日立グローバルライフソリューションズ株式会社(日立GLS)では、「日立環境イノベーション2050」に基づく環境経営を推進しています。その一環として、資源循環型社会に対応したものづくりを強化し、環境に配慮した製品設計やリサイクル技術の開発などに取り組んでいます。それらの取り組みが高いレベルで結実した製品のひとつが、2022年8月に発売開始された「コードレス スティッククリーナー PV-BH900SK」です。製品本体や付属部品に再生プラスチックを40%以上も使用し、塗装や印刷などの二次加工もできるだけ省くことで、素材のリサイクル性に配慮しています。
「これまで家電製品には、外から見えない部品などに再生プラスチックが使われてきましたが、再生プラスチックの適用率を上げるために、外装への適用も検討する必要があった」と話すのは、今回CMFをリードしたデザイナーの野村皓太郎です。CMFとは、カラー(色彩)、マテリアル(素材)、フィニッシュ(仕上げ)の略で、製品の表面を構成する要素を指します。野村は造形とともに、そうしたユーザーの目や手に触れる部分において、製品の魅力や付加価値を高めるためのデザインを担当しています。
数年前から、野村らプロダクトデザイン部のメンバーは同じ研究開発グループ内で材料関係を研究しているチームと共同で、再生材をどのように活用し、製品に落とし込んでいくかを研究してきました。家電のなかでも外装部分にプラスチックを多く使っているのが掃除機です。「掃除機のプラスチック部分は強度部材にもなっており、これを再生材に置き換えることができるのか。研究対象としても取り組んでみたいテーマでした」と野村。こうして研究開発グループから日立GLSに提案するかたちで、再生プラスチックを多用した掃除機の開発がスタートしたのです。
本製品に使用した再生プラスチック。
当初のプロトタイプでは、トレンドである「再生材らしさを打ち出すテクスチャ」を検討していた。
数年前から、野村らプロダクトデザイン部のメンバーは同じ研究開発グループ内で材料関係を研究しているチームと共同で、再生材をどのように活用し、製品に落とし込んでいくかを研究してきました。家電のなかでも外装部分にプラスチックを多く使っているのが掃除機です。「掃除機のプラスチック部分は強度部材にもなっており、これを再生材に置き換えることができるのか。研究対象としても取り組んでみたいテーマでした」と野村。こうして研究開発グループから日立GLSに提案するかたちで、再生プラスチックを多用した掃除機の開発がスタートしたのです。
意匠材料を混ぜ合わせ、検討した試作品。
近年、再生プラスチックを活用する際のトレンドとして、その製品が再生材でつくられていることを強調しようと、あえて“再生材らしい”模様を入れるために意匠材料を混ぜたりすることがあります。開発当初は、日立の内部でも、再生材を多用する家電の第1弾として打ち出すのであれば、そうした意匠のほうがアピールしやすいのではないかという意見が多かったのも事実。
しかし、検証を繰り返すうちに違う意見が出てきました。例えば、再生ポリプロピレン(PP)に意匠材料を加えると、もともとの強度が損なわれ、もう一度再生してもPPとして使うことはできなくなります。実際に再生プラスチックにそういった材料を加えてさまざまなサンプルをつくり、検討するうちに、“再生材らしさ”を追求することで弊害が生じることがわかってきました。「そうであれば意匠材料を使わずに、もう一度リサイクルできるようにしよう。さらに意匠性を高めることで新しい切り口の製品を提案しようと発想を転換させたのです」と野村は語ります。
再生プラスチックらしく見えることよりも、消費者にとって純粋に「欲しい」と思える製品であるかどうか。そのためにCMFの面でチャレンジしたのは「再生材と品質感のバランス」でした。再生材でありながらもバージン材(新品の素材)を使ったものに比べて遜色のない、あるいはそれ以上の品質感をめざしたのです。
ポイントとなったのは、黒という色へのこだわりです。「もともと黒い掃除機をデザインしたかった」という野村。「本製品のもうひとつのカラーはライトゴールドですが、それに勝てる高級感をプラスチック色で出すためにはどうすればいいのか。受容性調査や他の色との比較検討を充分にしたうえで、導き出したのが黒でした。今回は黒でつくりきろうと考えのです」と続けます。
強度があり軽量なPPは掃除機には欠かせない材料です。ところが再生材のPPは、すでに着色された材料がベースとなっており、そこに再度着色することになるため、色ブレや深みのある黒がつくりにくいという課題がありました。「当初、設計者からは再生PPを多く使用してつくりたいという要望もありましたが、単一の材料では製品としてのっぺりして単調に見えてしまう。そこで再生ポリカーボネート(PC)も使うことにしたのです」と野村。
もともとガラスやアクリルの代替として使われていたPCは強度があり、透明の再生PCを使えば深みのあるきれいな黒をつくることができます。掃除機の本体をすべて黒色にしてしまい、意匠として品質感が求められる部位には再生PCを使って、全体の印象を引き締めることにしました。また同じ黒色でも、場所によって細かくシボ加工(細かい凹凸による文様)を切り替えてテクスチャの差をつけることで豊かな表情を生み出しました。
日立ロゴもエンボス加工にし、可能な限り印刷などの加飾パーツも削ぎ落とした。「素材の次のリサイクルを考えたときに、それらをはがす手間や異物となる材料は極力使用しない」(野村)。
2022年8月に発売開始となり、同年10月に日本デザイン振興会主催の2022年度グッドデザイン賞で金賞(経済産業大臣賞)を受賞した「PV-BH900SK」。グッドデザイン大賞のファイナリストにも選出され、受賞式典当日の最終審査での公開プレゼンまで駒を進めるなど、家電製品としては数年ぶりの快挙となりました。評価のポイントは、再生プラスチックを多用しているだけでなく、それを高い次元のデザインとして取り込んだ点。掃除機の核となる強度や軽量性が必要な箇所には再生ポリプロピレンを使用し、今回のポイントとなる重要な意匠部品には色彩の再現性と衝撃強度に優れた再生ポリカーボネートを使用。私たちの生活において、これからますます再生材と共存する機会が増えていくなかで、いち早く「美しさ」に着眼し、無数の試行錯誤を経て、それを体現してみせたことが評価されたのです。
「社内では、今回の取り組みを機に、再生材を使った製品の商品化がやりやすくなったと思います。特に再生プラスチックできれいな黒をつくる知見を得られたのは大きな収穫。デザイナーとして、工場や生産技術のメンバーが扱いやすいようにデザインすることが大事だと思っていて、そのひとつの答えを出すことができました」と野村。
日立では、今後も引き続き、その他の製品への展開も含め再生材を活用するための取り組みを行っていきます。大事なのは、それを使うことを目的にしないこと。「お客さまにとって、この製品が欲しいなと思ったら、それが再生材でつくられていたというのがベスト。今は家電の使われ方も使われる場所も多種多様です。家電だから、掃除機だからこうあるべきと決めつけるのではなく、ひとつひとつの製品に向き合って、製造や環境も含めて最適なCMFを見極めていきたい」と野村。素材のプロフェッショナルを自認する野村の挑戦はこれからも続きます。