技術をリードしている者たちは、イノベーションのビジョンと共に実世界の課題に挑戦しています。今回は、日立製作所 研究開発グループ 野中 洋一 主管研究長にインタビューし、オートメーション技術とモノづくり技術の融合が、社会の環境・安心安全・レジリエンスにどう貢献できるか尋ねました。
(2021年3月31日 公開)
Q. COVID-19を契機に、レジリエントな社会の仕組みづくりや、堅牢なサプライチェーン構築などが話題となっていますが、野中さんは、喫緊の社会課題をどのようにお考えですか?
野中
第二次世界大戦後の世界で最大の経済落ち込みとなるコロナ禍を契機に、新たな価値、新たな世界の構築に向けて全世界が真剣に考え、行動を起こそうとしています。3月、北米では、日立グループのJR Automation社が、お客さまと共にマスク製造ラインを僅か6日で立ち上げ*1、社会貢献しています。
こういった変化への対応力、レジリエンシーが新たな世界では更に求められると思います。
(Courtesy of JR Automation)
コロナ禍の前の世界では、新興国における飢餓、貧困、紛争、先進国における少子高齢化、社会インフラ老朽化、格差拡大など多くの社会課題が取り沙汰されていましたが、コロナ禍では更に人が人との接触を避けなければならず*2、人命リスクと経済リスクのバランスを一人一人が考え行動しなければならない状況になりました。日立でも新たな働き方、ワークスタイル*3を模索し、従業員一人ひとりの「人」と「働き方」に着目した労働環境の見直しを行なっています。これは、「人」を中心に幸福度や快適性、生産性を両立させつつ、場所に依存しない柔軟なワークスタイルへと迅速に移行するために、業務内容なライフスタイルに関する多くのユースケースを策定し、それに基づく労働環境の見直しを行うものです。この苦難を乗り越えた先の世界では、安心安全で持続可能な社会が希求されていることは疑う余地はなく、そのために環境問題の解決と人の労働生産性の更なる向上の両立が次の大きなチャレンジであると考えています。
Q. 新たな社会における課題について日独有識者会議で議論されたとのことですが、どのような議論がなされたのでしょうか?
野中
コロナ渦を含む新たな社会の課題として、環境問題の解決と人の労働生産性の更なる向上の両立について、多くの国で議論されています。*4我々は、この点に早くから着目し、Industrie 4.0提唱元であるドイツ工学アカデミー、acatech、で日独共同プロジェクトを起こし、新たな社会における人と機械の関わり合い方について議論を重ね、ディスカッションペーパとして世界発信しました。*5
このプロジェクトでは、人から人への技術伝承のデジタルサポート、機械が支援しすぎるとき人の能力が退化していく課題、人と機械の協働を前提とした労働の在り方、多様な人や多様な機械を包含した持続可能な社会の在り方など多くを日独の有識者で1年間議論しました。そして、人と機械がお互いを高めあう仕組みを社会で構築して安心安全で持続的な社会を作るコンセプトを提言しました。
日独有識者の議論で気づいたことは多々ありました。特に、安心安全で持続的な社会を作りたいという思いは、日本、ドイツのみならず多くの国で共通するゴールではあるものの、それぞれの国、地域、コミュニティ、個人には様々な歴史的・文化的背景や、政治的な違い、生活パターンの違いなどから、共通するゴールに辿り着くための道、方法は千差万別であるということに改めて認識を新たにすることができました。これからの世界で求められる人と機械が相互に高めあう仕組みにおいても、最新のIT、最新のオートメーション技術を提供するだけでは社会貢献できないことを痛感しました。
Q. 「オートメーション」による社会貢献について、日立がどのように取り組んできたか教えてください。
野中
我々日立では、創業時代からオートメーションに関して技術創生だけでなく、自らその技術を使い社会貢献してきました。*6
1914年頃に電動機制御装置や配電盤の製作を開始し、1933年に八幡製鐵所(現在の日本製鉄株式会社)に純国産技術による形鋼圧延機を納入したことが、オートメーション分野への本格的な参入の端緒となりました。
ここで制御技術の基礎をしっかりと固めたことが1950年代後半の事業拡大につながっていきました。1960年代に入り日立で 大型汎用コンピュータを開発されると、工場などの厳しい環境下でも動作する耐環境性や信頼性、可用性などを備えた日本初の大型制御用デジタル計算機HITAC 7250が1967年に完成しました。
1970年代後半にLSI 技術が進展すると、マイクロプロセッサを内蔵した制御用コントローラを開発し、プラントなどを構成する各機器が制御装置を持ち相互に接続して監視し合う分散制御システムが実現されました。ここから、複数の制御システムをネットワークでつなぎ合わせ、それぞれが自律的に動きながら全体として協調し、一つのシステムとして機能する自律分散制御技術が開発され、1995年運用開始の新幹線総合システム「COSMOS」、1996年の東京圏輸送管理システム「ATOS」に代表される大規模な列車運行管理システムを支えているほか、産業分野や社会インフラ分野のさまざまな制御システムに活用されています。
