カーボンニュートラル社会の実現に向け、さまざまな取り組みが行われていますが、その実現には多くの課題が山積しており、さまざまなイノベーションが不可欠です。「キーパーソンに聞く」シリーズでは、日立製作所でエネルギー分野での政策提言、新事業創成に従事する山田竜也が、カーボンニュートラル社会の構築に向けてクリアすべき課題について、現状をどう捉え、解決に向けた動きをどのように進めているのか、専門家や現場のプレーヤーにお話を伺っていきます。
2022年8月24日に開催された第2回GX実行会議で岸田首相は、原子力発電所の新増設は想定しないという現在の方針を転換して、次世代原発の建設検討を指示すると同時に、来夏以降7基の原発再稼働を発表しました。その背景には、本対談の前編で竹内さんが指摘していたように、日本が2050年カーボンニュートラルを進めるために、中長期での電力の確保が不可欠であるという判断があります。後編では、日本の置かれた状況から原発の重要性と、GX推進におけるエネルギー事業者、スタートアップのそれぞれの役割について伺いました。
(前編はこちら)
山田:前編では、竹内さんに、日本のエネルギー環境の厳しい状況についてお聞きしました。そうしたなか、現在のエネルギー危機を受けて、政府も、原子力発電の再稼働へと動き出しました。世論調査でも7割が再稼働に賛成しているという結果が出ています(2022年8月:日本経済新聞社調べ)。
過去に目を向ければ、日本の高度経済成長の電力需要の伸びを、安定的に支えてきたのは原子力発電です。再生可能エネルギーは、クリーンという意味で高い価値がありますが、電力系統に与える負担や調整に、いまだ大きな課題を残しています。実際にわれわれは、東日本大震災以前は、原子力発電から多大な恩恵を受けてきました。カーボンニュートラルに向け、原子力発電の価値を再評価して活用していく必要があると思うのですが、竹内さんはどのようにお考えでしょうか。
竹内:日本で原子力基本法が成立したのは1955年のことです。2度の原爆投下による凄惨な経験を経て、わずか10年後に原子力発電の利用に腹をくくったのは、原子力が生み出す低廉豊富(安価で莫大)なエネルギーへの渇望があったからです。太平洋戦争に打って出ざるを得なかったのも、石油の調達を断たれたからで、日本が生きていくためにはエネルギーの確保が必須だという覚悟があったのだと思います。それは他国でも同じことで、フランスも原子力量導入を進める初期に、国の命運を、油田を持つ中東諸国に委ねるのではなく、自国の科学者たちに委ねよう、という国民の意志があったからです。
経済成長の停滞や、欧米諸国での電力自由化によって原子力は一時期停滞しましたが、温暖化に対する政策によって原子力発電の必要性が再認識されました。私は、東日本大震災当時、東京電力に在籍していたのですが、当時は民主党政権の下、地球温暖化政策の一環として、原子力発電所を増設せよというのが国の計画でした。2010年の時点において、10年で9基、20年で14基の新設という目標が掲げられていたのですが、実際に事業を担う電力会社の中からは非現実的な計画に批判が強く出ていました。ご承知のように、原子力発電所の建設というのは、地域の方たちにご理解いただくまでに大変長い歳月がかかるからです。実際に、青森県の東通原子力発電所は、誘致決議を得てから着工まで45年もの歳月を要しました。
ただ、首相が国連で宣言した温暖化目標と辻褄は合わせなければなりません。日本の原子力技術によって海外で建設した場合、どの程度のCO2が削減できて、その半分でも日本に持ってくるにはどのようなスキームが必要かという、「二国間クレジット制度*1」に関するレポート作成が震災当時の私の仕事でした。
そうやって進めてきた原子力発電所を、福島の事故を機に一気に止めたわけです。もちろん、あれだけの大事故を起こしたわけですから、猛省しなければならないし、政策の見直しは当然行われるべきです。しかし、原子力発電は、日本が世界の中で生き残っていくためには必要なものだったから導入してきたわけです。原子力はしんどいんです。政策関係者も、事業者も、立地地域の方たちもみんなしんどい。でも必要だからやってきた。脱原発するということは、原子力発電を使うことによるリスクは避けることができますが、逆に、原子力発電を使わないリスクは抱えるわけです。そうしたリスクを十分伝えないで議論しているのではないか、それを誰かが伝えなくてはならないと思い、大変無鉄砲ではありましたが、独立の研究者になりました。
