西武鉄道 × 日立製作所
今年は日本の鉄道開業150周年。同時に西武鉄道の創立110周年でもある、記念すべき年だ。ここ数年はコロナ禍の逆風に揉まれながら、しかし高品質なサービスと安全を提供し続け、公共交通機関としての矜持(きょうじ)を示してきた。同社が見据えるのは、その先の未来。ICTの実力をフルに生かし、今後も人々の生活基盤を支える重要な役割を果たすために決断したのが、クラウド移行プロジェクトの開始だった。
2022年で110周年を迎える西武鉄道。東京都と埼玉県で12路線、総延長176.6qにのぼる鉄道を毎日運行する。池袋と新宿という大都市から、秩父や川越といった自然や歴史豊かな地域につながる路線は、住宅地と働く場所や観光地を多彩に結び付ける。「でかける人を、ほほえむ人へ。」をグループビジョンとして、人々の豊かな暮らしを支える生活基盤を提供してきた。
乗客の命を預かる鉄道会社は、なにより安全第一。大都市の鉄道は他社線との乗り入れも多く、非常に複雑だ。そのため高度な運行管理システムや、電力系の制御システムなど、さまざまな場面で長年ICTを活用してきた。正確で効率的な業務に、ICTは不可欠な存在となっている。
コロナ禍による大幅な利用減を経験したここ数年、鉄道会社にとっては逆風だった。国内の人口減少も響き、急激な利用回復が見込めない現状。よりICTを活用した業務を拡大させていくことで、さらなる効率化や利用者の満足度向上が求められている。
西武鉄道
運輸部営業設備課 主任
小野 智司 氏
※部署名・肩書はプロジェクト実施当時のものです
同社のICT活用の代表例に、日立製作所の協力のもとに開発を行い、2015年から運用を開始した「列車運行情報提供システム」がある。これは輸送障害時に運行情報や振替輸送情報を、文字(日本語・英語・中国語簡体字・中国語繁体字・韓国語に対応)と路線図で提供するシステムである。平常時には旅客誘致やマナー情報などを放映し、企業PRという側面も持つ。輸送障害情報は列車内のディスプレイ、公式Webサイト、公式スマートフォンアプリにも展開される。
これを支えているのが、日立の「運行情報配信システム」だ。現在西武鉄道をはじめ全国の17事業者が採用している(2022年10月時点)。西武鉄道 運輸部営業設備課 小野智司氏は、「日立さまは鉄道事業に強く、多くの経験や鉄道情報を配信するためのノウハウが蓄積されています。日立さまと組んだのはそこに対する期待もありました」と振り返る。
「車いすご利用のお客さまご案内業務支援システム(GSシステム)」の概要。
的確なUI設計と高い操作性などが評価され、2017年にグッドデザイン賞を受賞
日立製作所と開発に取り組んだシステムはもう一つある。2017年に運用を開始した「車いすご利用のお客さまご案内業務支援システム(以下、GSシステム)」がそれだ。車いすや白杖を利用する乗客を案内する際、経路(列車番号)や乗車位置、車いすの種類(手動・電動)などを、スマートデバイスで乗車駅から降車駅へと連絡するアプリケーションである。
西武鉄道
運輸部お客さまサービス課
横山 華菜実 氏
※部署名・肩書はプロジェクト実施当時のものです
従来こうしたやり取りは電話で行っており、間違いや失念が発生する可能性があった。このGSシステムにより、伝達忘れやミスを防止できる。駅のホーム上で簡単に入力できる操作感に優れたUIをはじめ、間違いなく連絡できるようプッシュ通知だけでなくショートメッセージ(SMS)でも内容を補完するなど、安心・安全を支えるために多くの工夫を施している。
西武鉄道 運輸部お客さまサービス課 横山華菜実氏は、日立製作所とのシステム開発について「駅の業務を知るため実際に現場に足を運び、何が課題でどう解決すべきかを一緒に考えてもらえたことで、使いやすいシステムになりました」と語っている。GSシステムは2017年にグッドデザイン賞を受賞。スマートデバイスの操作経験がない、年配の駅係員でも容易に使いこなせる操作性に加え、ICTとの連携を通して情報伝達の正確性と業務効率が向上した点などが評価された。
西武鉄道
計画管理部管理課 主任
永田 任弘 氏
※部署名・肩書はプロジェクト実施当時のものです
