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多様化するニーズに応える日立の新型原子炉 ―― 革新軽水炉HI-ABWRと小型軽水炉BWRX-300

記録的な猛暑や豪雨災害など、世界各地で気候変動の影響が顕在化するなか、急がれる脱炭素社会の実現。主要な温室効果ガスである二酸化炭素の排出削減に向け、再生可能エネルギーとともに原子力発電への関心が世界的に高まっています。日立グループは長年にわたって蓄積してきたBWR(Boiling Water Reactor:沸騰水型軽水炉)に関する技術と経験を生かし、「安全性」と「経済性」を追求してお客さまのニーズに応える新型炉を開発しています。その技術のポイントと社会的な意義について、日立GEニュークリア・エナジー株式会社で新型炉の技術開発を統括する松浦正義主管技師長に伺います。

日立GEニュークリア・エナジー 主管技師長
松浦 正義 さん

安定性とエネルギーセキュリティで再評価される原子力

深刻化する気候変動問題を前に、日本を含めて150以上におよぶ国と地域が2050年までにカーボンニュートラル*1を実現することを目標に掲げています。目標達成には、とくに温室効果ガス排出量の大きいエネルギー領域での取り組みが効果的であることから、再生可能エネルギーと同様に発電時に二酸化炭素を排出しない原子力発電への期待も高まってきました。米国では約30年ぶりの新設となる新型炉が2023年7月に商業運転を開始したほか、世界各地で新設計画が進んでいます。

その背景には、カーボンニュートラルの実現に向けて再生可能エネルギーの導入が進むなかで、気象条件による変動が生じやすい再生可能エネルギーを生かしつつ電力の安定供給を維持するには、安定的に大きな電力を供給できる原子力発電がベースロード電源として必要であるという認識の広まりがあります。

さらに最近では、ウクライナ情勢の影響を受け天然ガスの供給不安と価格高騰が起きたことも、原子力発電の再評価につながっていると、松浦正義主管技師長は指摘します。

「原子力発電の燃料となるウランは化石燃料に比べて価格変動が少なく、同じ電力を生みだすのに必要な重量も少ないため輸送費用の面でもメリットが期待されます。一般的に、原子炉に一度燃料を入れると1年間は停止せずに運転でき、燃料自体も4〜5年は使用できるため長期間の安定運用が可能です。エネルギーセキュリティの強化という観点からも原子力の必要性が高まっていると言えるでしょう」。

そうした背景から世界各国、原子力メーカーをはじめとするさまざまな企業が安全性や経済性の向上をめざして新型炉の開発を加速しています。日立GEニュークリア・エナジーでは、電気出力1300MW級の大型軽水炉*2である革新軽水炉HI-ABWR(Highly Innovative Advanced BWR)と、300MW級の小型軽水炉BWRX-300という、2種類の新型炉をラインアップしています。

*1
カーボンニュートラル
二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの実質的な排出量をゼロにすること。
*2
軽水炉
原子炉内の核分裂で発生した中性子の速度を落とし連鎖的な反応を起こしやすくする「減速材」と、核分裂で発生した熱を吸収する「冷却材」に軽水(普通の水)を使用する、最も一般的な原子炉。

事故の防止と影響緩和の観点から安全性を追求したHI-ABWR

2つの新型炉はそれぞれどのような性能を持つのでしょうか。

まずHI-ABWRの大きな特長は、建屋の外壁強化や機器の分散配置、静的安全システムなどによる「事故の防止」と「重大事故時の影響緩和」という2つの側面から安全性を追求した最新の安全設計です。日立GEニュークリア・エナジーでは福島第一原子力発電所事故のあと、事故の教訓を反映した国内の新たな安全規制と、英国および欧州の安全審査の基準を満たす「国際標準ABWR設計」を確立しました。この設計に基づくABWRは、2017年に英国内で建設可能な標準設計として認証されていることから英国(United Kingdom)の略称を冠しUK ABWRと呼ばれています。HI-ABWRは、認証実績を持つUK ABWRをベースに新たな安全メカニズムを搭載した革新軽水炉として実現をめざしており、早期の実用化が可能な炉型であると言えます。

