日立製作所 ソフトウェアCoE Blockchain推進部
梅田多一
いよいよブロックチェーンを活用した調達サービスがスタート。オープンで健全な取引が容易に行えることから参加企業は増え続け、毎日多くのトランザクションが行き交っていたある日、システムに不具合が発生。各社のサプライチェーンは混乱し、ビジネスは停滞状態…
ブロックチェーンのB2Bビジネスへの適用が期待を集めているが、その大前提になるのが高信頼な運用だ。上記のような事態は絶対に避けなければならない。
「日立は、B2Bビジネス向けの代表的なブロックチェーンフレームワークHyperledger Fabricを適用したお客さまのシステム運用を支える取り組みを、現在多角的に進めています。そのひとつが前回もお話ししたライブラリの開発です」。
ライブラリとは、Hyperledger Fabricの機能を強化するために日立が独自に開発した数々の共通部品の総称だ。前回はシステム構築の迅速化を図るツールとして紹介したが、もうひとつの側面としてシステムの高信頼化という目的がある。
例えば、「RAS*1フレームワーク」は、障害を検知し代替ノード(Peer)に切り替えるなど、高い可用性を実現する。また、「EADS*2-Orderer」は不意のシステム障害にも生成されるブロックの一貫性を保証する。そして「PBI*3認証」は、生体情報による厳格な本人認証で不正入力のリスクを低減する。さらに「Hitachi Data Hub*4」は、膨大なセンサー情報の入力に耐えられるシステムを実現するためのライブラリだ。
「Hyperledger FabricはB2Bビジネスへの対応を目的につくられており、信頼性の高さでは定評があるのですが、ユースケースによってはさらなる高信頼化が求められます。その時、活躍するのがライブラリです」。
ブロックチェーンのビジネスへの適用例はまだ多くなく、何を行うとどんな現象がシステムに起こるのか、まだわからない点も多い。そこで日立は運用の知見を貯めるべく、B2Bビジネスを念頭に入れたさまざまな社内実証をライブラリを活用しながら行っている。
「IoTの進展にともなって、センサー情報をブロックチェーンで処理するビジネスモデルが期待されています。しかし、もともとブロックチェーンはデータベースとしての処理能力は高くなく、例えばサプライチェーンの膨大なセンサー情報をまるまる受け入れてしまうとエラーが生じる可能性があるのです。そうした課題を解決するのがライブラリの『Hitachi Data Hub』ですが、いま実際に社内実証において『Hitachi Data Hub』とHyperledger Fabricとの連携でセンサー情報の処理を行っており、さまざまな運用ノウハウを蓄積しています」。
日立の横浜事業所ではトイレの空き状況がデスクから確認できる。トイレのドアのセンサーが発した情報をもとにブロックチェーンが空き状況を配信しているのだ。
「例えばサプライチェーンで、どの商品が何個通過したか、工場や物流センターや店舗のセンサーが収集し、ブロックチェーンが在庫の適正化などを行うようなケース。『Hitachi Data Hub』は大量のセンサー情報を一時的に保存し、膨大なデータから必要なものだけ、例えば変化点だけを抽出。さらにフォーマットが異なるセンサー情報を整形処理してブロックチェーンへ送ります。Hitachi Data Hub連携を適用した社内実証実験ではこれらの機能をギュっと凝縮した形で検証しています」。
また、生体認証によりブロックチェーン参加者への成りすましを防止する「PBI連携」を適用した社内実証も稼働中だ。
日立の丸の内、品川、横浜の各拠点にPBIの端末を設置し、出張者が拠点に到着すると端末に指をかざすことで、誰がいつどこで働いたのか就業データをブロックチェーンで管理している。
「働き方改革で働き方の多様化が進み、勤怠管理が複雑になる傾向にありますが、『PBI連携』とHyperledger Fabricの組み合わせにより、厳密な記録を容易に残すことができます。『PBI連携』が本人認証を厳密に行うと同時に、ブロックチェーンで企業と組合のエンドース(合意)を行うことにより、従業員も管理者もデータを改ざんできないコンプライアンスに則った勤怠管理の環境を実現できます」。
この社内実証では、システムの連続稼働における運用上の課題を抽出している。
Hyperledger Fabricは新しい技術であり、言うまでもなくまだ成熟の途中にある。実証実験で不具合が発生した際、原因を究明するとHyperledger Fabric自体に問題があるケースもある。そこで日立は、OSSであるHyperledger Fabricの品質向上への貢献にも力を注いでいる。
「日立は、The Linux Foundationが主催するブロックチェーンコンソーシアムHyperledgerに設立当初から最上位のプレミアメンバーとして参画してきました。Hyperledger Fabricの開発ではコミュニティにエンジニアを派遣し、品質向上へ世界第2位の貢献を果たしています」。
また、こうした取り組みを通して蓄積したHyperledger Fabricへの深い知見が、日立のライブラリの完成度を高めると同時に、運用サポートサービスの高度化を実現しているといえる。
Hyperledger Fabricがビジネスで実運用される際には、当然ながらさまざまな業務システムと連携しながらサービスを提供することになる。もしこの複雑なブロックチェーンシステムで障害が発生したら、厄介なのが切り分けだ。原因がHyperledger Fabricなのか、OSなのか、業務システムなのか見極めが難しくなることは必至で、切り分けられなければベンダーへ復旧依頼もできず、時間だけが刻々と過ぎてゆくことになる。
「日立は一刻も早いサービスの復旧のために、Hyperledger Fabricだけでなくブロックチェーンシステム全体をワンストップでサポートする体制をつくりました。システム障害が発生したらお客さまは切り分けることなく窓口にご連絡ください。ログデータをもとに原因究明からサービス復旧までワンストップで対応します。
そしてもし原因がHyperledger Fabricにある場合、コミュニティからパッチが出るまでにはどうしても時間がかかります。そういう時もHyperledger Fabricのソースまで知り尽くしている日立なら、さまざまな回避策を提案できます。そしてコミュニティにいるメンバーがお客さまの問題の解消に向けて改善へ積極的に動きます」。
「ブロックチェーンがこれほど注目を集めているのは、この技術がさまざまな社会問題を解決する可能性を持っていることにあります。
例えば、相次いで起きてしまった企業のコンプライアンス違反をブロックチェーンの耐改ざん性により防ぐ。スタートアップ企業のアイデア実現をピアツーピアの資金調達でサポートする。身分証明を持たない世界の貧困層へIDを提供し、銀行口座開設など生活を支援する。
こうしたブロックチェーンによるサービスが社会インフラとして人々の暮らしやビジネスを支えるためには、システムは決して止まることなく動き続けなければなりません。そのためにブロックチェーンの運用の知見を磨き続けていくことが、日立の使命だと考えています」。