この流れにおいて、個別の設備の自動化が進むと、それらをつないでラインとすることで、より生産効率を上げるFA (Factory Automation )が勃興しました。日立では、VTRの量産製造ラインをいち早く確立するとともに、組立難度が高く複雑な工程をつないだラインの構築を通じ、製品構造から製品の組み立てやすさを評価するAEM (Assemblability Evaluation Method: 組立性評価法)を開発しました。製品設計時に活用することで、FAラインで組み立てやすい構造を実現できるこの評価法は、社内で実績を積んだ後、1980年に米国General Electric社へ技術供与されています。
このころ、消費者ニーズの多様化によって大量生産から多品種少量生産へとモノづくりが移行し始めました。日立では、ITを活用して受注から製品納入までの各段階の情報を連携することにより、高効率かつ需要変動にフレキシブル に対応した生産を実現する統合システムCIM (Computer Integrated Manufacturing )を構築し、1990年代後半からのSCMの発展と、グローバルなビジネスプロセスの改革へとつながっていきました。
そして、組み込みシステムを含めたソフトウェア開発力の強化と生産性向上、CAD (Computer-aided Design )、CAE (Computer-aided Engineering )、DA (Design Automation )、CAM (Computer-aided Manufacturing )、NC (Numerical Control) 加工などにも早くから取り組み、半導体、液晶、HDD、大型機械、昇降機、家電など多くの工場において、技術を実証し、モノづくりの知見と融合させるノウハウも蓄積しました。
そして現在、生産現場の知見やノウハウをデジタル化することにより、生産プロセスをデータ解析で最適化するとともに、企業内の複数拠点におけるノウハウの水平展開や他業種への展開を試みています。複数の企業間で、セキュアでシームレスな情報の交換、リアルタイムのデータ解析とフィードバックが実現できれば、バリューチェーン全体をつないで市場ニーズの詳細な分析結果を最上流のサプライヤ まで共有し、タイムリーな商品企画や生産の最適化、物流の効率化などに活用できるだけでなく、将来的には複数企業間で生産設備などを融通し合い、資源を有効活用することも可能になると考えています。
例えば、我々は、生産設備を必要なときに必要な時間だけ企業間で融通し合うことにより、多様化が進むお客さまのニーズへの柔軟な対応と、高稼働率の生産体制の両立を可能にする新しい生産システム「クラウド・マニュファクチャリング」を提唱しています。このシステムの実現に向け、日立はドイツのフラウンホーファ研究所とハンガリー科学アカデミーとの共同研究により、数量や加工条件などの重要情報を秘匿しながら、企業間でのセキュアな生産設備融通を可能にする技術を開発しました。*7 この成果は、「日独IoT連携 」共同プロジェクトのユースケースに登録されています。
Q. 「オートメーション」の将来の展望についてお聞かせください。
野中
我々は、今まで培ってきた、オートメーション技術、モノづくりの知見、そして両社を融合させるノウハウを、日立のグローバル事業に広めていく責務があります。これは、日独有識者会合で議論したように、各地域の歴史的・文化的背景や、政治的な違い、生活パターンの違いなども踏まえた、それぞれの条件に寄り添ったソリューションとしつつも、安心安全で持続的な社会を実現するという共通のゴールをめざしていくものでなければなりません。
これは、最新のオートメーション技術の提供だけでなく、オペレーションの知識に基づく、各種の業務や各種の技術の継ぎ目を超えた全体最適化の日立のビジョンであるTotal Seamless Solutionを更に広げ、各地域の人と機械の在り方に寄り添った広義のTotal Seamless SolutionをLumadaソリューションとして全世界に提供していく必要があります。
このためには、技術や知見を自ら研鑽していくだけでなく、各地域の最先端研究所やオープン・コンソーシアムとも積極的に交流し、自らの技術力の評価をそこで行うだけでなく、仲間づくりをして研究エコシステムを広げ、仲間やその地域のお客様の現場にも入っていって信頼を醸成し、知見を更に高めていく必要があります。
すなわち、openness が我々の研究開発のカギと考えています。Open mindで社内外と積極的に交流し、オープンなエコシステムを作っていき、社会変革を起こすようなオープン・イノベーションをリードし、実践していく。我々はこの方針で今後も積極的に活動していきます。
※ 所属、役職は公開当時のものです。
野中 洋一
日立製作所
主管研究長
1992年 株式会社日立製作所 生産技術研究所入社、産業用ロボット応用システム、デジタルエンジニアリング技術、生産制御技術などの研究開発に携わる。2001年マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2015年より現職。