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「キーパーソンに聞く」 グリーン成長への道筋 ― 日本が採るべき戦略とは 第2回対談 (前編)

カーボンニュートラル社会の実現に向け、さまざまな取り組みが行われていますが、その実現には多くの課題が山積しており、さまざまなイノベーションが不可欠です。「キーパーソンに聞く」シリーズでは、日立製作所でエネルギー分野での政策提言、新事業創成に従事する山田竜也が、カーボンニュートラル社会の構築に向けてクリアすべき課題について、現状をどう捉え、解決に向けた動きをどのように進めているのか、専門家や現場のプレーヤーにお話を伺っていきます。

本シリーズ第2回目となる今回は、エネルギー、地球温暖化対策の専門家として、U3イノベーションズLLC共同代表や国際環境経済研究所理事を務められている竹内純子さんをお招きしました。
竹内さんは、政府が推進するグリーンイノベーション戦略推進会議やGX実行会議など、カーボンニュートラルに関連した数々の有識者会議、委員会などでご活躍され、同分野における研究、提言に幅広く取り組まれています。いかにしてグリーン成長を促していくのか、その実現のための戦略や、これからのエネルギー事業者、エネルギー産業のあり方などについて、山田が竹内さんにお話を伺いました。

前編では、2022年7月に初会合が開催されたGX実行会議の話を中心に、エネルギーの安定供給、安全保障、さらにはコスト面で岐路に立つ日本のエネルギー政策についてお話を伺いました。

エネルギー政策は数十年先を見据える必要がある

山田:現在、ウクライナ情勢の影響による原油価格の高騰や脱ロシアの動きを踏まえて、エネルギーの安定供給が喫緊の課題となっています。今後、日本はどのような取り組みをしていくべきでしょうか。

竹内:ちょうど先日(2022年7月27日)、官邸で第1回GX実行会議*1が開催され、私も委員会のメンバーの一人として参加してまいりました。GX(グリーン・トランスフォーメーション)を進めるためにも、まずはエネルギーの安定供給・安全保障といった足元を立て直すことが非常に重要だと申し上げたところです。電力需要の見通しの不透明性や気候変動、電力自由化等によって、エネルギー供給事業の投資判断がしづらくなっています。自由化と再生可能エネルギー拡大政策を同時に進めたので、火力発電の休廃止が急速に進んだことや原子力発電の長期停止などの問題を放置してきたことが、現在、顕在化しているわけですが、これまではリスク管理への備えが甘かったと言わざるを得ません。

出典:『2022年7月:内閣官房 GX実行会議(第1回)資料 資料3 GX実行会議における議論の論点
(萩生田GX実行推進担当大臣提出資料) 』

ここ十数年、日本だけでなく多くの先進国が、西側諸国の政治体制の安定的な継続を前提に、エネルギー政策において環境に過度に軸足を置きすぎたと言えます。環境はきわめて重要ですが、安定供給、安全保障、さらには経済性に対する目配りを怠ってきたことは、大きな反省点です。GXやカーボンニュートラルに向けた政策そのものが、持続可能ではなくなっていたんですね。

ただし、GXというのは産業革命以上の大変革であり、移行期間は一般の方が思っているよりとても長い期間、つまり数十年単位での取り組みが必要です。そのことを念頭に置かなければなりません。

山田:おっしゃるように、我々メーカーの考える時間軸は年度単位や、中期経営計画の3年程度というケースが多いと思いますが、電力会社などのエネルギー事業者では、設備投資を10年という時間軸で検討しているので、10年単位で考える必要がありますね。

竹内:そう、しかもインフラの転換という観点では10年は遠い未来ではまったくなく、むしろ「明日」です。

山田:2030年までに温室効果ガスを2013年度比で46%削減するという、「NDC(Nationally Determined Contribution=国が決定する貢献)」や2050年にカーボンニュートラルを実現するという宣言がされたわけですが、電力会社のようなエネルギー事業者からすれば、現段階でその道筋が見えていなければ実現は厳しいと言わざるを得ません。

竹内:2030年の電源はすでにいま使われているか、あるいはいま建設中かというもの。電気はエネルギー全体の3割程度ですし、需要側の取り組みもありますが、NDCがめざすのは、CO2のほぼ半減という、見たこともない景色です。

*1
GX実行会議
産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体を変革、すなわちGX(グリーントランスフォーメーション)を実行するための施策を検討するための会議。議長は内閣総理大臣。

GX実行会議の役割とめざす姿とは

竹内:先の会議に「GX=グリーントランスフォーメーション」と冠したことは、評価すべきことだと思っています。カーボンニュートラルや脱炭素は「CO2を減らす」ことが目的です。CO2が減ったからと言って、直接的に人々が幸せを感じられるわけではありません。確かに、外部不経済*2を無視して、排出した者勝ちという不公平な状況は変えなければなりません。しかし、持続可能な社会への移行を進めるには、付加価値を生み出すということが必要だと思っています。

