかし、実際の現場では、溶接作業をしている方々や、普段パソコンを操作しない方々が、測定することがあります。このため、普段の作業の中で誰でも簡単に、間違いなく操作できるようにしました。
測定者は、システムの音声ガイドに従って操作します。適切に測定できているかどうかは、パソコンの画面に数値と色で表示されると同時に、音でも通知されるため、測定者はパソコンの画面を見なくても作業できます。
堤3次元測定機で測定できるのは座標データですが、現場で欲しいのは寸法です。システムには、測定した座標データから寸法を自動で計算する機能があり、現場ですぐに確認できます。
笠井例えば、新幹線の場合、運転席の前のガラスは曲面ですし、先の丸いところは…「丸妻」というんですが、溶接がたくさんあって変形しています。いままでは、丸妻の窓枠にガラスを乗せて、何度も調整してはめ込んでいましたが、正確な寸法がわかると、溶接によって窓枠がどれだけ変形したか、どこを何ミリ調整すればガラスがはまるかがわかるので、ガラスを乗せて調整する必要がなくなります。
堤そのとおりです。新幹線の床板を張る作業も、効率よくできるようになる作業の一つです。
新幹線の床は、床下にケーブルや配管を入れる空間を作るために、数本の柱が立っていて、その上に20枚ほどの床板が25mに渡って乗っています。隣り合う床板に段差ができないように床板を乗せる必要がありますが、溶接で柱の高さにバラつきが出ているんです。このため、薄い板状の「調整部材」を何枚も重ねて高さを調整します。
いままでは、調整部材をたくさん用意して、必要な長さを切っては積んで、切っては積んで…板も大きいですし、大変な作業でした。
また、鉄道の車両って、横から見たときに中央が盛り上がったアーチ状になっているんです。床を単純にまっすぐ張るだけなら調整もしやすいのですが、アーチのカーブをきれいに作るには、相当な熟練の技術が必要でした。
3次元測定を導入すると、事前に測定した3次元の座標データから柱の高さのバラつきがわかります。また、天井のアーチを基準に床の高さを計算することで、きれいなアーチ状の床を作るための調整量を自動的に算出できるようになります。これによって、組み立ての前に、どのくらいの厚さの調整部材を何枚用意すればよいかがわかります。さらに、どの調整部材をどこに設定する必要があるかが示された「組み立て指示書」を自動生成することで、調整に必要な時間が削減できます。
笠井実際の物と物をすり合わせて調整することを、現物を合わせるという意味で「現合」と呼ぶのですが、3次元測定のデータを使って仮想的に組み立てているので、この技術を「仮想現合」と呼んだりしています。
堤現場では、わかりやすく「調整レス」と言っています。「調整レス組み立て」とか「一発取り付け」とか(笑)。
笠井「現場で、普段の作業の中で使ってもらうこと」にこだわりました。「こうやればできるんじゃないか」と考えて、それを検証するところまでは研究所の中でやることが多いですが、構想したシステムが現場で具体化されて、車両が作られるようになることにこだわっていますし、苦労しているところでもあります。
堤我々が所属する生産イノベーションセンタの特徴は、現場で、最後の適用までやり切ることです。現場に反対されることもありますが、説得するのではなく、納得していただくんです。納得していただくためには、現場のことをよく知る必要があります。我々も3年くらい笠戸事業所に常駐しました。
堤社内では、モノづくり技術賞の奨励賞をいただきました。また、実際に現場でシステムが動いているのを見るのが、何よりうれしい評価です。
笠井システムがトラブルなく動くようになったことが何よりうれしいです。動き始めたころはトラブルが多くて、夜勤者に呼び出されたり、泊まり込んでシステムを変更したりしましたから。トラブルなく動くようになると、現場が楽になるんです。今後は、データが蓄積され、活用されることによって、さらによくなっていくはずです。
笠井いまは、現場でのモノづくりの仕組みを変えようとしていますが、3次元測定のデータを設計にも生かすことで、設計段階からモノづくりを変えられるのではないかと考えています。
堤3次元測定のデータが蓄積されると、溶接によってどのようなゆがみが生じて、寸法にどの程度バラつきが出るかがわかるようになります。そのゆがみ、バラつきを設計の段階で取り込めるようになると、設計からの「こうやって作ってください」という指示が、より適切になっていく。私たちが現場と設計をつなぐ立場になっていきたいですね。
それから、海外工場でのモノづくりを支えたい。誰でも簡単に、間違いなく操作できる3次元測定を使えば、海外の工場でも、品質の高い車両を効率よく製造できると考えています。
笠井今回の研究では、上層部の方々が練ってくださった戦略の中で、「どのように進めていくか」を考えることに力を注ぎました。それももちろんやりがいはあるのですが、将来的には、「物事をこう変えていくんだ!」という戦略を練るところから取り組みたい。戦略を練って、人を巻き込んで「こういうことをやっていこうよ!」と提案できるような人になりたいです。
堤研究は、一つのテーマについて深く掘り下げて取り組むことが多いですが、私は鉄道以外の事業も含め、「設計」、「製造」、「検査」といろいろなテーマを経験してきました。その中で、「全体のプロセスを見る必要があるのではないか」と考えるようになりました。複数のテーマを見てきた経験を生かして、一歩引いたところから全体を見られる研究者になりたいですし、そういう視点が必要なテーマを作っていきたいと思っています。