小型の売り場にサイネージ、センサー機能、生体認証などを組み合わせた、日立の無人コミュニケーション店舗「CO-URIBA(コウリバ)」。株式会社常陽銀行(以下、常陽銀行)と日立は、日立工業専修学校(以下、日専校)*1を舞台に、CO-URIBAを活用した金融・DXリテラシー向上の取り組みを開始しています。日専校の生徒は、顔認証による手ぶらの決済を体験するとともに、サイネージに表示される教育コンテンツを通して金融について学ぶことができる、本取り組み。産学金連携でめざす未来について、関係者の方々にお話を伺いました。
高浦 和誉
常陽銀行 営業企画部 個人営業企画グループ 調査役
2009年4月に常陽銀行入行。
営業店における融資・渉外担当、外部出向(ベトナム駐在など)を経験後、2018年4月より、クレジットカード、デビットカードをはじめとする個人向け商品・サービスの企画・運営業務に従事。
今泉 良
株式会社日立製作所 日立工業専修学校 校長
1987年4月 の入社以降、茨城県内の工場、本社、中国統括会社、日立グループ会社でHR領域全般(採用、人財育成、人財配置、人事評価、労務管理、組織開発、安全衛生など)を担当後、2023年4月より現職。日立工業専修学校の「次の100年」の人財育成を模索中。
西本 友樹
株式会社日立製作所 金融システム営業統括本部 事業企画本部 Lumada事業推進部 担当部長
Lumada(先進的な技術を活用しDXを加速するサービス群)の企画推進を担当。無人コミュニケーション店舗「CO-URIBA」を2022年に企画立案し、現在に至るまで、100社を超える企業とさまざまなユースケースを立案。2024年度の事業化後も、多数の企業とコラボ案件をまい進中。
瀬川 真司
株式会社日立製作所 金融システム営業統括本部 金融営業第一本部 第二部 主任
2013年の入社以降、国内外のメガバンク・ノンバンクのお客さまやベトナムの郵便事業体などに対してのアカウント営業に従事。2022年よりCO-URIBAチームにも参画し、拡販営業として金融機関に限らずさまざまな業種への提案活動に従事しており、CO-URIBAの新たな活用法も模索している。
そもそも今回の産学金連携の取り組みが始まった背景を教えていただけますか。
今泉:
最初は、うちの教頭が、ある研修で日立の方とご一緒する機会があり、そこでCO-URIBAをご紹介いただいたんですよね。
西本:
はい。当初は、単純にCO-URIBAを活用して、日専校さんの寮生の点呼を自動で取れるようにしようと考えていました。
今泉:
うちの寮では、休日の朝、点呼を取る際に、昼食用のパンを配っているのですが、それをCO-URIBAに置き換えられないか、と思ったんですね。
西本:
ところが、申し訳ないことに失敗してしまいまして。実際にやってみると、ふつうに名前を呼んでパンを手渡しするよりも、CO-URIBAを使ったほうが時間がかかってしまうことがわかったんです。 しかし、僕らとしては、あきらめたくなかった。ぜひ日専校のみなさんにCO-URIBAを体験してもらいたいという強い想いがあったからです。そんなときに、常陽銀行さんにご興味をお持ちいただいて、プロジェクトの形が変わっていったんですよね。
瀬川:
そうです。初めて常陽銀行さんにCO-URIBAをご紹介した2023年の夏の時点では、「素晴らしい無人店舗ができたので、常陽銀行さんのオフィスにも1台いかがですか?」とご提案しただけでした。 その後、日専校さんで点呼の実証実験が始まりました。常陽銀行さんは以前から高校生など、地域の方に向けた金融リテラシー教育に取り組んでおられたので、せっかくの日専校さんとのつながりを生かし、「地域創生や若年層との接点の獲得といった観点から、産学金連携で何かご一緒できませんか?」と、改めてご相談させていただいたんです。
高浦:
日立さんからは「日専校さんで無人点呼に使っているCO-URIBAを機能アップし、一緒に無人店舗での顔認証決済を実現しよう」と聞いていたのですが、まさかその時点で点呼で失敗していたとは知らなかったなぁ(笑)
西本:
ほんとうにありがたいことに、高浦さんも今泉さんも、とても前向きに検討してくださったので、みんなで試行錯誤しながら今の形にしていくことができました。
高浦さんと今泉さんは、今回の取り組みについて、どのような期待をお持ちだったのでしょうか。
