12月15日、「デジタル多摩シンポジウム 2020」が開催されました。
日立製作所 研究開発グループでは2018年度より、国分寺市と「地域活性化包括連携協定」を締結し、デジタル技術を使った地域活性化に関するさまざまなプロジェクトに取り組んでいます。
日立製作所研究開発グループでは、デザイナーと研究者がコラボレーションし、市民や地域の活動に参加しながら、新たな社会課題の探索やインフラ事業の在り方を模索しています。
https://www.hitachi.co.jp/rd/research/design/vision_design/index.html
本イベントでは、少子高齢化やコロナ禍への対応等の地域課題解決と持続可能な地域の実現に向けた、デジタル技術や生活者が主体的に関与するプラットフォームとしてのリビングラボの役割、地域×企業の協創の可能性について、産官学民で一緒に考えていきます。
オンデマンド配信では、国分寺市長 井澤邦夫氏による挨拶、中央研究所 西澤格所長による挨拶のほか、ふたつの基調講演とパネルディスカッションが配信されました。
一橋大学教授、工学博士の神岡太郎氏は「地域と企業におけるデジタルトランスフォーメーション」をテーマに講演。「コロナ禍への各国の対応を見ていると、デジタルをうまく使っている国とそうではない国がある」とし、日本は後者であると話します。たとえば感染者の動きをトラッキングするアプリのリリースも、韓国や台湾に比べて長い時間を要しました。
「高いデジタル技術を持つにもかかわらず、それをうまく活用できていないところがある。政府だけでなく企業も同じ」と神岡氏。その理由を考えるキーワードは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」とのことでした。
「企業におけるDXの目的は、デジタルを戦略的に競争力アップに結びつけることであり、そのためにはビジネスを変革することが必要です。そして重要なのが、組織や仕組み、人も変革しなければならないということ。テクノロジーよりも、むしろ意識改革をしないといけません」
神岡氏は、マイナンバー制度などに見られる日本のDXの遅れを指摘したうえで、コロナ禍によってこれまでなかなか進まなかったテレワーク化が一気に進んだことを挙げました。ただし、テレワークによって生産性が上がった企業は約20%にとどまると言い、競争力という点で十分に貢献しているわけではありません。
「自分たちが内発的に変わろうという仕組みがないかぎり、競争力は変わらないことを表していると思います。そんななか、意思決定のプロセスやコミュニケーションの取り方を変えるなど、改革に乗り出した企業もあります。予測のつかない変化が起きる時代、変われる能力のない組織や企業は非常に苦しくなるかと思います」
一方、地域におけるDXでは「それぞれのニーズ、環境、あるいは変化に合わせながら進めていき、そこにどうテクノロジーを生かしていくかがポイント」と神岡氏。ある地域には良質な地産野菜があるにもかかわらず、広める力の不足が原因で地消が進まないことを例に挙げ、こう続けました。
「これまでGAFAが中心になってやってきたのは、インターネット上で、みんな同じプラットフォームでやりましょうという時代だったのですが、これからは、それぞれに違う地域のニーズに合わせてやっていくことが重要です。しかも、インターネット上で完結するのではなく、生産者がいて、野菜があってというリアルな関係性のなかでうまくデジタルを使っていくべきだと考えています」
東京中心の成長モデルから、郊外型に移り変わりつつある日本。神岡氏は、「多摩エリアの街にはトピックスがたくさんあります。人もいる、デジタル技術も意志もある。意識を変え、それをいかにうまく組み合わせて使うかが鍵だと思います」と話し、講演を終えました。
東京大学 名誉教授の秋山弘子氏が基調講演のテーマに掲げたのは「長寿社会の新たなQoLとリビングラボでの実践」です。
ジェロントロジー(老年学)を専門とし、東京大学高齢社会総合研究機構で長寿化と人口の高齢化に伴う課題への解決に取り組んでいる秋山氏。長寿社会の課題は大きく「個人:人生100年を自ら設計、舵取りして生きる」「社会:長寿化に対応した社会インフラ(ハード&ソフト)のつくり直し」「産業:長寿社会対応の産業の創成」の3つがあると話します。さらに、ジェロントロジーではQoLも重要です。
「私たち人間は平均寿命を伸ばすことに成功し、今度は健康寿命を伸ばすことが目標になりました。その結果高齢者はかなり元気になっていて、次の目標に挙がったのが貢献寿命です。つまり、健康を保つだけではなく、一人ひとりが社会とつながって役割を持って生きるということ。私はこれこそがQoLだと思っております」
秋山氏はこれまでに、さまざまな地域を舞台に“長寿社会の街づくり”に取り組んできました。たとえば千葉県柏市では、定年後の就労事業を立ち上げ、現在までに800名ほどが就労したといいます。それらのプロジェクトで成功の要となったのは、行政や企業、大学、市民といったステークホルダーの共同体制をつくること。「同じ夢を共有し、協働していく体制ができると、いろんなことがうまくいくことを体感しました」と話しました。
