生物の知覚能力を再現したセンサやロボットの応用に道を開く
2019年1月11日
株式会社日立製作所
東京大学と日立は、生物並みの精度を持つ人工嗅覚技術の開発に向け、生物由来の人工嗅細胞*1に新たに開発した時系列処理型AI*2を組み合わせることで、混合臭の中から、あらかじめAIが学習した単独臭の嗅ぎ分け(種類と濃度の識別)に成功しました。今回用いた人工嗅細胞が検出可能な匂い分子であるカビ臭とフェロモン*3をサンプルとして、濃度の希薄な混合臭(400 ppb*4~1300 ppb)においても、高精度で識別できることを確認しました。本成果は、将来、生物の知覚能力を再現したセンサやロボットの応用に道を開くものです。
生物の嗅覚は非常に高感度で、すでに、爆発物、地雷や薬物の探知、被災地での不明者探索などで犬やラット*5が利用されています。さらに、結核診断*6、食品や水の品質管理*7などの分野でも研究が進められています。人工的に生物並みの匂いの嗅ぎ分けを実現することは、将来的に生物の知覚能力を再現したセンサやロボットの応用につながります。生物は数多くの嗅細胞で検知した匂いを脳で判断して匂いを嗅ぎ分けており、これを人工的に実現するため、これまで生物並みに匂いを検知できる人工嗅細胞は開発されていましたが、多数の人工嗅細胞からの信号を脳のようにリアルタイムに解析できないことが課題になっていました。
そこで東京大学と日立は、生物並みの精度を持つ人工嗅覚技術の開発に向け、東京大学が有する人工嗅細胞と日立が新たに開発した時系列処理型AIを組み合わせて、混合臭の中から個別の匂い分子*8を検知し、その匂い分子と濃度を迅速に識別する技術を開発しました。本技術では、人工嗅細胞により匂い分子の濃度変化を表す時系列信号を生成し、時系列処理型AIで多数の細胞が生成する膨大な信号をリアルタイムに解析して匂いの種類と濃度を識別します。
図1 人工嗅細胞と時系列処理型AIによる混合した匂いを識別する技術イメージ
開発した技術を、今回用いた人工嗅細胞が検出可能な匂い分子であるカビ臭とフェロモンにより検証しました。その結果、濃度が希薄な混合臭(400 ppb~1300 ppb)からも、二つの匂い分子濃度を高い精度(70~90 %)で識別できることを確認しました。
本成果は、2018年12月3日に開催されたDigital Olfaction Society 2018*9で発表しました。
今回の人工嗅細胞は、ヨトウガ由来の培養細胞に他の昆虫(キイロショウジョウバエ、カイコガ)の触角に存在する嗅覚受容体*10とカルシウムイオン*11に蛍光反応するタンパク質を組み合わせてつくりました。通常、細胞内のカルシウムイオン濃度は細胞外と比べて低く保たれていますが、①細胞表面の嗅覚受容体に匂い分子が結合すると、②嗅覚受容体のチャネルが開いて細胞内にカルシウムイオンが流れ込みます。このカルシウムイオンが細胞内の③蛍光タンパク質と結合して細胞の輝度(蛍光の強さ)が上昇します。この輝度の時間変化から時系列信号を生成します。
図2 人工嗅細胞のメカニズム
生物の脳は、さまざまな匂い分子の濃度の時系列変化という膨大な情報を瞬時に処理して嗅ぎ分けを行います。今回の時系列処理型AIでは、数百個の神経細胞を模したノード*12がランダムに結合されたニューラルネットワーク*13を用いました。各ノードは、人工嗅細胞が生成した時系列信号を、ネットワークによって記憶された履歴情報を利用して時系列変化を識別し、嗅ぎ分けに活用します。実験では、まず、カビ臭とフェロモンという二種類の単独臭を用いて、いずれかの濃度のみ出力(匂いを識別)するよう学習させます。次に、学習したカビ臭とフェロモンの混合臭から匂い分子の種類毎に濃度を出力(匂いを嗅ぎ分け)できることを確認しました。このAIでは、ノード間の結合を変更せず読み出し層*14のみを学習するリザバー計算を用いており、リアルタイムな学習を実現しています。
図3 時系列処理型AIのメカニズム
このトピックスは、以下の新聞に掲載されました。