2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、産業界ではエネルギー利用効率の向上をめざした高効率設備やエネルギーマネジメントシステムの導入が進みつつありますが、コストや人財面での負担が新たな課題となっています。そうしたなか、株式会社日立パワーソリューションズは2022年10月に、お客さまの負担を軽減しながら高効率なエネルギー供給設備の利用とデジタルトランスフォーメーション(DX)によってエネルギー運用の最適化を可能にする「マイクログリッド型エネルギー供給サービス」をビジネス化しました。このサービスをビジネス化した背景、モデルケースの概要や今後の展望について、本サービス全体のコンセプト策定とプロジェクト推進に携わる同社のソリューション事業推進本部 フロントエンジニアリング部 佐野賢治担当部長に伺います。
年々影響が深刻化する気候変動への対策として、温室効果ガスの排出削減が国際社会の喫緊の課題となっています。2023年12月に開催された「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)」では、再生可能エネルギーの発電容量を2030年までに3倍にすることに加え、エネルギー効率の改善率を2倍にすることが合意文書に盛り込まれました。このことは、温室効果ガス削減には、エネルギーの脱炭素化の推進とともに、省エネルギー化の徹底による化石燃料由来のエネルギー消費の抑制が重要であることを示しています。
こうした背景から、お客さまのカーボンニュートラルとグリーントランスフォーメーション(GX)に向けた取り組みを支援するため、日立パワーソリューションズは、2022年10月から「マイクログリッド型エネルギー供給サービス」のビジネスを開始しました。このサービスは、コストや人財面での負担を軽減しつつ、高効率エネルギー設備の導入とデータ活用によるエネルギー利用の最適化を実現するものです。
このサービス全体のコンセプト策定に携わり、ビジネス化プロジェクトを推進してきた佐野さんは、ビジネス化の背景について次のように話します。
「構想そのものは数年前からありましたが、ビジネス化を決定する上での大きな後押しとなったのは、やはり政府の2050年カーボンニュートラル宣言でした。2020年10月、日本政府が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとするカーボンニュートラルをめざすことを表明し、その宣言をきっかけに官民を挙げたエネルギー改革が加速しています。そしてもう一つ大きな背景と言えるのが、労働人口の減少です。労働人口の減少によってエネルギー設備の管理・運用、データ管理などに携わる技術者が不足したり、熟練技術者の定年退職によりナレッジの伝承が滞ったりするといった問題も起きています。企業における省エネルギーは単に電力使用量を削減すればいいというものではなく、熱も含めたエネルギー全体の利用効率向上などの多角的なアプローチが必要です。しかし、省エネルギー関連設備への投資や、設備の運用・保守・資産管理、エネルギーや設備の利用データの管理と活用などが求められ、コストや人財の面で新たな負担も生じます。そのため、設備の導入から管理・運用にかかるコストと人財面での負担を軽減しながら、エネルギー効率を最適化するサービスの必要性が高まっていると考え、本サービスのビジネス化を決定しました」。
佐野さんをはじめとするプロジェクトのメンバーは、そうしたニーズをお客さまへのヒアリングなどから把握したといいます。
「2020年以前は、脱炭素施策として太陽光発電設備を導入する際などの意思決定は、各拠点や事業所単位で行っているケースが多い印象でした。それがカーボンニュートラル宣言以降は、導入判断が経営層まで上がり、導入方式、運用管理の負担、中長期的観点での拡張性、変化への対応など、検討される項目も増えています。脱炭素化が環境対策というよりも経営課題として意識されるようになり、単に設備の導入だけでなく、より高いレベルでのエネルギーの最適化が求められていることを実感しています」。
株式会社日立パワーソリューションズ ソリューション事業推進本部 フロントエンジニアリング部
佐野 賢治 担当部長
このような背景からビジネス化された「マイクログリッド型エネルギー供給サービス」は、お客さまのカーボンニュートラル実現をめざし、再生可能エネルギー発電システムや熱電併給システムなどのエネルギー供給設備に、エネルギー&ファシリティマネジメントシステムを組み合わせたサービスです。
ポイントは、エネルギー供給だけでなく、エネルギー設備の運用、保守、資産管理などのファシリティマネジメントサービスを併せて提供することです。ファシリティマネジメントでは、Lumadaのモデルを活用してお客さまのエネルギー運用データ、業務や設備の保守情報などのファシリティデータを分析し、評価、改善するサイクルをつくり、脱炭素化と現場業務の効率化・高度化を継続的に支援していきます。
「さきほど省エネルギー設備の管理・運用やエネルギー利用の継続的改善にかかわる人財の不足がお客さまの課題になっていると言いましたが、このサービスはDXによってそうした課題に応え、お客さまのGXを支援するものであると言えるでしょう」。
エネルギーの利用状況はお客さまそれぞれで異なります。そのため、本サービスは日立パワーソリューションズ単独で提供するのではなく、必要に応じてファイナンス関連企業やエネルギーサービスプロバイダ(ESP)などとのコンソーシアムを構成して提供します。
「お客さまが求めているのは単なるエネルギー供給ではなく、エネルギー利用の最適化によるサステナブルかつ高効率な事業運営という価値であると考えています」。
