株式会社 日立製作所
マネージド&プラットフォームサービス事業部
フロントエンゲージメント推進本部
第一ソリューションエンジニアリング部
担当部長
平山 浩二
昨今、多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる。成果を出している企業がある一方で、なかなかうまくいかない企業も多い。なぜ企業によって進捗に差が出てしまうのか、成功のポイントはどこにあるのか。DXという言葉が存在しなかった時代からデジタル変革に取り組み、現在はDXを始めとする産業系各種案件の総合窓口を務める平山浩二に話を聞いた。その内容を、前後編に分けて紹介する。
DXに挑戦するお客さまが多数いるなか、なぜ思うような成果を挙げられないところがあるのでしょうか。
多くのお客さまが、組織間で情報が分断された状態でDXを進めているからだと考えます。DXは単なるデジタル化ではありません。デジタルを活用して組織・ビジネスを変革する取り組みなので、部門間の壁を越えて取り組む必要があります。しかし、一部門や個人ごとにDXに対する意識の高さや知識の豊富さはバラバラです。一部の意識の高い人たちで構成された部門だけでDXに取り組むと、現場の状況を踏まえることなくDXを推進してしまうケースもあります。
例えば、お客さまの中にはDX推進に関するすばらしい構想と計画を立案されたものの、実は現場ではまだ紙とペンによる処理を行っており、そのことをDX部門は理解していなかった、把握していなかった、ということがありました。これではDXはうまく進みません。
なぜこうした失敗が起きてしまうのでしょうか。
お客さまの大半がDXは本業ではないという難しさがあることが、理由の1つではないでしょうか。そのため、ともするとデータ収集や分析手法に気を取られて、本来の目的を見失ったり度外視のコスト投入をしてしまったりするケースがあります。例えば、ある食品メーカーではトップダウンでDXを推進することになり、トレーサビリティーの仕組みを作られたのですが、投資額が過剰に膨らんでしまい、その結果食品のトレーサビリティーは実現できましたが、投資コストの回収にはその食品を今まで以上に製造、販売しないと回収できない結果になってしまいました。
実は、私自身もコストの面からDX推進の提案で失敗した経験があります。農業IoTに取り組もうと田畑に各種センサーを設置して気温、水温、土中の温度、酸性度などを見える化して高効率な農業の実践を提案したのですが、多くの田畑では基本的に休耕期間が存在するのです。例えば米を生産する田んぼの場合、休耕期間が半年間にもわたるのにその期間も利用料が発生するのは、投資対効果として見合わないと厳しいご指摘を受けました。このときに現場での業務内容をしっかり理解しておく必要があると気づきました。このような過去の反省をもとに、現在では業界知識(ドメインナレッジ)が豊富なフロントビジネスユニットと一緒に活動をし、現場の業務内容に沿った提案をするよう心がけています。
DXは一筋縄では進みませんね。企業にとって難しい挑戦になると思いますが、推進は避けられないのでしょうか。
すべての企業が取り組むべきだと思います。企業には提供価値の向上が求められる一方で、人手不足は加速しています。少ない人数で顧客満足度の高いサービスを提供するには、デジタル活用は避けられません。
企業にとっては、デジタル活用が急務になっていることも理由の1つです。例えば、最近の飲食店ではメニューがなく、その代わりにスマートフォンでQRコード※を読み込んで注文する仕組みの店が増えていて、スマートフォンがなければその店では注文をしにくくなります。マイナンバーカードも使わざるを得ない方向に向かっています。周囲の環境に合わせなければ、ビジネスは立ち行かなくなってしまいます。
費用対効果に見合っていて、なおかつ成果を出せるようDXを推進するには、どうすればいいのでしょうか。
次の6つのポイントを押さえるべきではないかと、私は考えています。
各ポイントの具体的な内容を、1つずつお聞かせください。
経営トップはビジョンを語るものです。DX部門はビジョンをミッションに落とし込む必要がありますが、これがうまくできていない組織が少なくありません。具体的には定量的なミッション、すなわち計測可能なKPIが必要です。定性的なミッションでは、ビジョンの焼き写しになってしまいます。KPIがないと、先ほどご紹介した食品メーカーのように、効果に見合わない投資を行ってしまいかねません。
自社内でKPIを含むミッションを描くことが難しい場合は、当社がご相談に応じています。その際、的確なアドバイスをするためにお伺いしているのが、お客さまがめざしていること、具体的なお困りごとです。
ただし、これらのことをお聞きしても、実現できないことはできないとその時点ではっきりとお伝えします。夢ばかり語ることはありません。例えば、あるお客さまは他ベンダーとロボットの予兆検知に取り組まれていたのですが、何年たっても実現できないと当社へ相談されました。それもそのはずです。そのお客さまのロボットは、非常に優秀で壊れないためです。予兆検知はさまざまな故障データを収集して分析する必要があるので、ロボットが壊れない限り異常を検知できません。このようなご説明を提案時にきちんとしなければ、お客さまと信頼関係を築き必要な情報をお話いただくことは難しいと考えています。
当社では失敗を含め、DX推進について多くの経験をしてきました。そのため、お客さまから相談を受けた時には、多くの場合類似した事例をご紹介できます。ストライクゾーンを広くとって、お客さまから受け取ったイメージ通りに推進が難しいものの、こういうアプローチなら進めやすいのではないかといったご提案をすることもあります。
DXのゴールをイメージするときは、自社にとっての“ありたき姿”をイメージするとよいでしょう。どのように業務を変革していきたいか、サービスをどのように提供したいかなどを整理します。“ありたき姿”が固まったら、それを全社もしくは組織横断規模で共有する必要があります。社内で足並みをそろえて目標達成に向けて進むためには、全体の底上げや情報共有は欠かません。当社のような社外のパートナーに対しても、可能な限り情報を共有いただくことが、結果的には適切な提案につながります。
目標が定まったら、そこへどう到達するかの大筋を作成するわけですね。
DXは迅速に結果を出すよう求められるケースが少なくありません。ただし、結果を出すためにむちゃをして最短ルートを行こうとすると、DXが失敗に終わる可能性が高まってしまいます。重要なのは、着実に歩を進められる道を選択することです。たとえ回り道のように見えても、その方が結果として手戻りが少なく、ムダなコストがかからない場合が多くあります。
そこで、着実にDXを推進するために、段階ごとにKPIを設定したロードマップを作成することをお勧めしています。そうすることで、目標を見失わずに前進できるだけではなく、小さな成功を繰り返すことができてメンバーのモチベーションアップにも寄与します。経営層に対してロードマップを示し、現時点での成果や進捗を報告することで、次の投資を得やすくなるという効果もあります。
計画立案において役に立つのが、デジタルを活用して新たな価値を創出する、当社の顧客協創フレームワークを活用します。これは、元々あらゆる業種業態に適用できるDX基盤の日立のLumadaアーキテクチャーから生まれたものです。データの収集・加工・分析という基本的な流れの中で、それぞれの工程に必要な機能を網羅しています。すでに多くの実績があるこのフレームワークに、お客さまのデータの種類ややりたいことを当てはめていくことで、何が足りないかがひと目で分かります。
着実に前進できる道を選ぶという意味では、DXは登山とよく似ていますね。最短ルートで山を登ろうとすると、より高度な装備や能力が求められます。無謀な計画ではリスクも多く、失敗する可能性が高まります。むしろ急しゅんな坂は直線ではなくつづら折りで登った方が、安全にコストをかけず登ることができるのです。
ありがとうございます。後編では、残り4つのポイントの内容をうかがっていきます。