高浦:
地域の学校で最先端の技術を使ったおもしろい取り組みをされていると聞いて、シンプルに「楽しそうだ」と思ったのが一番です。金融リテラシー教育のコンテンツをご提供できれば地域のためにもなりますしね。それに我々はCO-URIBAを使うために必要な口座やデビットカードをご提供することもできます。 さらに言えば、高校生のような若年層に向けて、どのように我々のサービスを見せていけばいいだろうかと悩んでいたところでもありましたので、プロジェクトに参画すること自体に一切の迷いはありませんでした。
今泉:
うちは常陽銀行さんから金融リテラシー教育を受けられる、というのが大きな魅力でした。日専校の生徒は卒業したら全員が日立グループに就職しますので、すぐに社会人として生計を立てていかなければなりません。だからこそ、なるべく早めに金融リテラシー教育を受けさせたいと思っていました。 同時に、キャッシュレスや顔認証といった最先端の技術に触れることができる。うちの生徒は溶接や旋盤、電子機器の組み立てといったモノづくりを学んでいますが、これからの製造業にDXは不可欠です。そうしたDXリテラシー教育の観点からも、今回の取り組みは生徒にとって大きなプラスになると考えました。
若年層向けの金融リテラシー教育の重要性について、改めて考えをお聞かせください。
今泉:
今の時代、インターネットやSNSの普及によって金融トラブルに巻き込まれる可能性が非常に高い。メールを使った詐欺まがいのものも生徒の日常に入り込んできており、真偽を見極める目を養う必要があると思っています。 また、今はキャッシュレス化が進んでおり、モノを購入する際に、必ずしも現金だけを利用するわけでもありません。危ないからといって触れさせないようにするのではなく、きちんと対応できる力を身につけることが大切だと考えています。
高浦:
加えて、2022年4月に民法が改正されて、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたのも大きい。成人年齢が18歳に引き下げられたということは、18歳や19歳でも法的に独立した意思決定が行えるようになるということであり、親が未成年者に対して持っている取消権も適用されなくなります。 これらの背景もあり、常陽銀行としては、特に高校生に対する金融教育に力を入れています。今年7月には、金融教育を通じて、将来の地域経済を担う青少年の育成に取り組んでいくため、茨城県教育委員会と県内5金融機関が包括連携協定を締結しました。高校生の皆さんが少しでも金融リテラシーを高めて、将来、お金に困らず、むしろお金によって幸せになってほしいと願っています。
今回の取り組みを始めるにあたり、保護者の方々はどのような反応でしたか。
今泉:
私から保護者のみなさんに対し、①CO-URIBAの導入は全国の高校に先駆けた注目度の高い取り組みであること、②日立グループの最先端の技術に触れられる良い機会であること、③常陽銀行さんから金融リテラシー教育を受ける機会が得られること、④デビットカードはクレジットカードとは異なり、預金口座にある金額の範囲でしか利用できないため安心であること、という4点をご説明したところ、ネガティブな反応は一切ありませんでした。むしろ、「ぜひ進めてください」と激励のお言葉をいただけましたよ。
西本:
すごいですよね。こういう新しい取り組みを始めようとすると、反対する人や抵抗を示す人が出てくるケースが多いですよね。それなのに、学校を挙げてみなさんが賛同してくださっていると伺って、正直、驚きを隠せませんでした。今回の取り組みを大きく前に進められたのは、今泉さんの熱弁のおかげだと感謝しています。
まだ実際の運用は始まったばかりだそうですが、生徒のみなさんはどんなふうにCO-URIBAを活用されていますか。
今泉:
生徒が商品を購入するシーンはふつうに見られますが、私がいいなと思っているのは「ありがとうクーポン」の機能です。たとえば、先日、文科省が主催する技能競技大会に、4名の生徒が出場して、全員が入賞するという目覚ましい成果を上げました。そこで「がんばったね」とメッセージを添えて、CO-URIBAでちょっとした買い物ができるありがとうクーポンをサプライズでプレゼントしたんです。すると、生徒たちはとっても感激してくれましてね。これからも教師と生徒間だけでなく、生徒同士でも、CO-URIBAを通じてちょっとした日頃の感謝や労いの気持ちを伝え合うような、コミュニケーションの活性化につながっていけばいいなと思っています。
