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ニューノーマル時代に立ち向かうDX実現の勘所とは

2021年1月 日経 xTECH Special掲載

新型コロナウイルスの感染拡大により、社会情勢や生活様式が大きく変わっている昨今。企業では、ニューノーマルな組織・働き方への変革が必須になっています。その中で、これまで重視されてきた業務の効率向上だけでなく、新たな価値の創造が注目を集めています。「人」中心の理想の未来へ向けて、企業と社会の速やかな成長をDX(デジタルトランスフォーメーション)が実現します。

  • VOL1 コロナ禍でビジネスはどこまで変化したのか 〜デジタルの強制体験が企業や社員を変えた〜
  • VOL2 これからの新しい組織・働き方はどうあるべきか 〜社員がイキイキと働ける環境が企業の行く末を決める〜
  • VOL3 DXの成功事例とよくある失敗パターンとは 〜デジタルもDXも難しく考える必要なんてない〜

ニューノーマル時代に立ち向かうDX実現の勘所とは

新型コロナウイルス感染症の拡大は、一人ひとりの生活様式はもちろん、企業やビジネスにも大きな影響を与えた。もはや、以前のような状態に戻ることはないだろう。当然、企業には変化への対応が求められる。そうした変化に対応できる企業と、対応できない・しない企業の差は、今後ますます広がっていくはずだ。それでは、ニューノーマル時代に求められる新しい組織や働き方とは何か。どのようにデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進すれば、長期的な成長を実現できるのか。1つ先の未来に向け、日本企業が元気になる手掛かりはどこにあるのか。日経BP総研 イノベーションICTラボ所長 戸川 尚樹が、企業のDX推進を支援する日立製作所のキーパーソンに話を聞いた。

VOL3DXの成功事例とよくある失敗パターンとは
〜デジタルもDXも難しく考える必要なんてない〜

戸川: これまでニューノーマル時代の社会や企業に起きている環境変化、新しい組織・働き方の在り方についてお話を伺いました。それを踏まえて、企業はこれからどのようにデジタル化、あるいはその先のDXを進めていくべきでしょうか。

市川: 状況は変わりましたが、考え方はそう大きく変わらないでしょう。ただし、スピード感だけは変えていく必要があります。ニューノーマル時代は新しいことの連続です。「いかに早くやるか」が大事であり、「正確に」「間違えないように」ではありません。

戸川: とにかくやってみないと分からないということは、今回のコロナ禍で世界中が体感しました。

市川: これまでなら「要件定義に1年かける」とか、「結果が出なければ、まずその原因を追究する」といったやり方もありました。しかし今後は、「まずできることから始める」「失敗したらすぐ次のアクションに移る」といったスピード感を持たないとDXは実現できません。

戸川: 日本でも「アジャイル」と呼ばれる手法を採用すべきと指摘されることが多いものの、あまり定着していないというのが実情です。今回のコロナ禍を契機に、そういったスピードアップに真剣に取り組む企業と、そうではない企業の差が出てくるような気がします。

市川: 出てくると思います。例えば、もうハンコはやめたいと多くの企業が思っているはずなのに、「社内ルールの整備が大変なので時間がかかっています」と言っている間にライバル会社に抜かれてしまう。実際にこの数カ月で押印廃止を実現した会社がたくさんある。まだそれができていない企業は、「スピードの差」を「競争力の差」として体感することになるかもしれません。私たちもハンコレスやペーパーレスなどの業務改革を発表し進めていますが、スピード感を持って取り組んでいきたいですね。

戸川: できる企業とできない企業の差は、これから数年で確実についていくでしょう。ただ、デジタル化やDXにどこから手を付ければいいのか悩んでいる企業も実際には多いですよね。

デジタル化とは「記録すること、数えること」

市川: まず大事なのは、それほど難しく考えないことです。私は、デジタルを「電卓」みたいなものだと捉えています。電卓は、誰に何を売るかといったようにビジネスを考えてはくれません。でも計算はしてくれる。使えば便利で計算間違いもしない。デジタルも電卓と同様に「道具」として便利に使えばいいわけです。

例えばアナログの世界だと、「去年の今ごろは、お客さんがたくさん来て活気があった。今年も、もっと集客するために広告を打とう!」と考える。これがデジタルの世界だと「去年の10月に比べて今年の10月は売上が40%減ったが、来店者数は10%しか減っていない。むしろ滞在時間が50%下がっていることに注目すべき。手を打つなら集客ではなく滞在時間を延ばす施策が必要」という考えになります。記録し電卓を使うかどうかで、これだけ差がつく。

つまりデジタル化の第一歩は記録すること、数えることにほかなりません。すべてのことを記録しておかないと、後からデータを活用することは不可能だからです。

戸川: 現行のITシステムからデータを収集・分析するだけで、他社との差別化を図る有効な打ち手が分かるようになる。それはデータドリブンにもつながる基本的な施策ですね。

市川: 何もセンサーを付けることだけがデジタル化の手段ではありません。前回お話ししたように、アンケート結果の可視化もデジタルです。売り上げや在庫数だけでなく、人の意識といった曖昧なものでも工夫次第でデジタル化できる。今データドリブンという言葉が出ましたが、重要なのは「人」が上手にデータを使ってビジネスを回していくこと。データが「神様」で、私たちが「従者」のように考えてしまうと情報はうまく呑み込めない。人間しかできないことに注力するため、道具としてデジタルを使っていることを肝に銘じておかないと、個々の力を最大限には生かせないと思います。