私はGXの本旨は、付加価値の創出にあると考えています。DXが単にデジタルツールを使うことではなく、ITで効率化を図り、より生産的に仕事をして、また仕事を変革して、結果的に余った時間で家族と楽しい時間を過ごすなど、人類の幸せをめざすものであるように、GXの目的もまた、人々が幸せに暮らす持続可能な社会をつくることにあるはずです。GX実行会議でも、付加価値の創出を中心に据えるべきだと申し上げました。

その実現のために議論すべきことの第一は、まずはいま、足元で液状化現象を起こしているエネルギーの立て直しです。

カーボンニュートラルを推進する力は3つあると思っています。
第一に、規制の力。強制力を伴う規制は効果は大きい。たとえば、奇数日には奇数ナンバーの車しか走ってはいけないという規制を設ければ、CO2削減には大きく寄与しますが、不便になり、生産性も落ちるでしょう。誤った規制は資源の効率的な配分に逆行することもあります。諸刃の剣なので気をつけて使わなければなりません。

第二は、資本の力です。資金は社会の血液であり、ESG投資や、石炭火力からの資金の引き上げといったダイベストメントに代表されるように、社会変革に大きな役割を果たします。一方で、代替技術が無い中で資金の力で社会を変えようとすると歪みが生じます。たとえば火力発電に代わる代替技術が無いにもかかわらず、単に資金だけを引き上げれば、電気を生み出す手段を失うだけです。電気が無ければ生活できないということだとすると、火力発電への投資がリスクマネー化して、単に消費者のコストがアップするだけにもなりかねません。代替技術があってこそ、資金の提供の仕方が生きてくるわけですね。

そこで、私が議論の大本命だと思っているのが、第三の、製品・サービスの力なのです。技術の力と言っても良いのですが、技術という言葉を使うと、日本ではすぐ「技術開発」がイメージされてしまうので、製品・サービスと表現しています。環境と経済の両立は、いま我々が使っているエネルギーよりも、安価で安定的な低炭素エネルギー技術を手に入れることで初めて可能になります。エネルギーはあくまで手段、CO2は行動の結果です。出るごみを気にして夕食のメニューを決める人が少ないように、結果であるCO2を気にして行動を変えろと言っても限界があります。むしろ、ちゃんと付加価値のある製品・サービスを生み出し、それを利用すると結果としてCO2が減るというものを生み出していく必要があると思っています。

(図1)【“脱炭素”に対するアプローチについて】
出典: U3 イノベーションズ提供資料

山田:技術イノベーションとはちがうわけですね。

竹内:はい。一般的にイメージされるイノベーションとは異なります。ドラえもんに出てくるような技術が必要と言っているわけではありません。人々の生活を支えるインフラに用いられるのは、十分に使われて検証され、コストも下がり、安定性・信頼性を備えた技術であり、製品・サービスです。イノベーションといったときに技術開発をイメージする方が多いのですが、すでにある技術を叩き込んでいき、コストを徹底的に下げ、利便性・安定性を徹底的に上げるプロセスがとても重要です。

山田:GX実行会議の初会合では、今後10年間にわたり官民で150兆円規模の投資を進める工程表を年内にまとめる、という話が出ていましたね。うち20兆円の調達は「GX経済移行債(仮称)」を新設するということですが、残りの130兆円については、どのように民間から投資を引き出すのでしょうか。

竹内:そこは非常に難しいところで、論点には挙がっていますが、具体的な議論はこれからです。ただ、いずれにせよ、ロシア・ウクライナ情勢などを背景に、今後、数年間にわたり天然ガスなどの高止まりが予想されるなかで、カーボンニュートラルに向けて化石燃料への依存度を減らす取り組みは、企業にしても家庭にしても、身を守るためにやらねばならないことになりました。これまではやや、EGS投資のような社会的な「やらねばならぬ」だったかもしれませんが、リスク管理の一環としてカーボンニュートラルを進める必要があり、ある意味、現在の危機はGXへの大きな推進力になると思っています。

*2
外部不経済
市場を通じて行われる経済活動の外側で発生する不利益が、個人や企業に悪い影響を与えること。公害やCO2の排出はその代表的なものと言える。

GXに欠かせない「需要の電化」と「発電の脱炭素化」

山田:GXに寄与する製品・サービスを生み出すためにも、やはりエネルギー事業者自体も変わらなければなりませんね。

竹内:その通りです。ただ、これまではエネルギー事業者側の課題ばかりが議論されてきた印象があります。GXは産業革命以上の社会の大変革であり、供給側だけの変革で実現できるものではありません。自著*3でも書かせていただいたように、「需要の電化」と「発電(供給側)の脱炭素化」の掛け算で臨む必要があります。つまり、皆さん(需要側となる個人や企業)にとっても自分ごとなのです。そして、需要の電化にこそ、付加価値や新しい産業を生み出す源泉があると思っています。