山田:日立東大ラボによるシミュレーションでも明らかにしたように、2050年のカーボンニュートラルの実現には原子力発電が必須であり、現状でも足りないくらいです。原子力発電所を止めたままでは、若いエンジニアが育たないという技術継承の面での懸念もあります。
【RITE の報告書を参考とした日本における電源構成:2015 年と2050 年】
出典:日立東大ラボ:「Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて」(第4版)2022年3月24日
竹内:技術の継承と人財確保という意味でも、いまがギリギリのタイミングであり、再稼働に向けていま一度、原子力と向き合わなければならないと思っています。
竹内:もっとも、いま、エネルギー供給側の投資判断がしづらくなっています。特に自由化された市場では原子力の投資プロジェクトを成立させることは、資金調達コストの問題から無理です。エネルギー供給側の投資判断がしづらい理由として、電力需要の見通しの不透明性があります。電力需要は、経済成長と人口に比例します。このままの電化率であれば、2050年には電力需要は2割減となるでしょう。ところが、温暖化対策として需要の電化が進むと、自動車も給湯器も電気で動くようになり、電力需要は増えます。温暖化対策の強度によりますが、RITE(公益財団法人地球環境産業技術研究機構)の試算では最大1.5倍の増加です。政策の強度によって需要がいまの0.8になるか、1.5になるか。倍半分の開きがあるのです。
再生可能エネルギーは国土利用のあり方に関わります。太陽光に適した土地も限られ、洋上風力に期待が集まるものの、風況(風の状況。風向や風速の様子)は欧州より恵まれていません。海底の地形もあって、コスト低減は相当難しいでしょう。脱炭素の実現に原子力発電は不可欠であり、脱炭素と脱原発の二兎は追えないことは明らかです。
山田:おっしゃるように、日本のとるべき道は限られていますね。 残るは、デジタルとエネルギー産業の組み合わせくらいでしょうか。日本にとって勝ち筋となり得るビジネスをめざすという意味では、ほぼ全世帯に入っているスマートメーターを活用して、エネルギーマネジメントをしっかりやって、広域的ネットワークインフラを構築していく必要があると思っています。その活用により、たとえば節電プログラムやデマンドレスポンス など、さまざまなサービスが展開できると考えています。
【2050 年のFuture Vision】
出典:Hitachi Social Innovation Forum 2021 JAPAN エキスパートセッション
カーボンニュートラルに向けたエネルギーシステムと日立の考えるサステナブルな未来
竹内:それは重要なご指摘で、それらを発電の脱炭素化につなげるためには、蓄電池や水素の活用が不可欠です。そのための勝機を握るのは、コストと使い勝手の良さに尽きます。
また、制度面では、炭素税やカーボンプライシングを導入していくべきでしょう。外部不経済に対して価格をつけるわけですね。ただしその場合は、再生可能エネルギーのFIT(固定価格買取制度)を含め、既存の税制や制度を見直したうえで、大型炭素税を導入すべきだと思っています。
山田:前編で、GXの成否は付加価値の創生にあり、スタートアップなど新しいプレイヤーが不可欠であるとおっしゃっていました。
竹内:これまで長年にわたりエネルギー産業を支えてきたエネルギー事業者や日立のような総合電機メーカーと、ベンチャーやスタートアップと、それぞれ役割分担をすべきだと思っています。というのも、エネルギー分野というのは、10万回に1回のミスも許されない世界だからです。一方、スタートアップの特長は機動力にあり、トライ&エラーで精度を高めることにより、製品・サービスの開発のスピードアップを図っています。従って、スタートアップがエネルギー産業に参入するのは非常にハードルが高いんですね。実際に、エネルギー関係のスタートアップの上場は、2〜3年に一度くらいしかありません。