戸川: デジタルを過信するな。上手に利用すればいいということですね。

市川: おっしゃるとおりです。もう1つ、DXについて、まだ難しい定義をされている方が多いようですが、私はシンプルに「データを使って効果を出すこと」だと考えています。「AIで革命を起こす」といったイメージでしかDXを捉えることができないと、目新しさや技術の高度さにばかり意識が向いてしまい、売上や利益につながらないところに労力を費やしてしまいがちです。重要なのは効果を出すこと。たとえチープなデジタル技術を使ったとしても、それで効果が出ればそれこそが立派なDXです。

人間本来の力を発揮する、理想の未来

戸川: 確かに、言葉だけに踊らされて本質を見失うことってありますね。市川さんが見聞きしてこられた中で、これはDXとして失敗じゃないかという例はありますか。

市川: よく、センサーやAIを使った予兆保全で「10年に1回だった保守業務が、12年に1回に減らせます。なんと20%のコストダウンです!」といった事例があります。確かに数字上では20%の削減になるのかもしれません。しかしそれがトップラインとボトムラインにどう影響するかを意識したものでなければ、DXとしては失敗だと思うのです。

もう1つは「失敗しないために、しっかりと要件定義すべき」という考え方です。自転車の乗り方を覚える時は転んだ回数ごとに成長していきますが、システム開発でも転ばないようにしている限り成長しなくなります。DXとは成長です。間違っていてもいいから始めてみることです。失敗しながら成長し、新たな気付きを得ていくのが真のDXだと思います。

戸川: 非常に含蓄のある言葉ですね。逆に、これはDXとしての成功例だというものはありますか。

市川: 例えば、西日本鉄道さまと日立の協創による「バス運行計画の最適化」事例があります。西日本鉄道さまは慢性的な乗務員不足によって運行路線の維持が困難になり、悩んでおられました。そこでバス運行実績やICカードによる乗降データを掛け合わせ、可視化しながら、路線の混雑具合や潜在的な需要も把握した最適な運行計画を立案できる仕組みを実現したのです。コロナ禍で大きく変化する利用状況の把握にも活用し、バス利用者向けの「混雑状況の公表」にもすぐに対応できました。今後益々ダイヤの最適化に役立っていくと高く評価されています。

もう1つ、これは米国フィラデルフィア市のケースですが、市内約700個のゴミ箱をセンサー付きのゴミ箱に変えることで、回収頻度を週17回から3回にまで減らせた事例があります。ローテクでも年間コストを70%も削減できたというのは本当にすごいと思います。

最先端のテクノロジーを使わなくても、新たな価値を創出しているDXの成功例です。

戸川: 身近なデジタル技術を使っても立派な効果が生み出せるDXの好例ですね。先ほど、「人間しかできないことに注力するため、道具としてデジタルを使うべき」とおっしゃっていましたが、市川さんが思い描く理想の未来は、どのような姿ですか。

市川: 例えば、地方の農家が都会の家庭に野菜を届けたいとします。その時、どんな人が買いそうかを考えてインスタグラムに広告を出すという作業はITに任せ、農家はいい野菜を育てることに集中する。心を込めてそれを伝えればいいと思うのです。面倒なこと、難しいことはITやAIが手伝ってくれて、人間は人間しかできないことをやればいい。そんな世界になるのが理想ですね。

戸川: なるほど。農家を企業に置き換えても同じことがいえそうですね。インスタグラムばかりに力を注いでいるけど、本業の製品・サービスづくりが疎かでは本末転倒です。個人も企業も「自分は本来、何者なのか」をしっかり考えていかないと、デジタルやテクノロジーに振り回されていく感じがします。

市川: そう思います。面倒なことはデジタルに任せ、これからは私たちが本来持っている人間的な素養、勘や経験みたいなものを発揮していいわけです。それは本来、多くの人の得意分野であるはずなので、ニューノーマル時代も人間らしく取り組んでいけばいい。

戸川: DXというと大げさに捉えがちですが、デジタル技術は人間のためにあるものなので、道具としてうまく使いこなしていけばいいだけだと。

市川: 私がいちばん伝えたいのは、デジタルもDXもそれほど怖がらないでほしいということ。これからもいろいろありますが、一つひとつ慣れていきながら、一緒に前に進んで、日本を元気にしていきましょう。

Profile

戸川氏

戸川 尚樹

日経BP総研
イノべーションICTラボ
所長

1996年に日経BP社入社して以来、日経コンピュータの編集記者として12年間、CIOを取材。その後、日経ソリューションビジネス副編集長、日経コンピュータ副編集長、日経ビジネス編集記者(電機・IT 担当)、日経情報ストラテジー副編集長、日経 xTECH IT編集長を歴任。2019年4月より現職。

市川 氏

市川 和幸

株式会社日立製作所
サービスブラットフォーム事業本部
loT・クラウドサービス事業部
データマネジメント本部
主管技師

1990年、日立製作所入社。Windows 3.0 OEM開発チームに所属、日立製ハードウエアヘのインストールプログラムを担当し、日立独自機能を開発。その後、グループウエア製品Groupmaxの開発やワークフロー製品Work Coordinatorの全体アーキテクトに携わる。2005年度には主任技師としてGroupmaxのグッドデザイン賞を受賞。現在は、多くの企業のデータ活用やDXを提案・支援している。

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本記事は日経 xTECH Specialに掲載されたものを転載したものです。
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本対談・撮影は、新型コロナウィルス感染対策のうえ実施しました。
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所属・役職等はすべて取材日時点のものです。
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記載の会社名、製品名などは、それぞれの会社の商標もしくは登録商標です。