CASIO&ASICS × 日立製作所
人生100年時代。いま、健康寿命の重要性は高まるばかりだ。カシオ計算機株式会社(カシオ計算機)は株式会社アシックス(アシックス)と、スポーツを通して健康で活気ある社会をめざす価値共創事業をスタートさせた。そのサービス基盤を支える開発パートナーとしてカシオ計算機が選んだのが、株式会社日立製作所(日立製作所)だ。3社による新規事業から、歩く、走るといった基本的な運動行為が、未知なる大きな体験に変わる興味深い取り組みが生まれている。
医療の発展、栄養の充足などがもたらした、人生100年時代。だが一方で、実際の寿命と健康寿命との差が埋まらない。ベッドの上で介護される生活が長くなっても、それはあまり幸せではないと、いまや多くの人が感じている。健康への関心が高まっているのはそうした背景だ。マスメディアには健康情報があふれ、運動を習慣とする人も増えた。コロナ禍による移動制限の反動からか、さらにその傾向は高まっている。2021年2月にスポーツ庁が発表した「スポーツの実施状況等に関する世論調査」によると、週1日以上運動・スポーツに取り組む人々の割合は、20歳以上男女の平均で59.9%。前年度に比べて6.3ポイントも増加している。
カシオ計算機
スポーツ健康インキュベーションセンター
センター長 執行役員 井口 敏之 氏
なかでも特に人気の運動が、ウォーキングやランニングだ。直近1年間の数値を見ると、散歩も含めてウォーキングは65.4%が実施している。より負荷の高いランニングは14%、男性に限ると20.5%にものぼる。手軽に始められるこうした運動を楽しむ人は、いま着実に増えている。
しかし、始めたはいいが続かない人も多い。カシオ計算機 スポーツ健康インキュベーションセンター センター長 執行役員 井口敏之氏は「情報を何も知らないでランニングを始めると、およそ6か月で約70%の人が、足を痛めるなどのケガをして中断する傾向にあります。また、ウォーキングは漠然と歩いているだけでは、あまり効果的ではありません。ダイエット効果を期待して始めると、すぐに効果が出ないために、やめてしまうことになりがちです」と指摘する。
運動効果を高め継続するためには、効果的な方法で行うことが極めて重要といえよう。
では、効果的な方法をいかにして見いだすのか。この課題に対し、カシオ計算機が大手スポーツ用品メーカーのアシックスとタッグを組んで開発したのが、スマートフォンアプリ「Runmetrix(ランメトリックス)」だ。
「当社は人の動きを検知するウェアラブルセンサーを、7年前から産学連携で研究していました。その結果GPSや9軸センサーを搭載した、モーションセンサー『CMT-S20R-AS』が完成しました。しかし、運動効果を高められる機器の開発には、やはりスポーツの知見が不可欠。そこで、アシックスさまに声をかけました」(井口氏)
当時アシックスには同じような誘いが多くのメーカーから寄せられていた。その中から約半年間実験を重ねた上で選ばれたのが、圧倒的な計測力のモーションセンサーを持つカシオ計算機だった。
ランニングアプリは多くの競合がひしめく競争の激しい分野である。その中でRunmetrixが他と異なるのは、腰に付けたセンサーと連携し、走り方の解析を行う点だ。センサーが走行距離やペース、ピッチ、ストライドに加えて、体幹の傾きや骨盤の回転、接地衝撃などフォームに関する多くの指標を算出し、それをもとに3Dアニメーションでフォームを可視化。6つの軸でフォームを点数化し、改善点をアドバイスする。さらに、同社の時計製品であるG-SHOCK「GSR-H1000AS」を活用すると、ランニング中にペースや距離、心拍などの情報も確認可能。フォーム指標をリアルタイムに確認したり、フォームの乱れを検知して通知することもできる。「専門の施設で特別な計測機器を使わないと不可能だったランニングフォームの確認が、手軽にできるようになりました。タイムを縮めたい、フルマラソンを完走したいといった、目的に合わせたアドバイスまで受けられます」(井口氏)。
Runmetrixは2021年1月のリリース以来順調に利用者が増え、好調なスタートを切っている。特に熱心なランナーから強い支持を受け、継続利用率(MAUマンスリーアクティブユーザー率)は実に約60%*。一般的なアプリのMAUは30%程度といわれているなか、圧倒的な利用率といえるだろう。
アプリ上の画面例。走行中のフォーム分析結果が視覚的に把握できる
カシオ計算機は、これまであまり他社とのコラボレーションを積極的に行ってこなかった。しかし2019年、新事業創造のため中期経営計画4つの柱の1つに「共創」を掲げる。アシックスとのコラボレーションは、スポーツに関する知見を得るためだった。では、開発に関する知見はいかにして得るべきか。白羽の矢が立ったのが、日立製作所だった。