しかし、GXを「国民の幸福度を上げる大変革」にするためには、付加価値の創出は必須であり、やはり、新しいプレイヤーの参画が欠かせません。そうすることで新しい産業自体を生み出すことができると考えています。
私は研究者としての政策提言の仕事と同時に、Utility3.0の世界を実現するために、U3イノベーションズ合同会社を創設しました。このU3イノベーションズで、現在、株式会社LIFULL(ライフル)と合同で、完全オフグリッドの住環境の実現に向けた生活実証を行う施設「オフグリッド・リビングラボ八ヶ岳」を山梨県北杜市に開設し、2022年3月から実証実験を開始しています。気候変動の解決や、地方の人口減少に伴うインフラの代替手段を提供したいと考えています。具体的 には、八ヶ岳の麓にインスタントハウスを建て、飲み水以外の完全水循環設備と、太陽光発電、バッテリーなどを活用して、オフグリット生活の課題を抽出しているところです。実は要素技術はすでにあるんです。生活を支えるという観点からすべての技術をパッケージにして、オペレーションを磨き込む。そのことで、使い勝手もコストも既存のインフラと遜色のないものに仕上げる、というところが非常に難しいんですね。
オフグリッド・リビングラボ八ヶ岳(山梨県北杜市)
山田:それはベンチャーならではの先進的な試みですね。
竹内:そうですね。エネルギー事業者さんとしては、やはりインフラ市場への参入を考えると思います。ただ、叩きこんでいる途中の技術で、インフラ市場に参入するのは無理です。手前で技術を磨き込む市場を見つけ出す必要があり、われわれは、まずはグランピング*2市場から参入し、別荘や災害対応の市場などに展開して、分散型のエネルギーに資する製品・サービスとして育てていきたいと考えています。
山田:エネルギー事業者を含め、大企業はリスクマネジメントをしすぎて、新しいことに素早くチャレンジしていくところは不得手ですからね。
竹内:ライフルさんとの初めての打ち合わせから、八ヶ岳の実証サイトオープンまで、わずか3〜4カ月ですからね(笑)。このスピード感は負けません。
もっとも、大規模集中電源はやはりエネルギー事業者が担うべきであり、われわれは分散型のエネルギー資源の可能性を広げていく。まさに役割分担です。そのなかで、日立さんにお願いしたいのは、自前主義を脱して、スタートアップなどと協業していただきたいということ。興味があれば、一丁噛みでいいから、乗っていただきたい、ということなんです。これまで培ってこられた確かな技術や信用を、大規模集中型のエネルギーだけでなく、分散型の発展のためにもぜひとも役立ててください。
そして最後に、世界に貢献する原子力発電メーカーとして技術を継承しながら、GXを支えていただきたいと思っています。
山田:肝に銘じます。本日は、政策の話から次世代の分散エネルギーの可能性まで、幅広いお話をいただき、いろいろな気づきを得ることができました。長時間にわたり、ありがとうございました。
竹内 純子
国際環境経済研究所理事/東北大学特任教授(客員)/U3イノベーションズ合同会社共同代表
東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)取得。
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力株式会社で主に環境部門に従事した後、独立。
複数のシンクタンクの研究員や、内閣府規制改革推進会議やGX実行会議など、多数の政府委員を務める。気候変動に関する国連交渉(COP)にも長く参加し、環境・エネルギー政策を俯瞰的に捉え、現実感・現場感のある政策提言を続けている。2018年10月伊藤剛氏とともに、U3innovations合同会社を創業。スタートアップと協業し、新たな社会システムとしての「Utility3.0」を実現することをめざし、政策提言とビジネス両面から取り組む。
主な著書に「誤解だらけの電力問題」(WEDGE出版)、「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」(日本経済新聞出版社)、「エネルギー産業 2030への戦略 Utility3.0の実装」(同左)など。
山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。