HI-ABWR 建屋断面イメージ図

「重大事故の防止および影響緩和」の観点で採用されているのが、いくつかのシステムで構成される「静的安全設備」です。なかでも重大事故への進展を防止するカギとなるのが静的炉心冷却システムです。これは炉心(燃料のある部分)を収容する原子炉圧力容器*3よりも高い位置に冷却水源を設置することにより、冷却材である水を循環させるためのポンプに電力が供給できなくなっても、自然循環で炉心を冷やせる設備です。「冷却水源にはあらかじめ24時間にわたって原子炉を冷やせる水量を用意してあり、この冷却水源に水を補給さえすればさらに作動時間を延ばせます。重大事故への進展防止の対策を遂行するための時間的余裕を持たせることがこの設備の大きなねらいです」と松浦さんは説明します。

万一、炉心溶融が発生し原子炉圧力容器から溶融した燃料が格納容器内に落下した場合、デブリ(溶融燃料)の輻射熱によって格納容器内のプール(サプレッションプール*4)に連通する溶融弁が作動し、重力によって冷却水を供給することで重大事故の影響を緩和する、静的デブリ冷却システムという仕組みも構築しました。原子炉もデブリも動力を使わずに冷却できるシステムにより、運転員の操作が困難な場合でも原子炉を安全に冷やすことが可能になっています。

*3
原子炉圧力容器
燃料とその出力を制御する制御棒、減速材および冷却材としての水などを収めた鋼鉄製の容器。
高温高圧に耐える堅牢な構造が求められる。
*4
サプレッションプール
原子炉格納容器の底部に設置される、大量の水を貯蔵する設備。冷却材喪失事故の際、蒸気で原子炉格納容器内の圧力が上昇した場合に、蒸気をプールに流入させることで冷却し、格納容器内の圧力を低下させる。非常用炉心冷却系の水源としても利用される。

静的炉心冷却システム(右上)と静的デブリ冷却システム(右下)

放射性物質の外部放出を抑える新開発フィルタ

重大事故時には放射性物質の外部への放出を抑えることも重要です。原子炉圧力容器の損傷などで原子炉格納容器*5の圧力が上昇すると、破損を防ぐために内部の気体を放出し圧力を下げるためのベントを行う必要があります。その際に放射性セシウムなどの核分裂生成物の放出を抑えるためのフィルタベントシステムは従来から備えられてきましたが、HI-ABWRでは従来システムよりも放射性ヨウ素の除去効率を高めた「新ヨウ素除去フィルタ」を開発、採用します。

「従来のフィルタベントシステムでは放射性希ガス*6類までは除去できません。そこで、水蒸気と水素は通し、希ガスは透過しない膜を用いて希ガスを除去する『希ガスフィルタ』を開発しました。これによって事故時に原子炉の安全性を確保しつつ放射性物質のほとんどを除去し閉じ込めることができるようになります。現在、より高機能な膜素材の開発を国の支援のもとで進めており、成果を適用していく計画です」。

さらにHI-ABWRでは、変動の大きい再生可能エネルギーをバックアップするため、電力消費状況に合わせて出力を調整する負荷追従性能を高めるなど、カーボンニュートラルの観点からもプラントを高性能化しています。

こうした数々の特長からHI-ABWRには高い関心が寄せられていると松浦さんは言います。
「電力会社への説明や学会発表などでも興味を持たれる方が多く、手応えを感じています。事故の教訓を反映した安全設備は既存の原子炉にも順次、付加していますが、HI-ABWRでは設計の段階からビルトインすることで合理的に安全メカニズムを導入していることがポイントです。さらに英国での設計・許認可の実績をベースに国の支援を得ながら開発している新技術などを取り込むという、革新的かつ実現性の高いアプローチが評価されています」。

*5
原子炉格納容器
原子炉圧力容器、冷却材の循環ポンプなどの主要な機器を格納している気密性の高い建造物。
事故により圧力容器から放射性物質が放出された場合に、外部への拡散を抑える役目を持つ。
*6
希ガス
ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)の6元素の総称で、化学的不活性などの特性を持つ気体。近年、英語表記がrare gasからnoble gasに改められたことから「貴ガス」とも表記される。

「安全性」と「経済性」を両立するBWRX-300

BWRの発展の歴史

BWRは1960年に運転開始した米国のドレスデン発電所1号機(BWR-1)を初号機として、以降BWR-2〜6では原子炉圧力容器外に配管を用いた再循環ループを設け、ABWRでは原子炉直付けの再循環ポンプを採用し、簡素化しつつ性能を向上し続けてきました。 これに続き、SBWR(Simplified BWR)・ESBWR(Economic SBWR)では自然循環のみで炉心を冷却できる方式を採用しました。BWRX-300は、BWR-1から数えて10番目となる最新の型炉(BWR-10)であることから、ローマ数字の10を意味するX(エックス)を名前に含みます。

