2020年12月 日経 xTECH Special掲載
新型コロナウイルスの感染拡大により、社会情勢や生活様式が大きく変わっている昨今。企業では、ニューノーマルな組織・働き方への変革が必須になっています。その中で、これまで重視されてきた業務の効率向上だけでなく、新たな価値の創造が注目を集めています。「人」中心の理想の未来へ向けて、企業と社会の速やかな成長をDX(デジタルトランスフォーメーション)が実現します。
新型コロナウイルス感染症の拡大は、一人ひとりの生活様式はもちろん、企業やビジネスにも大きな影響を与えた。もはや、以前のような状態に戻ることはないだろう。当然、企業には変化への対応が求められる。そうした変化に対応できる企業と、対応できない・しない企業の差は、今後ますます広がっていくはずだ。それでは、ニューノーマル時代に求められる新しい組織や働き方とは何か。どのようにデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進すれば、長期的な成長を実現できるのか。1つ先の未来に向け、日本企業が元気になる手掛かりはどこにあるのか。日経BP総研 イノベーションICTラボ所長 戸川 尚樹が、企業のDX推進を支援する日立製作所のキーパーソンに話を聞いた。
戸川: 新型コロナウイルス感染症の拡大によって世の中が大きく変わりました。日立のDX事業担当者として、様々な業種業界の顧客と対話されている市川さんには、現場のリアルな声も含め、いろいろな情報が入ってきているのではないですか。
市川: 一言で言えば「何かすごいことになっているな」と感じます。影響は様々で、業界によっても人によっても違います。例えば、飲食業は大きな打撃を受けていますが、オンラインショッピングや宅配業は逆に仕事が増えている。プラスとマイナスが混在している状況です。
戸川: そこがリーマン・ショックとは大きく違いますね。リーマンのときは全員が被害者に近い状況でしたが、今回は収入がいきなり激減した人がいる一方で、すぐにリカバリーできた人、逆に仕事が増えた人もいる。経済は数字的には落ち込んでいますが、マイナスだけとは言い切れない。
市川: 日常も変わりました。自宅で仕事をする機会が増え、お客さまとも非対面で接するのが当たり前になりました。リモート会議やペーパーレス化が進み、今やこれらの環境が用意できないと「企業としては不合格」という捉え方さえ出ています。特に若い年代層は、それこそがノーマルだという意識が強いようです。
戸川: いい意味でも悪い意味でも「デジタルへの強制体験」が行われたということですね。市川さんはこの間の変化について、どのような捉え方をされていますか。
市川: 私自身、ここ20年から30年で初めて経験したといっていいほどの大きな変化を感じています。まず、仕事では紙がいらないことに気付きました。テレワークが始まって半年以上がたちますが、本当に1枚も紙を印刷していません。リモート会議で資料を投影するクセがついたからです。また、会議ではお互いの顔がよく見えないため、役職の上下関係にかかわらず自然にフラットな会話ができるようになりました。私も上司への言葉遣いで失敗することがありますが、個人的にはこの現象を「面白いな」と捉えています。
戸川: 海外拠点とのリモート会議の頻度も増えているのですか。
市川: 確実に増えています。東京−大阪間の会議も、東京−サンフランシスコ間の会議も、時差があるだけであとは区別がつきません。今までは「2カ月後にアメリカに出張に行くから、この話はその際に議論しよう」と考えたりしていました。でも今は行ける可能性が低いので、「じゃあ来週また会議しましょう」ということになるんですね。これは非常にいいことで、距離に関係なく世界中と仕事ができる、すべての物事を効率よく速く進められることを実感しています。
戸川: 冷静に見てみると、意外にいいことも多いですね。
市川: 本当にそうですね。午後4時ごろに買い物に行き、家族との夕食が終わってからまた仕事をするといったように、時間が自由に使えるようになりました。今まではしたくてもできるわけがないとガマンしていましたが、やれるようになりとても満足しています。また、テーマを設けず、ただ時間だけを決めて皆で「リモート雑談」することが多くなりましたが、誰からも文句はなく楽しそうに参加しています。チーム間のコミュニケーションも向上しました。作業効率は一見下がったようにも見えますが、価値創造という観点ではよくなっている気がします。その意味では一気に、1つ先の未来に進んだのかもしれないと考えています。
