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Hitachi

Chief Lumada Business Officer 対談シリーズ

新時代のモビリティ――
「Options to Choose」で人に寄り添った移動を提供

2023年4月19日

所属・役職等はすべて、2023年2月取材日時点のものです。

新時代のモビリティ――「Options to Choose」で人に寄り添った移動を提供

環境に優しいグリーンな乗り物として、鉄道への期待は高い。しかし快適さを追求しつつ、効率化やグリーン化を進めていくことは容易ではない。日立製作所(以下、日立)鉄道ビジネスユニット Chief Lumada Business Officerの小岩 博明は、欧州での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による都市封鎖が事業の流れを大きく変えたと語る。Lumada Innovation Hub Senior Principalを務める加治 慶光との対話を通じ、未来の都市交通において日立がめざすモビリティ像を浮き彫りにする。

MaaSを基盤にした日立が描くモビリティのDX・GX戦略

株式会社 日立製作所 鉄道ビジネスユニット本部長、Chief Lumada Business Officer Hitachi Rail STS S.p.A (出向中) 小岩 博明

―モビリティのDX(Digital Transformation)やGX(Green Transformation)は、どのように進めているのでしょうか。

小岩:日本の駅の乗降客数は、世界でも突出して多いので、運用の正確性や業務の効率化に関するDXは、世界のどの地域よりも進んでいると言われています。けれども社会全体のDXの進み方から見ると、遅れている印象です。それは鉄道にとっては安全が最優先だからです。特に車両や設備の保守の面では、技術的には可能でも、リスク回避の観点から慎重にならざるを得ない場面は多いのです。

加治:航空業界と比べてどうですか。

小岩:機器の状態監視や予防保全といった分野では航空業界のほうが一歩進んでいると思います。航空業界も安全が最優先であり、レールがない分、また異なった次元での危険回避が求められますから。ライバル関係ではあるのですが、安全という観点から協力し、知見を交換、共有しながら進めています。

加治:GXの面では、鉄道のほうが有利ですよね。

小岩:はい。輸送量当たりのCO2排出量が自家用車などの交通機関に比べて約20%程度*1 という圧倒的な差があります。私が赴任している欧州では、環境負荷の面から飛行機より鉄道を選択する人も多いです。陸続きの国が多く、時間的にそれほど差がないのも1つの理由ではありますが、「目先の便利さではなく、次世代のことを考えて選択をしよう」という意思を持った方が多いように思いますね。グリーンに対する思い入れは相当強い、と実感します。

加治:GX戦略について教えてください。

小岩:先日のHitachi Social Innovation Forumで発表しましたが、日立ならではのMaaS(Mobility as a Service)*2 の推進が根本にあります。私たちは下支えとしてのMaaSの推進により、社会全体のGXを支えます。その先に、モビリティに関わる全ステークホルダーが協力して取り組む、大きなGXが実現すると考えます。


日立のグリーンモビリティ戦略

*1 出典:
*2
バスや電車など従来の交通機関から、シェアサイクルや自動運転まで、さまざまな移動手段を統合し、予約から決済までを行うことができる次世代の交通サービス

COVID-19後の新たなビジネスの鍵は「Options to Choose」

株式会社 日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal 株式会社シナモン 取締役会長 兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー 加治 慶光

―MaaSの推進という方針に基づいて、イタリアのジェノバやトレントで、ハンズフリーのチケッティングサービスやデジタル交通網などの取り組みが展開されたのですね。

小岩:かなり以前からプロモーションを始めていましたが、グリーン意識の高い欧州においても、やはり主な課題は輸送力増強でしたので、なかなか積極的な賛同を得るのは難しかったのです。転機となったのが、COVID-19による都市封鎖でした。流れがガラッと変わりました。

加治:完全な都市封鎖は、日本では経験しませんでしたね。

小岩:私は2019年10月にジェノバに赴任したのですが、翌年3月には食料の買い出しと受診や治療のため以外、家から一歩も出られない状況に置かれました。救急車のサイレン音が24時間鳴りやまず、身の危険を感じました。5月の初旬になってようやく、公共交通機関を使わない条件で移動が認められ、そこから徐々に封鎖が解除されていきました。

鉄道の運行が再開された当初は、乗車率の上限を設けることとなりましたが、ジェノバの鉄道(地下鉄)はこれに対応できず、困った事業者様から「なんとかできないか」と相談を受けました。ビジネスになるかどうかは分かりませんでしたが、「どうしても役に立ちたい」という強い気持ちから、夢中で取り組みました。

ところがいざ始めてみると、乗客数のカウントにとどまらず、曜日や季節ごとの傾向や乗客がどんな快適さを求めているかを知りたいというニーズが出てきました。COVID-19で失われた乗客数が戻るのには時間がかかりましたので、売上げに見合ったコストになるよう見直すため、需要を把握できるデータが必要になったのです。

加治:ビジネス化のきっかけをつかんだわけですね。

小岩:そのときに考えたのが「Options to Choose」という提供のあり方です。COVID-19の経験を経て、これまで輸送力増強の一辺倒だった事業者様の事情も変わりましたが、一方で乗客の感覚も変わりました。制限されたことで移動の楽しさを再認識し、より安心して、よりスムーズに、より快適にと、一人ひとりの希望が膨らんできました。そのような事業者様や地域の皆様の要求に、いくつもの選択肢をもって応えていくことでビジネスにしたいと思いました。事業者様の目線でいえば、輸送効率向上だけではなくて、利用者を増やす取り組みも支えていく。この2つを両輪でやっていけるのが日立の強みだと考えています。