西本:
コミュニケーションが大事なのは、学校だけでなく企業も同じですよね。令和6年版「厚生労働白書」によると、うつ病などの精神疾患を有する外来患者数は、20年前に比べて3倍に増えている。その最も大きな要因は、コミュニケーションの欠如だと言われています。この課題を放置していると、生産性が下がり、クリエイティビティが欠如し、ひいては国力の低下にもつながりかねません。 今、日立の社内で約5,000人がCO-URIBAを利用していて、去年1年間でありがとうクーポンが2万枚使われました。「ありがとう」と感謝することは幸福度の向上にもつながります*2。CO-URIBAが学校や企業にどんどん広がって、日本中にありがとうの数が増えていけば、日本全体がもっと元気になっていくのではないかと期待しています。
高浦:
我々としては、CO-URIBAのアンケート機能も活用していきたいですね。たとえば、「利用経験のあるキャッシュレス決済の種類はどれですか?」といったアンケートを取って、その回答を次のサービス開発に生かしていけたら、と。直接、若年層の声を聞ける機会はとても貴重ですから。
最後に、今後の展望をお聞かせください。
瀬川:
今回の取り組みを通じて、CO-URIBAが単なる無人店舗ではなく、新しい憩いの場やコミュニケーションが生まれる場として役割を果たせることを示せたと思います。この実績をもとに、これからもCO-URIBAをいろいろなお客さまに提案しながら、今はまだ想像もつかないような新しい取り組みを、関係者のみなさんと一緒につくっていきたい。そしていつか、街中のどこにでもCO-URIBAがある世界にできれば、こんなに嬉しいことはないですね。
今泉:
そうですね。CO-URIBAに限らず、これからも日立のみなさんにご協力いただきながら、生徒が最先端の技術に触れられる機会を増やしていけたらと思っています。
高浦:
今回の取り組みは多くのマスコミの皆さまに取り上げてもらえたので、ご興味を持っていただけた学校や企業も少なくないと思います。日立さんには、ぜひCO-URIBAを茨城県内の学校や企業に置いていただきたい。そうすれば、CO-URIBAを使っていないと生活が不便に感じるくらい、身近で当たり前なものになっていくと思うんですよ。 CO-URIBAを使うために若いうちに常陽銀行で口座をつくって、大人になったら給与を受け取って、クレジットカードをつくって、住宅ローンも組んで、お金が貯まったら運用して、老年期になれば年金を受け取って――。CO-URIBAをハブとして、生涯にわたって地域のみなさんと接点を持ち続けられたらいいですね。
西本:
最高ですね。まさに僕らがめざすのは、CO-URIBAを通じて、学校、企業、病院、役所など、生活のあらゆるシーンで、いつでも・どこでも・誰とでもコミュニケーションが取れるハブになることなので、その世界の実現に向けてまい進していきます。
<CO-URIBAの運営を担当する生徒さんの声>
3年生 丸山夏槻さん
先生からCO-URIBAのありがとうクーポンをいただいたときは、とてもうれしかったです。先生方とお菓子でつながれるのは非常に魅力的ですね。また、一般的な自動販売機と比べると、CO-URIBAは手ぶらで買い物できるところが、とても便利だと感じています。
3年生 草野環太さん
以前は、学校から徒歩15分のコンビニまで行かないとお菓子を買えなかったのですが、CO-URIBAが導入されてからは、手軽にお菓子を買えるようになりました。うれしい反面、つい購入する頻度が上がってしまい、お金が足りなくなってしまったことも。きっとこうした経験が金融リテラシーの向上につながり、社会に出たときに役立つだろうと思っています。
3年生 栗林佳奈さん
今はキャッシュレス決済が普及していますが、スマートフォンや物理的なカードが手元にないと利用できませんよね。CO-URIBAのように顔認証で利用できるものはなかなか出会えないので、最先端の技術を体験できる貴重な機会だなと思いました。それに、ありがとうクーポンは一緒にメッセージを送れるので、受け取ったときにうれしさが倍増するんですよね。今度は友だちの誕生日にも送ってみたいと思っています。