評価の高いこれらのシステムには、一方で課題があった。「オンプレミス方式で当社施設内に設置されたサーバーは管理の手間や、障害時にはエンジニアの駆け付けが必要であり、迅速な復旧対応に課題がありました。また、将来的なシステム更改時には、作業スペースの確保が課題となることが予想されていました」と、西武鉄道 計画管理部管理課 永田任弘氏は説明する。その折「列車運行情報提供システム」を運用するサーバーに、更改のタイミングが到来。次のインフラをどうすべきか、検討を始めることになる。
オンプレミスのままサーバーを更改する案に加え、日立のデータセンターのホスティングサービスで更改する案、代表的なパブリッククラウドであるAWS(Amazon Web Services)で更改する案、これら3つの案を検討。それぞれイニシャルおよびランニングコストや、ダウンタイム対応などについて日立製作所より比較提案を受けてきた。
選ばれたのは3つ目の案、AWSへの移行だった。永田氏は「鉄道車両や制御系システムに強みを持つ日立さまからAWSの提案を受けたときは正直少し意外でした。しかし、AWSのAmazon VPC(Amazon Virtual Private Cloud)の仕組みを用いて構築することについて、十分なノウハウがあることが分かり、信頼して任せられると思いました」と語る。西武鉄道が抱える課題に正面から向き合った日立製作所が下した、今回は自社のクラウドではなくAWSへの移行がより適切だという判断が生きた。また小野氏も、「私自身も当時AWSのことをあまり理解しておらず、社内にも心配する声はありました。しかし3年間AWS上で安定稼働している他システムの実例や、社会全般の評価、実績に加え、日立さまが分かりやすい資料を作ってくれたこともあって、社内の了承を得ることができました」と振り返る。
同じラックで運用していたGSシステムも、あわせてAWSに移行した。横山氏は移行パートナーに日立を選んだことについて「日立さまとは長年の信頼関係があり、当社の業務をよく理解してもらっています。運用実績もあるので、今回もやはりお任せしたいと思いました」と、その理由を語る。
移行に際しては、駅ネットワークの構成変更やAWS VPN接続の引き込みなどが必要だったが、大きな問題もなく完了。切り替えは終電後の深夜帯に事前試験を実施し、本番の切り替えに挑んだ。「日立さまは鉄道事業をよく理解しており、切り替えが始発電車までに余裕を持って完了できるように提案してくれました」(小野氏、横山氏)。
AWS移行のメリットは大きかった。「列車運行情報提供システム」、「GSシステム」の両システムとも、物理サーバー廃止により管理の負荷が軽減され、万が一の障害発生時に現地駆け付けが不要で、迅速な復旧が可能となる安心感は非常に大きい。また、空いたスペースの有効活用や消費電力削減など、環境面のメリットも小さくない。さらに、サーバー更改もなくなったことで、長期的なランニングコストの低減につながる。
GSシステムについては、スマートデバイスからのアクセスを制御するために、社内ネットワークが複雑な構成となっていたが、AWS移行により経路がシンプルになり、インターネットアクセスに関するトラブル時の問題切り分けが容易になった。
今後はクラウドサービスのメリットである拡張性を生かし両システムの機能強化なども検討していく。「今後もバリアフリー実現に向け、よりお客さまに寄り添ったシステムに進化するための提案を日立さまには期待しておりますし、当社としましてもサービス向上をめざして取り組んでいきたいと思っています」(横山氏)。
永田氏は日立製作所の体制を次のように評価する。「日立さまは鉄道事業の基本である安全安心を支える車両や制御系システムに一気通貫した体制を持ちながら、同時に、今回のようにAWSを提案する柔軟性も備えています。鉄道会社としては頼りになる存在です」。
今後の展望、日立製作所とのパートナーシップについてはどうか。小野氏は「昨今鉄道事業の変化は激しく、お客さまのニーズが多様化しているのを肌で感じています。その中でお客さまが本当に求めている情報やサービスの核心を捉えたシステムをともに考え、開発できればと思います」と語る。
生活に欠かせない鉄道という社会インフラ。パートナー同士で課題に真正面から向き合い、最適解を見いだすまで試行を重ねる。西武鉄道と日立製作所の長年の取り組みが、新たな実を結んでいる。