株式会社 日立製作所
研究開発グループ
サステナビリティ研究統括本部
コネクティブオートメーションイノベーションセンタ
研究者智田 崇文
日立の最適化ソリューションを支えるエキスパートを紹介するインタビューシリーズ。今回は、計画最適化の技術開発のエキスパートである智田崇文に話を聞きました。日立グループ内外の数多くの案件を担当し、数理最適化技術の先進研究機関の一つであるドイツZuse Institute Berlinでの研究も経験してきた智田に、これまでのキャリアと日立の最適化技術の特長、専門知識に基づく最適化技術の展望などを語ってもらいました。
大学院では機械物理工学を専攻して、数値シミュレーション技術を使った振動解析の研究をしていました。就職に際しては技術開発に重きをおき研究機関を持っている民間企業を志望していました。工場を見学したときに、大学の授業で学んだ最適化技術が実際にサプライチェーンや工場の計画に使われていることに興味を持ち、日本の製造業を支えられることへの魅力を感じて日立の生産技術研究所に入りました。入社後は、日立グループ内の生産システム改革や製品開発のプロジェクトに参画して、半導体の生産ラインや製造装置のウエハ搬送計画、昇降機のメンテナンス計画、特殊鋼の生産改革や生産計画など、さまざまな業種や工程の最適化に関わってきました。その間に1年間、共同研究推進のためにドイツZuse Institute Berlinに研究滞在しました。現在は研究マネージャーとして、計画最適化技術の高度化と、これまで日立グループで培ってきた計画最適化技術を特長とした外販ソリューション開発に従事しています。
全社研究所に属しており、最終的には計画最適化技術の開発に責任を持つ立場ですが、こういった問題を解きたいと定められた要求仕様に対してコアとなる最適化アルゴリズムのみを開発する、といったスタンスではありません。研究所に閉じこもっているのではなく、案件によってはコンサルタントの役割も担ってお客さまと直接議論をし、お客さまの経営課題をどのように解決するかに主眼をおいて技術的なチャレンジをする研究組織として活動しています。「将来こういった課題を抱えるようになるのでは?」という仮説を立て、それを解決するためのソリューションの構想と実現するためのコア技術開発が私たちのタスクになります。また、現在のポジションである主管研究員としては、技術的な知見や経験を有するエキスパートとして、研究プロジェクトにおいて、お客さまの経営課題や技術課題に対するアプローチへの助言をしたり、将来の技術開発戦略の立案に責任を持つ立場でもあります。
最適化技術や計算機技術の進展によって、部門ごと個別業務の計画最適化はかなり進んできたと思います。最近では、業務と業務をつないで、例えば生産とロジスティクスを同時に計画しましょう、といった取り組みが増えてきました。この先を考えると、やはりサステナビリティが求められることでしょう。サステナビリティというとCO2排出量削減に代表されるグリーン化に意識が行きますが、例えばサプライチェーンマネジメントの文脈でいえば、社会的な責任であるグリーン化だけではお客さまの事業のサステナブルな成長には不足であり、経営環境変化へのレジリエンスや、消費者や労働者をはじめとするステークホルダーのウェルビーイングの実現といったものまで求められます。このような課題は一社だけの取り組みで解決できるものではないため、企業間でどう連携し、協調していくかを考える必要があります。そういった協調型サプライチェーンの実現にテクノロジーで貢献できればと考えています。
生産設備の動作計画から工場全体の生産改革、拠点を横断するサプライチェーンマネジメントといったテーマでいくつもの最適化の案件に携わってきましたが、その中で印象的だったのは、生産計画に課題がある特殊鋼の工場です。熟練の計画担当者が毎日立てていた生産計画を、私たちの最適化技術を使って自動化しようとしたのですが、高い製品品質を維持するために特殊鋼生産の計画立案には添加成分の管理や温度管理など必要な製造ノウハウがとても複雑であり、はじめは「そんなことはできるわけがない」という反応でした。そこで別の工場での経験に基づき、生産工程の制約や計画担当者のお困りごとなどを推測しながら担当者とのヒアリングを進め、暗黙知をひも解いていきました。開発したプロトタイプを見ていただいたところ「魔法のようだ」と驚かれて嬉しかったことが印象に残っています。実際の業務に適用頂いた結果、従来は多くの部門の担当者が集まり1週間程度かけて生産計画を立案していたのに対し、自動で素早く立案できるようになりました。これにより需要が変動した際に即座に生産計画の見直すことで在庫を適正化できるようになりました。
経験からの学びという観点では、この案件に限った話ではないのですが、計画最適化にとって重要なことはアプリケーションドリブンで進めていくことです。例えば量子コンピューターやAIといった新しい技術によって何かの問題が解けた、というニュースが流れると、お客さまから「量子コンピューターを使ってほしい」とか「新聞で見たAIで解けるんじゃないの」といったご相談を受けることがあります。しかし、そうした手段先行のアプローチはプロジェクト失敗の大きな要因であり、業務課題と向き合った分析やプロトタイプでの試行を重ねていかないと最良のアルゴリズムを見いだせないと実感しています。
やはり日立が幅広い実業で蓄積してきた業務知識は、計画最適化にとって大きな強みになると思います。お客さまから求められた仕様に応じたアルゴリズムを開発して納めているだけでは、往々にして現状業務を自動化するにとどまり、お客さまのご期待を超える計画を立てることはできません。業務知識を持つからこそ、例えば、「お客さまにとって、この業務制約は本当に必要でしょうか?業務のやり方を変えることで、より効果を大きくしたり、別の業務価値を生み出すことができます」といった提案をすることができます。さらに言えば、先ほどお話ししたサステナブル社会をめざすには、ある業務や一つの部門の効率化を実現するだけではなく、企業と企業の業務をつなげる、蓄積したデータをつなぎ合わせる、といったことが必要になってきます。そのような場面では、いろいろな立場のステークホルダーの調整が求められ、日立のさまざまな事業経験に基づく業務理解が強みとなります。
一つの企業にとどまらず、企業や異業種を連携した計画最適化によって、社会や人々に新しい体験を提供していければと考えています。そのためにはまず、近年の産業IoTの進展により蓄積されつつあるデータの可視化やデータ分析によりインサイト(洞察力)を得て、解くべき課題を特定することが重要だと思っています。技術的な観点では、生成AI技術をはじめ、楽しみな技術が急速に発展してきており、これらを活用した新しい生産システムを創生するチャンスであると考えています。例えば近年、学会では「Adaptive Cognitive Manufacturing Systems」というものが提案されていますが、これは単なる業務自動化を超えて、生産システムが状況の認知力を備えて自己進化していく世界です。さらに、サプライチェーンや社会全体の最適化になると、システムにおいて「人」の意思も大きな要素として入ってくるので、人の知見や体験も積極的に取り込んでいき、「AIだけ」、「人だけ」ではできない、新しい価値を創生する最適化技術の開発に取り組んでいけたらと考えています。
2001年入社
入社後、一貫して数理最適化技術、離散事象シミュレーション技術の産業応用研究に従事
サプライチェーン計画、生産設備のコンフィギュレーション・動作順序計画などの計画最適化技術に加えて、半導体不良要因工程の推定技術など生産分野における幅広いソリューション開発と現場適用の経験を有する。
2014年には数理最適化技術の先進研究機関であるドイツZuse Institute Berlinに研究滞在、以降、オープンイノベーションによる技術強化を推進
近年では、日立グループで培った業務知識を強みに、次世代生産システムの研究開発と研究成果のソリューション事業化に取り組んでいる。
博士(工学)