本シリーズ第3回となる今回は、エネルギー・環境システムの分析・評価、地球温暖化対応戦略の政策提言などをご専門に活動をされている、地球環境産業技術研究機構(RITE)システム研究グループリーダー・主席研究員の秋元圭吾さんにお話を伺いました。秋元さんは現在、気候変動やエネルギー問題などに関し、政府の有識者会議や委員会などで活躍され、エネルギー・環境分野の研究や提言に幅広く取り組まれています。カーボンニュートラル(CN)を実現するために、国でどのような政策が進められているのか、また、どのようなエネルギーイノベーションが必要とされているのか、お聞きしました。
前編では、エネルギーイノベーション促進の背景となる、現在の日本のエネルギー需給の課題と、国が進めている政策を中心に伺いました。
山田:本日はまさにこの後、雪の予報が出ていますが、今冬も比較的気温の低い日が多く、昨年に引き続き、電力の需給逼迫が心配されています。また、電気料金の高騰も私たちの暮らしを圧迫しつつあります。こうした状況をどのようにご覧になっていますか?
秋元:要因は複数あり、それらが複雑に絡み合っている状況だと思っています。その一つは、日本がこれまで20年以上かけて進めてきた電力自由化にあります。当然のことながら自由化は、さまざまなプレーヤーの参画や競争を促すという意味で大きなメリットをもたらしました。一方で、自由化に伴い電力需給に市場メカニズムが導入されたことから、本来なら長期的な視点で取り組むべき設備投資に資金が回らなくなってきた。つまり、市場というのは、短期的な損得で動くため、電力が足りなくなったからといって、すぐに供給を増やすといったことには結びつかないわけですね。特に原子力のような大きな電源の場合は、投資回収までに長い年月がかかります。本来、電力需給のあるべき最適な姿を実現するためには長期的な視点が必要なのです。しかし、それが市場メカニズムのなかではうまく機能してこなかったことが根本原因の一つとして挙げられます。
山田:自由化により、電力供給が市場に組み込まれたことで、長期的な目線に立った最適な投資ができなくなっているわけですね。また、こうした制度の問題に加えて、日本の経済成長が止まっていることも投資が伸びない要因の一つと言えます 。
秋元:さらに脱炭素化に向けて、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)が導入されたことも、状況をより複雑にしています。カーボンニュートラル(CN)の実現に向けて再エネを増やすことは大変重要なことですが、限界費用ゼロ電源である再エネを優先的に使うルールが設けられた結果、既存の火力発電などの電源が退出を迫られることになってしまった。設備利用率が下がれば、当然、投資が経済合理性を持ち得なくなります。ならびに、再エネの供給は不安定ですから、機動力のある火力発電が減ると、想定を超えるような事態が起こったときに対応ができないわけですね。つまり、現在の電力の需給逼迫というのは、ある意味、時代の大きな流れのなかで必然的に起こってきた問題とも言えるのです。
秋元:もう一つ、ここへきて液化天然ガス(LNG)の確保が難しくなっています。特に、2021年の冬は寒かったことからLNGの需要が伸び、世界中の国がLNGを買い漁ることで供給量が足りなくなりました。先の投資の話は、キロワット(kW)、すなわち将来の電力供給力(発電能力)の確保ができないという話でしたが、今度はキロワットアワー(kWh)、つまりいま必要とされる電力量も足りなくなる。さらにウクライナ情勢により、恒常的にLNGが不足して、確保するために価格の高いLNGを買い続けることになる。我々は、今後もしばらくLNGの逼迫と、それに伴うkWhの不足、そして電力価格の高騰というリスクを負うことになるだろうと思います。
山田:冬場は、特に夕方以降に電力消費量がピークを迎えますが、変動電源、特に夕方以降に発電量が減少する太陽光発電の比率が高くなると、どうしても需給のミスマッチが起きてしまいます。電力消費量がピークとなる冬の夕方以降の時間帯の電力需給をうまくマネジメントすることが、非常に大きな課題だと感じています。現状はLNG火力などに頼らざるを得ません。
秋元:おっしゃる通りですね。LNGに関しては、ドイツや中国など、経済大国が買い占めてしまい、他の途上国が買えない事態も起きています。公平・公正な立場で、世界全体でのエネルギーの安定供給をどうするのか、国際社会の中での日本の役割と責任についても考えていかなければならないと思っています。
山田:秋元さんは国の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員のお一人として、日本のエネルギー政策について議論をされていますが、その中でエネルギーの安定供給に関して、どのような議論がされているのでしょうか。
秋元:まさに冒頭に申し上げた課題を背景に、構造的な電力供給力不足への対策が検討されています。その一つの施策として、2020年に容量市場*1が導入されました。ただし、この枠組みで取引されるのは「4年後の電力供給力」であり、供給が始まるのは2024年度以降です。それまでどう凌ぐのかが、喫緊の課題です。
また、たとえ4年後に供給を開始したとしても、やはり市場メカニズムに頼る以上、翌年には暴落する可能性がある。実際にオークションが始まってから大きく価格が変動していて、原子力のような長期的な運用が前提の電源には不向きな制度となっています。もともと大規模電源の場合、4年間では建設できませんし、この制度では十分にフォローできないわけですね。