戸川: 今は経営層の方も、自宅で自らリモート会議の設定をやらざるを得ない。顧客と話す場合でも、以前なら「Web会議で話すなんて失礼だろう」と言っていたのが、今や当たり前のことになってきた。ビジネスを取り巻く環境が一変しましたね。
市川: 仕事の多くがデジタル化されたことで、デジタル活用やデータ活用が必須であることが分かりました。「やればいいんだ」ということを体感したわけです。それぞれの企業が今回それを実感したように、お客さまも既に変わっています。ライバル企業も変わっている。そうなれば、自分たちが変わらないという選択肢はありません。ニューノーマル時代に対応する企業となるためには、組織が大きく変わる必要があると思います。
戸川: 同感です。もうコロナ禍前の状況には戻れない。今の状況を前向きに捉えて進むしかないということは、多くの経営者も理解しています。ただ一方で、先日ある会社の役員の方とお話していたら、「組織ごとのパフォーマンスの差が大きく開いてきたことが課題になっている。リモートワーク体制になってから、マネジャークラスの実力が以前よりもはっきりと分かるようになってきた」と。意思決定して部下に適切な指示を出せない無責任なマネジャーは論外として、マイクロマネジメント型のマネジャーがリモートワーク体制での組織運営に苦労しているようです。ニューノーマル時代に適したリーダーの育成・配置を念頭に置いて、組織改革を進める必要がありそうです。
市川: 確かに、そういったお話はよく聞こえてきます。一昔前にデジタルディバイド(情報格差)という言葉がありましたが、今回の環境変化で「新しいディバイド」が生まれたように思います。ニューノーマルを前向きに捉えられる人と、これはしんどい、早く以前のような環境に戻りたいと感じている人との差が、だんだん大きく開きつつあります。
戸川: その差は年齢や役職によって異なるのでしょうか。
市川: あまり関係ないようです。どの方に聞いてもニューノーマル肯定派と否定派がいらっしゃいます。「会社へは1日も行きたくない、家が快適」という人がいますが、それはハイパフォーマーかどうかとは別の話で、デキる人にも「私は会社に行きたい」という人がたくさんいらっしゃいます。経営層の中でも、そういった差が広がる傾向にあります。例えば、役員から新人社員まで大勢でリモート会議をすると、積極的に発言する人と全く発言しない人の差が丸見えになってしまう。新人からすれば「この幹部の人は会議で一言も話さなかった。自分の意見がないのではないか」と評価してしまうわけです。リアルな会議室で行われる会議なら、上座に座ることでフィルターがかかり、特別な意見を言わなくても存在感を発揮できていたのかもしれません。しかしリモート会議は、先ほど申し上げたようにフラットな場となるので、発言の中身や積極性で評価されてしまう。
戸川: それはある意味、正しいことなのではないですか。肩書や役職ではなく、ちゃんと実力のある人、主体的に考えられる人に責任ある仕事を任せればいいという。
市川: はい。企業にとっては相当プラスになると、個人的には思っています。
戸川: あとは、それをどう生かせるかですよね。個々に合った快適な仕事環境で、どう自分の実力を発揮していくか。その気持ちを会社側も把握して、フォローできる体制を整えれば、それに成功した企業はニューノーマル時代で今以上に競争力を発揮できる。
市川: 実際に日立では、既にそういう取り組みを始めています。日立グループとパートナー企業、そしてお客さまがコロナ禍で経験した様々な課題や思い、その解決に向けて取り組んできた経験値を、より幅広いお客さまに伝えていきたいと考えています。
戸川 尚樹
日経BP総研
イノべーションICTラボ
所長
1996年に日経BP社入社して以来、日経コンピュータの編集記者として12年間、CIOを取材。その後、日経ソリューションビジネス副編集長、日経コンピュータ副編集長、日経ビジネス編集記者(電機・IT 担当)、日経情報ストラテジー副編集長、日経 xTECH IT編集長を歴任。2019年4月より現職。
市川 和幸
株式会社日立製作所
サービスブラットフォーム事業本部
loT・クラウドサービス事業部
データマネジメント本部
主管技師
1990年、日立製作所入社。Windows 3.0 OEM開発チームに所属、日立製ハードウエアヘのインストールプログラムを担当し、日立独自機能を開発。その後、グループウエア製品Groupmaxの開発やワークフロー製品Work Coordinatorの全体アーキテクトに携わる。2005年度には主任技師としてGroupmaxのグッドデザイン賞を受賞。現在は、多くの企業のデータ活用やDXを提案・支援している。
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