日産化学 × 日立製作所
2022年に創業135年を迎える日産化学は、創業者に渋沢栄一もその名を連ね、日本初の化学肥料製造会社として設立された。近年は化学品、機能性材料、農業化学品、ヘルスケアの4つの事業領域を展開し、2022年3月期で8期連続増収増益を記録。コロナ禍で産業界全体の成長が落ち込むなか、成長を続けている。
2014年以降の日産化学の業績推移(2022年2月発表)。中期経営計画「Vista2021」は2021年度末に満了。
2022年度より、新中計・長期経営計画をスタートさせた
その秘密は老舗企業ながら既存のビジネスに安住することなく、着実に研究開発に投資を続けていることだ。売上高に対する研究開発費の比率は、過去5年間(2016年度〜2020年度)の平均で8.6%。日本の化学メーカーの平均4.4%に比べるとほぼ倍で、30社中2位を誇る。この投資がもたらす研究成果を基に、高付加価値の新たな製品や事業に果敢にチャレンジし続けている。
日産化学は2016年にスタートした中期経営計画「Vista2021」を、2021年度末に終了。2022年度より新たな中期・長期経営計画がスタートした。成長エンジンとなる新規材料の創出をめざす同社は、新中期経営計画の中でIT活用による研究開発の高度化やDX推進を打ち出す。研究テーマへのAIの活用、自動化の推進、デジタル人材の育成などにより、研究基盤の強化をめざす。
日産化学と業界平均を研究開発投資の領域で比較した図表。
人的資源の面でも総合職の約40%が研究開発要員(単体ベース)として配分されている
日産化学
財務部 情報システム室 主査
西田 篤司 氏
このような取り組みを実現するためには、新たなプロジェクトに迅速かつ柔軟に対応できるシステム基盤が必要となる。システム構築に時間がかかるようでは、DXの加速は難しい。しかし、同社のシステム基盤は老朽化が問題になっていた。そこで、次なる成長に向けた土台づくりのため、システム基盤の刷新に取り組むこととなった。
今回の基盤刷新での課題は大きく2つである。まず、これまで日立製作所のデータセンター(DC)内にあるオンプレミスの仮想環境で運用してきたシステムを、いかにクラウドへ移行するか。2つ目が、基幹システムに2025年サポート終了予定のSAP ERP 6.0を利用していたため、その更新をいかに進めるか、である。日産化学でインフラを担当する財務部 情報システム室 主査 西田篤司氏は「新たなシステムを求められても、オンプレミスでは迅速にサーバーなどのインフラを用意できない、リソースを柔軟に拡張できないという課題がありました。日々の運用に加えて、ハード・ソフトのライフサイクル管理なども必要で、限られたメンバーで行う運用管理の負担も問題でした」と振り返る。
これらの課題を克服できる新たなITインフラ基盤構築に向け、プロジェクトが動き出した。
日産化学はこれまで日立製作所をITインフラのパートナーとしてきた。そこで基盤刷新にあたっても、日立製作所に相談。当初はクラウドとオンプレミス両にらみで検討を開始したが、運用管理面とコスト面からクラウドを選択し、AWS(Amazon Web Services)に決定した。西田氏は「以前から仮想基盤やサーバーの構築は日立さまにお願いしていたので、我々の環境を熟知しています。そこで、基盤移行についても迷うことなくパートナーに選びました」と語る。
プロジェクトは2020年5月にスタート。先行してAWS上に基盤を構築。順次アプリケーションを移行していった。具体的には、下図6つのフェーズで進捗している。
プロジェクト日程概略図
すべてがAWS上で安定稼働したのを確認した2022年3月、オンプレミスのシステムは日立製作所のDCから完全撤退している。
インフラ構築にあたって、重視したポイントの1つがDR(災害対策)だ。日産化学は従来、日立製作所の東日本のDCにメインサイトを、西日本のDCにDRサイトを構築。ERPを中心とする基幹系は、災害が発生しても最大10分前の状態に戻すというポリシーがあった。これを継続させるため、プロジェクト推進経験が豊富な日立のノウハウを活用し、最初にAWSの東京リージョンにDRサイトを構築。その後メインサイトを同じ東京リージョンの異なる「アベイラビリティゾーン(独立したゾーン)」に、段階的に構築するという手順を踏んだ。西田氏は「今回バックアップソフトを変更したこともあり、最初は不具合などもありました。早い段階でDRサイトを構築することで、これらをつぶしていくことができたので、その後のメインサイト構築がスムーズにいきました。2022年1月以降の本番稼働後も、大きなトラブルもなく安定稼働しています」と語っている。
