〜世界の潮流と日立製作所の取り組み〜
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世界経済フォーラムで「持続可能性」と並び、あるテーマが積極的に議論されています。
そのテーマは「信頼性(トラスト)」です。世界ではトラストの重要性を再認識し、特にサプライチェーンのトラストについては、国や組織の枠を超えてさまざまな取り組みが進められています。
そこで、今回はサプライチェーンのトラストに関する背景と、トラストを評価する仕組みを構築する取り組みの概況についてご紹介します。
なぜ今、サプライチェーンのトラストが強く求められるのか。まずはその背景から見ていきましょう。
ここ数年、日本でも製造物の品質問題がニュースとなっています。新幹線の台車に亀裂が入ったなどの事案がニュースで大きく取り上げられ、注目を集めました。
このような事案は日本だけではありません。海外を見ても、ディーゼル車の排気ガス試験の結果が改ざんされ、自動車メーカーが多額の賠償金を支払った事案などが大きな問題になりました。
さらに製造物の品質だけでなく「セキュリティ」に関しても近年は大きなテーマになっています。
例えば、ルーターにバックドアツールが仕掛けられていたり、サーバーのマザーボードに攻撃用のチップが組み込まれていたりすることで、情報漏えいなどの誤作動が起きうる事案も発生しています。このようなツールは、サプライチェーンの意図しないところで仕組まれていたと考えられます。
事例 | 時期 | 場所 | 被害 | 信頼への影響 |
---|---|---|---|---|
航空機操縦士の乗務前過剰飲酒 | 2018年11月ほか | イギリス、日本 | - | 安全運航への信頼棄損 |
サーバーマザーボードへの攻撃用チップ組み込み | 2018年10月 | アメリカ | 秘密情報流出(疑惑) | 企業、製品への信頼棄損 |
新幹線車両台車枠の仕様外製品の納入 | 2018年2月 | 日本 | 新幹線車両台車枠に亀裂発生、運行へ影響 | 製品、サービスの安全性への信頼棄損 |
ディーゼル車排気ガス不正 | 2015年9月 | ドイツ | 罰金、違反車の買い戻し、企業の市場価値低下 | 環境基準適合、法令遵守への信頼棄損 |
ルーターへのバックドアツールの追加疑惑 | 2015年4月 | 世界各国 | 秘密情報流出(疑惑) | 企業、製品への信頼棄損 |
ここで取り上げた事案は、いずれも製品を製造するサプライチェーンで発生している可能性が極めて高いものです。それでは、なぜこのような事案が発生しているのでしょうか。
その背景には、サプライチェーンマネジメントの難度が上がり続けてきたことが考えられます。製造業のグローバル化にともない、製造拠点やサプライヤーも世界各国に広がりました。国内中心でサプライチェーンが組まれていた時代から管理体制を転換することが求められているのです。
サプライチェーンは、製造業だけに関わる概念ではありません。サービス業などでも、従業員や設備などの管理は、サプライチェーンの一部に含まれると考えることができます。公共交通機関の運転士や操縦士が乗務前に過剰飲酒していたことが発覚して、ニュースで取り上げられたこともあります。このような事案も、サプライチェーンの管理に綻びが生じたため発生したと捉えることもできるでしょう。
このようにサプライチェーンに関わる問題は、あらゆる産業で大きなテーマとなっています。上記のような事案が発生すると、サプライチェーンだけでなく企業のトラストにも大きな影響を及ぼすでしょう。
そこで、社会のあらゆる場面で求められているのが、トラストを評価するモデルの構築です。
それでは、実際に世界各国ではどのようにトラストを評価する仕組みを構築しようとしているのでしょうか。
世界ではISO(国際標準化機構)やNIST(米国国立標準技術研究所)など多くの標準化団体が基準づくりに着手しています。例えば、アメリカのシンクタンクであるピュー研究所では「オンライントラスト」に関する研究に力を入れており、ヨーロッパでもIndustrie 4.0などでトラストの管理や評価に関するモデルづくりが進んでいます。
また、世界的な産業IoT推進団体であるIIC(Industrial Internet Consortium)では、トラストの評価モデルをサプライチェーンなどの実務にどう適用させるかのガイダンス策定に着手しており、国際標準化団体にも指針を提供しています。
日本では、政府が提唱している「Society 5.0」の中で、「信頼できるサプライチェーン」がコアになると位置付けています。そして、信頼できるサプライチェーンを構築するため、日本政府はNEDO*を通じて、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)を推進しています。