共創はサービス単体の開発にとどまらない。サービスの基盤となるシステム開発の分野でも実施された。システム基盤の構築や、アプリケーション開発のプロセス管理などにおいて、日立製作所は強みを発揮できる。
カシオ計算機
スポーツ健康インキュベーションセンター
サービス開発部 第二開発室 室長 神田 祐和 氏
もともとRunmetrixの開発やインフラ構築は、カシオが自社で行っていた。しかしβテスト(※)の際、アクセス集中によるトラブルが発生。ランニングは朝や夕方などに行う人が多い。アプリが利用される時間帯が集中してしまう。このままではサービスの質に関わると判断、日立製作所に協力を仰いだ。「当社は、コンシューマービジネスに強みをもっており、それに対して日立さまは、インフラやセキュリティに強みを持っています。事業領域の被りが少なく、良い関係を持続できるパートナーだと考えました」(井口氏)。また、スポーツ健康インキュベーションセンター サービス開発部 第二開発室 室長 神田祐和氏は、「負荷集中の対応を的確に行うためには、きちんと定義をして試算をするというステップを踏む必要があります。経験豊富な日立さまに方針を示していただき、一緒に取り組むことで、合理的に進められました」と開発の様子を振り返る。
※ βテスト…完成版に近い発売前のソフトウェアや、正式公開前のネットワークサービスなどを一部ユーザーに試用してもらい、性能や機能などに対する評価を得るテストのこと。
同社はRunmetrixを国内向けに限定していない。世界展開を前提に事業を進めている。システム基盤もグローバル展開が容易なAWS(Amazon Web Services)を利用していた。そこで、日立製作所のAWSに関する豊富な知見や経験が役に立っている。日立製作所が協力しているのはAWSの環境構築とともに、生データを取得、処理を行い、フィードバックするシステムの開発である。
「AWSは非常に多くの機能やサービスがあり、しかも絶えず新しくなります。実現方法が複数あり、何が最適かを自分たちで見つけるのは難しい。その点、日立さまがタイムリーに最適な方法を一緒になって検討してくれるので助かっています」(神田氏)
今回同社は、日立製作所の協力のもとアジャイル開発を取り入れ、そのためのプロセス改革を実行した。アプリケーション開発全体のプロセス管理も日立製作所がサポートする。「日立さまはB to Bビジネスで豊富な経験値があり、着実に手順にもとづき実行する。そこに圧倒的な強みを持っています。一方コンシューマービジネスを追求してきた当社は、トレンドやニーズに柔軟に対応できるという強みがあります。当社のフットワークの軽さと、日立さまの手堅さ。これが結合することで、総合的により良いシステムが生まれていると感じています」(神田氏)。
カシオ計算機は、Runmetrixに続きアシックスとの「共創」第2弾として、2021年10月「Walkmetrix(ウォークメトリックス)」のサービスを開始した。ランニングよりさらにすそ野の広い、ウォーキングをターゲットとしたサービスである。体力向上、ダイエット、リフレッシュの3つの目的に合わせたプログラムに従って効率よく歩くことで、効果の高いウォーキングをサポートする。G-SHOCK「GSR-H1000AST-1AJR」「GSR-H1000AST-1JR」に接続すると、心拍データをもとに「持久力スコア」を表示、心肺機能の向上につなげることが可能。今後モーションセンサー「CMT-S20R-AS」との連携も予定しており、姿勢の可視化や目的に応じた歩きをサポートしていく。
同社は今後も共創により、睡眠計測やヘルスケアなどの新しいサービスを順次拡大していく予定だ。井口氏は「病気予防のポイントは、疲労にあります。疲労の回復には睡眠が必要で、良い睡眠には適度な運動が欠かせません。このサイクルをより良くするためのサービスを拡大し、社会的な課題である健康年齢を伸ばすことに貢献していきたい」と語る。
カシオ計算機が共創でめざす「スポーツ&ウエルネスソサエティー」構想図
サービスの拡大に向けて神田氏は「サービスやユーザーが増えていく中で、データの集約や連携、処理を破綻することなく効率的に開発していきたい。AWS含め世界の標準は移り変わりが激しいので、自分たちにとっての最適をキャッチアップする必要もあります。そのパートナーとして日立さまと一緒に進んでいきたい」と語る。
「共創」に関しても、さらに拡大していく予定だ。今回の動きを受けて多くの企業から声がかかるようになり、さまざまな計画が進み始めた。日立製作所とのパートナーシップも、単なる開発パートナーにとどまらない可能性を秘めている。「日立さまとは、幅広く可能性について議論しています。両社が協力することで新しい付加価値を生み出し、社会に提案できることを期待しています」と井口氏は展望を語った。