今回は会議や打ち合わせから移行対応までを、すべてリモートで実施。「通常業務もオンラインが普通になっていたので、違和感はありませんでした。週1回の全体会議と基盤およびアプリケーションのチームごとに行う会議の他、必要に応じて日立さまが迅速にWeb会議で対応してくれ、プロジェクトは問題なく進みました」(西田氏)。
日産化学
財務部 情報システム室 主席
鈴木 修 氏
もう一つの課題であるERPの刷新は、SAP S/4HANAに移行すると決めた。日産化学でアプリケーションを担当する財務部 情報システム室 主席 鈴木修氏は「これを機に別のシステムへという検討もしましたが、SAPは既に約20年使っており、その中で多くの追加開発をしています。業務でも広く活用されており、SAP S/4HANAに移行することにしました」と語る。
アプリケーションの移行には、サーバーOSとしてこれまで利用してきた Windows Server 2012 R2 から、Windows Server 2016 にバーションアップを同時に行うという、もう一つの課題があった。そのため各アプリケーションベンダーの対応が必要なケースも生じ、移行を段階的に進めていった。
ERPの刷新を含むアプリケーション移行についても、日立製作所がサポートした。もともとアプリケーションは社内で運用していたこともあり、ベンダー選定にこだわりはなかった。しかしマルチベンダーとなると、意思疎通で問題が起きてしまいやすい。こうした判断から、アプリケーションについてもインフラと同じく日立製作所に依頼。その選択について鈴木氏は「結果的に意思疎通が速くスムーズで、良い選択だったと思っています」と語っている。
アプリケーション移行のクライマックスは、2021年末からの正月休みに行われたSAPおよび、SAPと強く連携しているシステム群の移行である。万一予定時間内に移行が終了しなかった場合はもとに戻せるような準備は行っていたものの、そうなるとすべての予定を改めて組み直し、追加の費用もかかってしまう。絶対に成功させるという強い覚悟を持って、移行に臨んだ。そのために日立製作所の提案を受け、リハーサルを計3回実施。鈴木氏は「6日間の正月休みの間に実施する必要がありましたが、1回目はまったく期間内に収まりませんでした。その後改善策を検討し、再度リハーサルという手順を繰り返しました。3回目はある程度余裕を持って期間内に実行でき、実際の移行ではさらに短時間で行えました。日立さまの提案通りにしっかりとリハーサルを行ったことが、成功につながりました」と振り返る。
日立製作所の対応について鈴木氏は「我々の頻繁な要求に対して素早く対応してもらい、感謝しています」と語っている。
日産化学はシステム基盤をクラウド化したことで、新たなシステム構築やリソースの追加を迅速に実現。経営の求めるDX推進を可能にする環境を獲得した。その成果として西田氏は「従来システム導入のための基盤構築に3か月くらい要していたのが、約3分の1に短縮できました」と振り返る。
今回移行したSAPは日本国内向けのみで、日産化学にはまだ海外子会社向けのSAP ERP 6.0が別に存在している。今回AWSへは移行したものの、アプリケーションのコンバージョンは行っていない。これを2025年の保守切れまでに、SAP S/4HANAに移行する予定だ。「今回の移行の知見を生かせるので、よりスムーズな移行ができるはずです」(鈴木氏)。
本経験を踏まえて両氏は「基盤構築は時間がかかる。早めに着手した方が良い」と口をそろえる。特にSAPのコンバージョンを計画している企業は、保守切れの間際になればなるほど、ITパートナーやエンジニア探しに苦労する可能性が高い。未着手の企業は、ぜひ早めに計画を進めて、悔いの残らないようにしたい。