本サービスは設備の維持・管理現場のDXによる省力化・効率化などのお客さまの課題解決を主眼としており、一般的なESP事業との大きな違いもこの点にあります。加えて、事業所単位の「個別最適化」だけでなく、同じお客さまの他の事業所や、工業団地などの同エリアにおける複数事業所の課題を組み合せてトータルで解決していく「全体最適化」の観点でお客さまの脱炭素化とGXの継続的推進をめざす点も、本サービスの特色であるといえます。
ビジネスのイメージ図(エネルギー関連企業とのコンソーシアムの場合)
マイクログリッド型エネルギー供給サービスは、モデルケースとして茨城県日立市にある日立グループをはじめとした4事業所(*1)に導入され、2023年12月1日から運用を開始しています。佐野さんによれば、このモデルケースでは熱電併給システムを導入し、四つの事業所が共同で電力を利用するとともに、発電時の廃熱をクリーンルームの空調に活用しています。
「これにより、各事業所が単独でエネルギー供給を受けるよりも効率的なエネルギー利用が可能となり、カーボンニュートラルの実現に貢献しています。運用開始からまだ1年未満のため成果はこれからですが、試算(*2)では4事業所のCO2排出量全体の約15%、年間約4,500tを削減できる見込みです」。
このモデルケースの特長は、熱と電気とのエネルギーバランスの最適化を実現するシステム構成であるということです。ただ、熱と電気という二つの要素があるために、システムの構築においては事業所ごとのエネルギーに関する要望にばらつきが生じてしまったことが課題となりました。
「難しい課題でしたが解決に漕ぎつけたことにより、複雑な状況下で最適な答えを導き出す方法や、本サービスをハブとしてエネルギーや設備管理に関する課題を解決する方法などのノウハウが蓄積できました。それらは今後、お客さまのカーボンニュートラル実現に向けた、複数拠点におけるエネルギー利用の全体最適化にも役立つと考えています」。
日立市の事業所に導入したマイクログリッド型エネルギー供給サービスのイメージ図
また、日立製作所と日立パワーソリューションズは、このモデルケースに今後Lumadaを活用して、エネルギー設備のさらなる高効率運用やカーボンニュートラルの実現に向けた継続的な改善を行い、その知見を蓄積することで、お客さまへのサービス提供に生かしていく計画です。
加えて、このモデルケースを、2023年9月より構築を進めている、関東圏にある日立グループの複数の事業所をデジタルでつなぎ、需要と供給の両面から複数拠点にまたがるエネルギー利用や設備管理業務の全体最適化を図る多拠点エネルギーマネジメントシステムの一翼を担うものと位置づけています。
日立グループでは、2030年度までに自社の事業所・生産活動におけるカーボンニュートラルを実現するという環境長期目標を掲げており、その達成に向けても、こうしたグループ内の取り組みから得られる知見を活用していく方針です。
カーボンニュートラルの実現に向けてさまざまな施策が講じられているなか、2024年7月には政府と金融機関とでGX投資に取り組む民間企業の金融支援を行うための中核組織として「GX推進機構(脱炭素成長型経済構造移行推進機構)」が設立されました。これにより、カーボンニュートラルを支えていく革新的技術の研究開発や社会実装の加速が期待されるとともに、社会全体で脱炭素支援ビジネスが拡大していくことも予想されます。こうした流れを受けた市場動向を、佐野さんは次のように見ています。
「電力系統全体において再生可能エネルギーの占める割合が増えていくと、天気や時間帯で発電量が大きく変動するという特性に対応するための技術、システムなどの必要性が高まります。例えば、余剰な電力を吸収するための蓄電池システムの普及や、CO2の発生を極力抑えながら不足する電力を補うためのカーボンニュートラル燃料(*3)を使用した熱電併給システムの導入により、発電量の変動に対応する調整力の強化が期待されています。また、脱炭素化と経済性の両立を図りつつ電力系統全体の需要と供給のバランスを考慮した最適なエネルギー運用を行うためには、VPP(*4)やデマンドレスポンス(*5)などの技術が必要であり、デジタル技術の果たす役割が大きくなるでしょう。今後の脱炭素支援ビジネスでは、そのような複雑な運用に対応できるソリューションが求められると考えています」。
日立パワーソリューションズでは、まさにそうしたデジタル活用の時代に向けた取り組みとして、先述した多拠点エネルギーマネジメントシステムとその一環であるマイクログリッド型エネルギー供給サービスのほか、ファシリティマネジメントをas a Service型で提供するEFaaS(Energy & Facility Management as a Service)、遊休地を活用したオフサイトからの再生可能エネルギー供給ビジネス(*6)などを推進しており、それらを含めた脱炭素支援ビジネス全体で2030年に400〜500億円規模の売上をめざしています。
エネルギー&ファシリティマネジメントサービス事業のイメージ
脱炭素をはじめとして社会課題の複雑化が進む今日、課題解決にはそれぞれの企業単独ではなく、複数社での協創が不可欠になっていると佐野さんは指摘します。
「エネルギー利用に関しても、社内の複数拠点や異業種も含めた複数企業がパートナーとなってエネルギーの共同利用、設備・システムの共同利用、ナレッジやリソースの交換などを行うことで脱炭素化・省エネルギー化を加速できるケースも多くあります。複数のお客さまや拠点それぞれの課題を把握し、異なる要望をすり合わせて解決を図ることは簡単ではありませんが、それだけに私自身としてもやりがいを感じる仕事です。日立はそうした複雑な課題にも応えられるソリューションの提供を通じ、今後もお客さまのGXと脱炭素社会の実現に貢献していきます」。