ハンズフリーシステムの開発からデジタル交通網の構築へ

―需要の傾向を知ることが、どのようにしてハンズフリーシステムの構築につながったのでしょうか。

小岩写真

小岩:需要を「見える化」することは想像以上に難しく、改札機を通る人の流れやコンコースの混雑具合をデータ化することから始めました。残ってしまったのが改札機(以下、ゲート)の問題です。ジェノバの地下鉄ではゲートは設置されているものの使われておらず、紙の切符やアプリで買った乗車券を追跡することができないものでした。ゲートを変えるのではなく、チケッティングシステムそのものを変えようという発想で実現したのがスマートフォンを使ったハンズフリーシステムです。乗客が車両や駅やバス停といったチェックポイントを通過する度にBluetoothで位置情報を取得し、乗客の移動旅程を確認して、後から使った分を課金する仕組みです。

加治:GoGoGe(ゴーゴージェ)というアプリですね。なぜゲートを使わない選択をしたのですか。

小岩:調べてみると、ハンズフリーシステムのほうが初期費用もメンテナンスも、圧倒的に安価でできることが分かったのです。主な初期投資はチェックポイントに小型の発信機(Bluetooth対応ビーコン)を取り付けるだけ。この仕組み自体はすでに開発されていたもので、空港でチェックインカウンターへの誘導などに使われています。今回の場合、乗客が確実にその場所にいることを証明するために近距離通信の必要があり、正確性の向上と品質保証の両面から、技術開発を行いました。

加治:最終的にはバスやケーブルカーなども含めた市内すべての公共交通に適用されて、デジタル交通網が構築されたのですね。

小岩:地下鉄以外の交通機関の需要も同時に把握したい、という要望に応えたものですが、結果的に利用者の利便性が高まりました。さらにこれらのデータをCO2の排出量と組み合わせて、GXに役立てることも考えています。

加治:2022年7月から運用が始まりましたが、利用者の反応はどうでしたか。

小岩:スマートフォンをポケットに入れたままで動ける便利さが好評でした。また、これまで不慣れな土地でチケットの買い方が分からず、公共交通機関を敬遠していた方々にとってもスマートフォンだけで完結できるため、利用の増加が期待できます。

加治:今後が楽しみな成果になりましたね。

小岩:ジェノバでの成果はBBC(英国放送協会)でも報道され、他の都市から見学の人が訪れるようになりました。市長さんから「ジェノバの評価が上がった。困難に直面した経験があったからこそ、ここまで来られた」と感謝され、本当にうれしかったですね。

COVID-19による移動制限は、地元のいいお店や楽しい場所を再発見でき、地域を見直すきっかけになったと言われています。地域の皆様の要望を聞き出して「こんなこともできるんじゃないか」とOptions(選択肢)を探して提供する。そんな協創活動がLumada(ルマーダ)の理念だと思いますし、「Lumada Intelligent Mobility Management」として発展させていきたいです。

都市全体のエコシステムの構築に貢献する

―他の都市への普及に向けた取り組みはいかがでしょうか。

加治写真

小岩:2022年11月末には、ジェノバに続いてトレントで商業展開を開始しました。夏と冬の観光シーズンと、春と秋のオフシーズンとで利用者数の差が極めて大きく、このような都市で私たちの技術を試してみたいと、実はジェノバに先駆けて考えていたのです。

ジェノバでの実証実験が話題になった後、トレントの事業者様から改めてご相談をいただいて、私たちの技術がMaaSの推進に活用できることを実感しました。今、世界のさまざまな都市に向けたプロモーションを考えています。

加治:国内はどうですか。例えば鎌倉は、適度な規模の観光地です。

小岩:いいですね。域内の移動よりも域外からの流入が多く、週末の利用者が極めて多い。このような地域はニーズが大きいと感じます。

加治:コミュニティのあり方を変えるスマートシティのような展開も考えられますか。

小岩:そのようなアプローチでエコシステムを作っていく動きは、国内ではあまりないと思いますので、ぜひ挑戦したいですね。この場合重要なのは、地域経済の活性化です。クレジットカードでは地域にすべてのお金を落とせませんが、地域限定のアプリならばそれができる。地域のファンを増やし、人の流入を増やすことが、地域の活性化やコミュニティの熟成につながります。

加治:内閣官房やデジタル庁をはじめとした省庁が推進しているデジタル田園都市国家構想*3 にもマッチしますね。社会の課題を起点にして、大企業だけでなくスタートアップや自治体、各国中央政府など、多様なステークホルダーと協創し、Lumada Innovation Hubとしての役割を果たしていきたいと、日立は考えています。デジタル田園都市国家構想の先にあるウェルビーイングを見据えて、先の世代にまで残せるものに貢献していきたい。

2022年にはこれを加速させる取り組みとして事業体制が見直され、これまで別々のセクターだった「エネルギー」と「モビリティ」が「グリーンエナジー&モビリティ」として統合されました。極めて画期的な、歴史的意義があるものだと思います。

小岩:そうですね。「メーター」や「チケット」しか見ていなかったそれぞれの事業が、デジタル化により、その先にいる「人」を見るようになりました。今後どうやって人に寄り添った事業を展開するか、一緒に考えたいです。またこの統合に先駆けて、日立はABB社のパワーグリッド部門を買収しましたが、これはグローバルに展開している私たちにとって朗報でした。

加治:M&Aを使ってDXを強化していく手法は、欧州やアメリカで先行して進んでいます。社会イノベーション実現のためには、そのような大胆な手法も積極的に取り入れていく覚悟が必要ですね。

*3
地方の経済・社会に密接に関係するさまざまな分野において、デジタルの力を活用し、社会課題の解決や魅力向上を図る取り組み

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本対談・撮影は、新型コロナウイルス感染対策のうえ実施しました。
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