ちなみに、従来のエネルギー事業者にとって、付加価値の創出は得意分野ではありません。むしろ、価値を生み出すことに長けたベンチャーなどの新しいプレイヤーとともに、業界の壁を越えて取り組むべきでしょう。エネルギーの課題は、エネルギー産業界だけで解こうとしても実現できません。実際に、本の出版をきっかけに、自動車や住宅、家電、小売など、さまざまな業界の方たちからお声がけいただくようになり、業界を越えて対話ができるようになりました。自分ごととしてカーボンニュートラルに取り組む企業が増え、変革が加速していると実感しています。

山田:日立のエネルギー関連部門も、再生可能エネルギーに関連したビジネスが増えていて、水素の活用など、分散電源に関するご相談も寄せられています。エネルギー価格の高騰は、家計にも大きな影響を及ぼしていることから、国民の意識も変わってきていますね。

竹内:そうした中、先のNDC、つまり政府目標もアップデートされています。最初の本を書いた2017年の時点では、2050年の日本の目標は温室効果ガス80%削減でした。そこで、車をすべて電気自動車に、給湯器をすべてヒートポンプにして、徹底的に需要の電化を進めると同時に、半分を再エネ、2割を原子力、3割を火力という電源構成にすることで、なんとか72%まで削減できると試算したわけです。それでも80%削減には届きませんでした。その目標が、いまやゼロになり、さらにハードルが上がりました。

ただし、日本はエネルギー政策をまちがえると、本当に窮地に立たされる国だということを忘れてはなりません。化石燃料はほとんどなにも産出しないわけですから、エネルギー資源の調達が途絶えれば、国としては生きていけないのです。日本は、1970年代にオイルショックで非常に痛い経験をして、脱石油、脱中東をめざして天然ガスの利用を進め、原子力発電を増やし、さらにはサンシャイン計画*4やムーンライト計画*5によって再エネや省エネの技術開発を進めてきました。現在のように電気が点いて当たり前という生活を享受できるようになるまでに、大変な投資と努力をしてきたのです。原子力は怖いから嫌、火力はCO2を出すからダメ、再生可能エネルギーも迷惑施設などと言っていては八方ふさがりです。エネルギーの必要性や転換のあり方を皆が理解することで、初めて建設的な議論ができるようになるのではないでしょうか。

【ゼロ・エミッション達成の前提となるエネルギーフロー】
出典:『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』


*3
著書
竹内純子、伊藤剛、岡本浩、戸田直樹著『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』(日本経済新聞出版 2017年)は、2050年に向けた電力システム改革の未来像を描き、各界から大きな反響を呼んだ。その続編である、竹内純子編著『エネルギー産業2030への戦略』(日本経済新聞出版 2021年)は、これからの10年に焦点を当て、2030年代に分散型エネルギー社会を実現する上での具体的な方策を提示している。
*4
サンシャイン計画
1974年、前年に発生した第一次オイルショックを契機に、通商産業省工業技術院が打ち出した、太陽、地熱、石炭、水素等の新エネルギー技術開発計画。その後、ムーンライト計画を統合したニューサンシャイン計画(1993年〜)へと引き継がれ、日本の地球環境関連の技術開発を牽引した。
*5
ムーンライト計画
通産省工業技術院が1978年からスタートした省エネルギー技術研究開発計画。新型電池電力貯蔵システムのほか、燃料電池発電、スーパーヒートポンプ・エネルギー集積システムなどの開発を推進。

(後編はこちら)

竹内 純子
国際環境経済研究所理事/東北大学特任教授(客員)/U3イノベーションズ合同会社共同代表
東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)取得。
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力株式会社で主に環境部門に従事した後、独立。
複数のシンクタンクの研究員や、内閣府規制改革推進会議やGX実行会議など、多数の政府委員を務める。気候変動に関する国連交渉(COP)にも長く参加し、環境・エネルギー政策を俯瞰的に捉え、現実感・現場感のある政策提言を続けている。2018年10月伊藤剛氏とともに、U3innovations合同会社を創業。スタートアップと協業し、新たな社会システムとしての「Utility3.0」を実現することをめざし、政策提言とビジネス両面から取り組む。
主な著書に「誤解だらけの電力問題」(WEDGE出版)、「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」(日本経済新聞出版社)、「エネルギー産業 2030への戦略 Utility3.0の実装」(同左)など。

山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、
2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。

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