約3,500銘柄の最適な“貸出”レートを瞬時に算出
トレーダーと人工知能の二人三脚で事業の拡大に挑む
国内ネット証券大手のカブドットコム証券では、機関投資家に対して株式などを貸し出すストック・レンディング(株券等貸借取引)業務に、日立の人工知能技術「Hitachi AI Technology/H」を導入しました。ここでは1,000種類を超える数値データを分析し、貸出レートの予測方程式を作成。各銘柄の特性に応じた貸出レートを自動算出することで、高度なスキルを持つトレーダーのコア業務への注力や、同社が展開する「貸株サービス」の事業拡大に重要な役割を果たしています。
今後の金融変革を促すキーワードとして、高い関心を呼んでいる「
現在、証券業界では「
「当社でも1.0%以上の貸株金利を付与する『ボーナス銘柄』を100銘柄以上取りそろえるなど、独自の特色を備えた貸株サービスを展開しています。おかげさまで高い評価をいただき、この数年で貸株サービスを利用しているお客さまは約5倍に伸びています」と同社事務・システム本部金融市場室 室長代理の保坂 昌子氏は話します。
ただし、貸株サービスが急成長する中で新たな課題も顕在化していました。それが、個人投資家から借り入れた株を機関投資家に貸し出すレンディング・トレーダーの業務です。
「機関投資家との交渉は3人のレンディング・トレーダーが担当していますが、その件数は一日平均で約500件にも上ります。しかも、電話やメールによるアナログな交渉プロセスを踏むケースも多いため、取引が急増する中、すべての依頼にお応えするのは困難な面がありました」と保坂氏は明かします。
特にネックとなっていたのが、「保有している株をいくらで貸し出すか」という貸出レート決めの作業です。ここでは多岐にわたる複雑な要素を考慮する必要があるため、新規上場株のように情報の少ない銘柄や、数十から数百銘柄をひとまとめにしたバスケット取引と呼ばれる問い合わせには、適切な貸出レートを算出して機関投資家に回答するまでに30分程度を要することもありました。
「その間に他の証券会社から借りられてしまうと、当社にとって大きな機会損失となります。また、あまり取引がない銘柄の場合、市場ニーズとかい離したレートを提示する場合も出てきます。そこで、貸出レート決めの作業にAIを適用することで、この問題を解決できないかと考えたのです」と同社事務・システム本部 金融市場室 システム企画 担当の堀切 譲二氏は説明します。
図1 貸株の仕組み
個人投資家からカブドットコム証券が借り入れた株を、証券会社や機関投資家などに貸すことで、貸株料を受け取る。この貸出量やレートが最適化できれば、個人投資家に向けた貸株料(貸株金利)も最適化することになる
なぜ同社がAI活用に注目したのでしょうか。そのきっかけとなったのが日立のAI技術「Hitachi AI Technology/H」(以下、AT/H)との出会いだったといいます。「2016年の初め頃に、AT/Hの紹介を受ける機会がありました。その話を聞いているうちに、これはストック・レンディング業務の改善に生かせるのではとの発想が浮かんできたのです」と堀切氏は振り返ります。
先にも触れたとおり、新規上場株や市場需要が急激に変化しているような銘柄については、トレーダーが持つ専門的な知識やノウハウに基づいた高度な判断が欠かせません。しかし、それ以外の銘柄については、数値解析を得意とするAT/Hによる自動的な貸出レート算出が可能なのではないか――。そう考えた同社では、早速、日立と共同で実証実験に踏み切ることを決断したといいます。
今回構築されたシステムでは、「過去のトレーディングにおける実績データ」や「需給バランス」「各種株価指数」「個別銘柄の株価」「為替レート」など、1,000種類以上にも及ぶ数値データを分析し、適切な貸出レートを導くための予測方程式を作成。さらに、この予測方程式に直近のトレーディングデータなどをパラメータとして加えることで、個別銘柄ごとの特性に応じた貸出レートを自動的に算出します。