さらに「個人の長寿化や人口の高齢化、人口減少社会には課題がたくさんある。だからこそ、イノベーションの宝庫と捉えることもできます」と秋山氏。イノベーションを誘発する場として、2016年に「鎌倉リビング・ラボ」をスタートさせました。“リビングラボ”とは、世界に広がっているオープンイノベーションの形のひとつ。産・学・官・民が一体となって抽出した課題に対し、みんなで解決策をさぐるものです。
「鎌倉リビング・ラボ」のステークホルダーは、鎌倉市今泉地区の住民やNPO、鎌倉市役所、企業、そして秋山氏が在籍する東京大学。これらが一体となり、住民課題にもとづく「長寿社会にふさわしいワークスタイルと住宅・地域環境の開発」、自治体課題にもとづく「デジタルシフト」、企業課題にもとづく「新たな長寿社会向け商品サービス開発」のプロジェクトに取り組んでいます。たとえば、「今泉地区を若い人が暮らしたいと感じる街にする」という課題設定がきっかけとなり、テレワークのための家具を開発しました。ステークホルダーが意見を出し合ってコンセプトを固め、試作とテストを繰り返して完成。実際に販売されるまでに至っています。
リビングラボの利点について、「生活者のもつ暗黙知を共有して、それを形式知化し、新たな視点や発想へ展開できること。ユーザーのニーズと生活習慣に寄り添った製品やサービス、仕組みを開発できます」と秋山氏。「リビングラボの評価軸のひとつが共創のプロセス。そのときに、ユーザーがプロトタイプを評価するモニターにとどまらず、イノベーションの機動力になっているかということが大切です」と締めました。
続くパネルディスカッションには、秋山弘子氏(東京大学 名誉教授)、内藤達也氏(国分寺市 副市長)、酒井博基氏(ディーランド 代表/コミュニティデザイナー)、武田健一(日立製作所 エイジングプロジェクトリーダ)の4名が登場。酒井氏がモデレータを兼任し、「ニューノーマルにおける、持続可能な地域の姿を考える」をテーマに議論を展開しました。
冒頭、酒井氏からニューノーマルな社会の姿を問われた秋山氏は「高齢者に話を聞いてみると、『コロナを経たあとはもっといい社会になると思う』とポジティブな見方をしている方が多いんです。戦争やいろんな自然災害を乗り越えた方たちだから、説得力がある。その思いに私たちも応えなきゃいけないなと思っています」と話しました。
内藤氏はテレワークによって街の昼間人口が増えたことに触れ、「そういう人たちに、地域に参画してもらえるような新しいコミュニケーションの仕方や場所をつくりたい」と考えているそう。武田は、在宅勤務を通して街への関心は生まれたものの、地域に参画するとなると方法がわからないと前置きし、こう投げかけました。
「地域に関する“問い”を立てる、そこを地域のみんなが集まるための基軸のひとつにしたいなと思っています。ただ、課題をどう発見していけばいいのか、難しさを感じていて。アイデアがあったらぜひ教えていただきたいです」
武田に対して秋山氏はこう答えます。
「企業が自分たちの専門分野を活用することを前提にした問いを立ててしまうと、生活者のニーズから浮かび上がる課題とずれてしまうケースがあります。だから私は、まず市民とじっくり話し合ったり、一緒に働いたりしてみることから出発し、課題を共に感じとることを大事にしています」
さらに、「地域でナレッジを共有したり、住民が生涯にわたって地域に関わっていくためにはどうすればいいのか。きっとデジタルが貢献できる部分もたくさんあると思う」と酒井氏。内藤氏は「私はNPOの運営も行っていますが、コロナでNPOも今非常に難しい状況にあります。そういうなかで、デジタルをうまく使いながらNPO同士を連携させて地域の課題解決を図ることが必要だろうなと考えています」と話しました。
「たとえば、先ほど秋山先生が講演でお話しくださった定年後の就労事業では、それぞれの人がやりがいや能力を発揮できる場所とのマッチングを、デジタルの力でお助けできると思います」と武田。秋山氏はその言葉を受け、「ぜひやっていただきたいです」と期待を込めました。
ライブ配信では、多摩地域の事業者や自治体の8名による活動紹介を、各10分のショートプレゼンテーション形式で実施しました。
さらに、協創パートナー:日立製作所 研究開発グループが協創パートナーを務めている「多摩未来協創会議」の参加者が、「地域×企業」の可能性についてパネルディスカッションを行いました。
多摩未来協創会議とは、多摩地域の事業者を中心に2020年4月に始動した会議体。プログラムオーナーとなった企業が地域で活動する人と対談を行い、そこで得られた情報をもとに社内で「地域×企業」の問いを抽出。企業や個人と少人数のミートアップを通して、それを解決するための具体的な事業を立ち上げることを目指すものです。
これまでに参加したプログラムオーナーのなかには、すでにミートアップ参加者と組んで新たな事業を立ち上げた企業も。それぞれの体験や現況を挙げながら、盛んなディスカッションが繰り広げられました。
こうして幕を閉じた「デジタル多摩シンポジウム 2020-ニューノーマルにおける持続可能な地域の姿を考える-」。社会や地域、人々のライフスタイルが大きく変化している今だからこそ見えてきた課題を共有するとともに、“デジタル×多摩エリア”が持つ可能性を感じさせる機会となりました。