BWRX-300の開発経緯について、松浦さんは次のように説明します。「一般的に原子炉は大きいほど経済効率が上がることから大型化が進んできました。一方で欧米では大型炉の建設遅延による建設費の増大などの理由から、近年は初期投資が小さく、モジュール工法を取り入れ工期短縮と品質向上をめざした小型炉に対するニーズも高まっています。そこで『経済性の高い小型炉』をめざして開発したのがBWRX-300です。経済性の向上には、安全性を確保した上でプラントシステム全体の大幅な簡素化を図ることが必要ですが、安全性と経済性はトレードオフになりがちです。その2つの要素を両立させる新たな概念が『隔離弁一体型原子炉』です」。

隔離弁とは、例えば原子炉圧力容器から発電用のタービンに蒸気を送る主配管の途中に設置され、異常発生時に閉鎖することで原子炉からタービンを隔離するための装置です。原子力発電所で想定される主要な事故に、原子炉冷却材が圧力容器から流出してしまう冷却材喪失事故(LOCA: Loss of Coolant Accident)がありますが、おもな原因がその主配管の破損です。従来の原子炉では圧力容器と隔離弁間の配管を溶接する構造のため、溶接部に破断リスクがありました。「このリスクを回避するため、BWRX-300では原子炉圧力容器に隔離弁をフランジ*7で直付けする構造としました。これにより、仮に配管破断が発生した場合でも、隔離弁を閉じることで冷却材が喪失するリスクを低減でき、LOCAの対応に不可欠であったポンプを用いる注水設備と発生蒸気を凝縮し圧力上昇を抑えるサプレッションプールが不要となるため、安全性を確保しつつ設備を大幅に簡素化することに成功しました」。

万一、重大事故が発生した際には「非常用復水器」による収束を図ります。これはHI-ABWRと同様に原子炉よりも高い位置に冷却材プールを設置し、自然循環で7日間にわたって炉心を冷やす仕組みです。プールに注水を行うことで冷却時間は延長できます。
「隔離弁一体型原子炉」による設備の簡素化は、計測・制御機器類の点数削減につながり、それらの故障リスク低減につながります。原子炉格納容器も小型化でき、建屋の容積とコンクリート使用量の低減、建設工期の短縮、結果的に建設コストと運転・保守コストの低減が可能となっています。

*7
フランジ
配管などの先端部の全周に設けられた刀の鍔(つば)のような部分あるいは部品の総称。
配管同士、配管と機器類などの接続に用いられ密閉性や強度、組立作業性に優れる。

原子力圧力容器とフランジで接続した原子炉隔離弁(左)と
原子炉よりも高い位置に設置した冷却材プール(右)

世界各国で新設プロジェクトの候補に選定

BWRX-300は、日立GEニュークリア・エナジーの米国の姉妹会社であるGE日立・ニュクリアエナジーと共同開発を行っていることも特色のひとつです。設備や燃料など採用している技術のほとんどはBWRやABWRでの使用実績があるだけでなく、ESBWRでも採用されている静的な安全系システムなど米国で設計認証済みの技術を活用することで早期実用化を可能にしました。

「現在、カナダのオンタリオ州向けに合計で4基のBWRX-300の建設計画があります。初号機は2028年にカナダのオンタリオ州で建設完了をめざしており、北米の規制に精通したGE日立・ニュクリアエナジーと、機器設計や製作、実証試験に強い日立GEニュークリア・エナジーが力を合わせることで、開発を効率的に推進しています。日米の連携には時差のほかにコロナ禍の影響もありましたが、オンラインの活用などで乗り切ることができました。
また、隔離弁一体型原子炉や自然循環による冷却などの新技術の開発では、日立GEニュークリア・エナジーで所有する、実物と同じスケールでつくられた世界最大級の実温・実圧試験設備(HUTSLE: Hitachi Utility Steam Test Leading Facility)を用いて性能を実証するなど、かなり労力も要しました。しかし、高い安全性と経済性の両立を実現できたことで、その苦労が報われた思いです」と松浦さんは笑顔を見せます。