そこで検討されてきたのが、「長期脱炭素電源オークション」制度で、2023年度から公募が始まります。原則、20年間分の電力の買い取りを約束し、運用開始までの期間に猶予を持たせることで、長期電源への投資を促そうという目論見です。なお、私自身、分科会で強く主張したのですが、この市場には原子力のほか、火力発電、水素発電、アンモニア発電、CCS/CCUS*2など、多種多様な電源が含まれています。これにより、競争を通じて費用対効果が高く、脱炭素に資する電源を伸ばしていく狙いがあります。
もっとも、トランジションも必要で、一気に脱炭素化を進めるのは難しいため、移行段階においては、水素とアンモニアの混焼やLNGコンバインドサイクルといった過渡的な発電についても、将来への道筋を示すことを条件に入札を認めています。
山田:新制度には期待していますが、原子力発電に関して必要な投資を促すという観点では、少し物足りない印象があります。再稼働、新増設・リプレース、運転期間延長といった政府の原子力発電に対する一連の動きはあるにせよ、今後、はたして原子力発電が競争市場のなかでやっていけるのかどうか。原子力がCN実現に欠かせない電源であると考えるなら、政策面でのさらなる支援に期待したいところです。
秋元:おっしゃるように、これらの制度だけで十分とは言い切れませんし、まだまだ予断を許さない状況にあります。ただ、こうした取り組みが投資リターンの予見性を高めることにつながるだろうと思っています。私自身は、この仕組みがうまく回れば、電源の継続的な新陳代謝を促すことができ、エネルギーの安定供給だけでなく、脱炭素にも資するのではないかと期待しているところです。
山田:ふたたび世界に目を転じて、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)に出席されたご感想についてお聞かせください。
秋元:今回はCOP26からの宿題で、排出削減目標の深掘りがテーマとなっていたのですが、これについては残念ながらほぼ進展は見られませんでした。日本も2030年に−46%(2013年比)と相当に厳しい削減目標を立てていますし、ウクライナ情勢の影響もあって、中国などの大国も途上国も目標を深掘りする余地がなかったというのが実情です。
一方、大きな論点となったのが、「ロス&ダメージ」の議論です。これは、途上国が、気候変動によって発生した災害で被った損失と損害への補償を、温室効果ガスを大量に排出してきた先進国に求めるというフレームワークです。しかし、先進国の排出量が減るなかで、中国やインド、ロシアの排出量が大きくなっていることもあり、議論は難航しました。結局、妥協案として、基金をつくることで合意したことがCOP27の最大の成果となりました。
ただし、合意はしたものの、実行力を伴うものになるかどうかは疑わしい。アメリカ政府はおそらく、現在の議会の情勢からして、基金にお金を出すことはないと思います。パリ協定以降、各国の主張はそれぞれ違うものの、全世界で気候変動問題を解決しようという一つの流れに向かっていたのですが、ここへきてウクライナ情勢や米中対立に見られるように世界はふたたび分断へ向かいつつあります。現実的な問題解決がますます難しい状況になってきているのです。
そこで、国際協調でのCN実現が難しいいまだからこそ、やはりより安価なエネルギー供給技術を開発し、経済合理性を追求しながら脱炭素に向かっていくことがきわめて重要だと思っています。
山田:非常に納得のいくお話です。現状ではまだ、CNの実現というのは温室効果ガスを減らすためのコストと捉えがちです。確かに短期的な目線で見るとコストであり、どうしても二の足を踏むところはある。ところが、2030年、2050年という目線で見れば、むしろCNの実現は新しい技術やビジネスを生み出すチャンスであり、成長戦略の一つと言えるわけですね。そして、CNの実現を成長戦略と捉えるなら、経済合理性の追求は不可欠です。私は、ここに大きく寄与するのがデジタル技術だと思っているのです。
秋元:デジタルの活用は大変重要ですね。今後は特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)をGX(グリーントランスフォーメーション)にうまく結びつけて、エネルギー需給のマネジメントをしたり、電力データをうまく活用したりして新しい価値に結びつけていくことが、日本の成長のためにもきわめて重要なテーマになってくると思います。
(後編はこちら)
秋元 圭吾
1999年 横浜国立大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
同年 財団法人 地球環境産業技術研究機構 入所、研究員。主任研究員を経て、
2007年、同 システム研究グループリーダー・副主席研究員、
2012年11月、同 グループリーダー・主席研究員、現在に至る。
2006年 国際応用システム分析研究所(IIASA)客員研究員。
2010〜2014年度 東京大学大学院総合文化研究科客員教授、
2022年〜 科学技術創成研究院 特任教授。IPCC第5次および第6次評価報告書代表執筆者。
総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会委員、同 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会委員、調達価格等算定委員会委員など、政府の各種委員会委員も務めている。
エネルギー・環境を対象とするシステム工学が専門。
山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。