信頼チェーンの概念
SIPのテーマの1つに、「IoT社会に対応したサイバー・フィジカル・セキュリティ」があります。これはデジタルによってトラストを実現するためのアーキテクチャ構築を目標とし、産官学連携で取り組みを進めています。
互いを知らない者同士が共存するサプライチェーンにおいては、信頼に足る情報を記録し、確認する仕組みが欠かせません。SIPでは、この仕組みを「信頼チェーン」と呼び、アーキテクチャの構築だけでなく世の中へ定着させるための方策も検討しています。
信頼チェーンの必要性については、ご理解いただけたかと思います。では、実際に信頼チェーンを構築する上で、どのような要件が求められているのでしょうか。
ここからは、信頼チェーンの構築に必要な、サプライチェーンのトラストを実現する「4つのポイント」について説明します。
サプライチェーンのトラストを実現する「4つのポイント」
1つ目のポイントは、サプライチェーンの各工程における「正しいプロセスの定義」です。モノづくりであれば、製品の品質を担保するために必要な材料の強度、工場における製品の組み立て方、製品の検査項目などを定義します。
2つ目のポイントは、「信頼データをデジタルエビデンスとして保存すること」です。正しいプロセスに基づいて製品が製造されている、ということを示す情報を記録します。
3つ目のポイントは、「トラストストア」です。これは、2つ目のポイントで保存された信頼データを信頼チェーンとしてつなぎ合わせます。これにより、サプライチェーン全体のトラストを見える化できるようにします。
そして4つ目のポイントは、「トラストを評価する仕組み」です。1〜3のポイントを第三者が判断できるようにすることが必要です。サプライチェーン内での信頼構築のための考え方を共有し、ITインフラを利用して評価します。
4つのポイントを機能させるには、トラストを評価する団体などが信頼チェーンのスコアリングや証明書発行などを行う必要があります。また、信頼チェーンの構築は、一民間企業の活動だけでは不可能です。国や組織を超え、産官学さまざまな団体が協調して取り組みを進めることが求められます。
最後に、日立製作所がサプライチェーンのトラスト構築に向けてどのような取り組みを進めているかご紹介します。
先述したとおり、信頼チェーンをはじめサプライチェーンのトラスト構築には、国や組織を超えて協調することが欠かせません。そのため、日立製作所もIICやSIPの主要メンバーとして団体の活動に参画しています(この記事は2021年2月10日時点のものです)。
例えば、IICではTrustworthiness Task Groupに参加しながら、その他のタスクグループとも連携してサプライチェーンのトラスト構築に貢献しています。また、IICから発行されるガイドライン「Trustworthiness Framework Foundations」の策定にも積極的に関与しています。
このガイドラインは、サプライチェーンのトラスト構築を国際的に進めるための指針となるドキュメントです。そして、この中で提唱されているフレームワークでは、トラストの5つの要素「セキュリティ」、「プライバシー」、「セーフティ」、「レジリエンス」、「リライアビリティ」に焦点を当てています。さらに、コンプライアンスなどのオプション要素が、信頼チェーンにどのような意味を持つかを示しています。
トラストの5つの要素
出典:Industrial Internet Consortium - Trustworthiness Task Group資料
日立製作所は、先ほど紹介したSIPの「IoT社会に対応したサイバー・フィジカル・セキュリティ」の主要メンバーとして、信頼チェーンの開発および社会実装をめざしています。また、具体的な取り組みとして「COVID-19、飲食店の感染症対策の信頼に関する実証」を行っています。これは、ビルのテナント管理などを手掛けるイーヒルズ株式会社と共同で、飲食店舗の安全対策に関するエビデンスを集約し、それを証明および見える化する「デジタルトラスト」の実証実験です。
飲食店の感染症対策は、飲食サービスを提供するサプライチェーンの構成要素の1つであり、そのエビデンスは信頼チェーンにおいて欠かせない情報です。この情報を集約・発信することで、飲食店の信頼向上とコロナ禍で苦しむ外食産業の一助となることをめざします。
サプライチェーンのトラスト構築は、今後さらに重要性を増すでしょう。日立製作所では、サプライチェーンのトラスト構築に向けた活動や事例などを積極的に発信してまいります。
この記事は、2021年2月10日に掲載しています。