こうして算出されたレートがトレーダーによるものと大差なければ、トレーダーの大幅増員などを行わなくとも、より多くの貸出注文に応えることが可能になります。その結果貸株サービスの業務拡大につながり、個人投資家に対してもより多くの貸株料を還元できるようになるということです。
「もちろん、今回のシステムでトレーダーの業務が完全に代替できるわけではありません。高度な判断が要求されるような銘柄はそれだけ収益性も高く、人による判断が不可欠です。そこで、優秀なトレーダーにはそうした業務に注力してもらい、残りの多数の銘柄についてはAIでカバーすることを狙いました」と堀切氏は語ります。人の強みとAIの特性とをうまく組み合わせた“二人三脚”により、最適なトレーディング環境の実現をめざしたのです。
数か月にわたって実施された実証実験において、AT/Hはその実力を存分に発揮。対象として設定した銘柄に対し、トレーダーの判断とほぼ近似した貸出レートを算出することに成功しました。
実際にストック・レンディング業務の最前線で活躍するトレーダーもAT/Hを「少し高めかなと思うようなレートが算出された場合も、ちゃんと取引が成立するので感心しました。これなら十分、実業務で使えるとの手応えをつかんでいます」と高く評価します。
同社ではこうした成果を踏まえて、2016年9月から本格的に実業務への適用をスタート。貸株サービスで取り扱う約3,500銘柄に対し、AT/Hに よる貸出レート決めを導入していきます。これにより、ストック・レンディング業務の効率化や同社の今後のビジネスの成長にも、大きな効果がもたらされることになります。
「AT/Hによる自動レート算出を利用すれば、大量の銘柄を含むバスケット取引でも瞬時に結果を出せるため、まとめて算出されたレートの中から、適正でないものをチェックするだけで済みます。従来は『対象株が貸出可能な状態か』『大きなニュースは起きていないか』といった、細々とした確認作業に時間を取られることが多かった。今後は機関投資家への対応も大幅にスピードアップできるはずです」と保坂氏は期待を込めます。従来は対応に30分程度かかっていた複雑な案件についても、今後は5分程度で回答できるようになる見込みです。
このようにして業務スピードが向上すれば、当然機会損失も大幅に減っていくことになります。「これまで実際に貸し出せていた株は、貸株用として保有する株の約50%程度。今回AT/Hを導入したことで、この比率を75%程度くらいにまで高めていきたい」と堀切氏は話します。
AT/Hの実業務適用を支援した日立への評価も高く、「単なる研究・実験レベルにとどまらず、実用化にまでこぎつけられたのは、日立の実業務に照らし合わせた提案があればこそ。また、今回のプロジェクトではAT/Hをサービス形態で利用しています。これにより、一般に敷居が高く感じられがちなAI活用を、スモールスタートで始めることができました」と堀切氏は満足感を示します。同社ではストック・レンディング業務に限らず、今後もさまざまな分野にAT/HをはじめとしたAIを積極的に活用し、新たなビジネスを切りひらいていく考えです。
図2 AT/Hを活用したストック・レンディング業務の概要
過去のトレーディングデータなどをはじめ、大量かつ多様なデータから最適な貸出レートを瞬時に作成。トレーダーの業務効率化を実現することで、注文への迅速な対応が可能となるほか、取り扱い銘柄の拡大などが図れる
[お客さまプロフィール] カブドットコム証券株式会社
[本社]東京都千代田区大手町1-3-2 経団連会館6F
[設立]1999年11月19日
[資本金]71億9,600万円
[事業概要]三菱UFJフィナンシャル・グループにおけるネット金融サービスの中核会社として、多彩な金融サービスを展開するインターネット証券会社。先進的なITの活用にも意欲的に取り組んでおり、国内大手ネット証券では唯一、システムの完全内製化を行っている。