BWRX-300はカナダのほか米国でも許認可手続きが進んでおり、エストニア、ポーランドで新設炉の候補に選定されています。英国では建設に向けて包括的設計審査(GDA: Generic Design Assessment)を申請しました。2023年3月には、カナダ、米国、ポーランドの事業者が共同で世界共通となるBWRX-300の標準設計の開発と、主要コンポーネントの詳細設計に資金を投資することも発表されました。

「カナダでの選定では、過去の実績・実証済みの燃料・安全性といった項目が他の炉型との比較で優れていると評価されたようです。米国やエストニア、ポーランドでも、完成度が高く実用化まで短期間であることが評価されています」。

BWRX-300 建屋断面イメージ図

大型炉と小型炉を揃えて多様なニーズに対応

このように、高い安全性をベースとし、それぞれ異なる価値を有するHI-ABWRとBWRX-300。
大きさの異なる原子炉をラインアップしていることには、どのような利点があるのでしょうか。

「原子力発電とひとくちに言っても、国や地域、電力会社などが置かれた状況によって、求められるものは異なります。欧米では規模が比較的小さい民間の電力会社が多いことから、初期投資を抑えられる小型炉の需要が急速に伸びています。一方、大規模な国営電力会社がおもに電力供給を担っている国や、経済発展のために電力需要が急増し、大規模な発電所が求められている国もあり、メーカーとして大型炉と小型炉を揃えて多様なニーズに対応する力を高めておくことが大切であると考えています」。

また、国内でも今後さらに地域ごとの電力需要が変化していくことが予想されるなか、お客さまの選択肢を増やしておきたいと松浦さんは話します。「HI-ABWRは大型炉であることから、出力あたりのサイト面積を小さくできるというメリットもあります。現在の国内の状況では新たなサイトを見つけることは困難ですが、データセンターの増加や電気自動車の普及など、カーボンニュートラル達成をめざす2050年に向けて、電力量の増大が大幅に見込まれ、大型炉のニーズの高まりが期待されます。BWRX-300のほうは、サッカー場ぐらいの広さの中に主要な建物が収まり建設に必要な土地が少なくて済むことも利点で、廃炉途上のサイトで空いているスペースを有効活用して建て替えを行うといったことも可能です。限られた立地条件下において電力量のニーズに柔軟に対応するには、大型炉と小型炉のベストミックスが必要であると考えています」。

優れた新型炉の社会実装を通じ、脱炭素社会の実現に貢献

日立GEニュークリア・エナジーでは、本記事でご紹介したHI-ABWR とBWRX-300に加え、燃料サイクルの確立に向けて使用済燃料に含まれるプルトニウムの利用を促進する軽水冷却高速炉RBWR(Resource-renewable BWR)や、GE日立・ニュクリアエナジーとの連携による革新的小型ナトリウム冷却高速炉PRISM(Power Reactor Innovative Small Module)の開発も進めています。

「日立GEニュークリア・エナジーは英国でUK ABWRの設計認証を完了させた経験を持ち、国内外で安全・規制要求にのっとった設計を実施できる技術と実績を持つことに加え、米国の姉妹会社であるGE日立・ニュクリアエナジーと連携した開発も行えます。日立が国内で半世紀にわたって継続してきたBWRの設計・建設経験をベースに、それらの強みを生かすことで、国内外のニーズや規制要求を捉え、世界の最先端の技術を活用した新型炉を開発することが可能です。カーボンニュートラルの実現とエネルギーの安定供給という点で改めて評価されている原子力発電において、社会のニーズに応える多様なソリューションを提供し脱炭素社会の実現に貢献していくことが日立GEニュークリア・エナジーのミッションです」と、松浦さんは力を込めます。

長年にわたって原子力分野の技術開発に携わり、現在は主管技師長として、新型炉開発全般の技術責任者を務める松浦さん。国内と海外それぞれにおいてエネルギーを取り巻く社会環境も大きく変化するなか、どのような思いで技術開発に取り組んできたのか最後に伺いました。

「原子力発電は核分裂で生じるエネルギーによって行うわけですが、これはアインシュタインの有名な公式 E=mc²(エネルギーEは質量mと光速cの2乗の積となる)で記述されているように、ほんのわずかな質量が膨大なエネルギーに変わるという宇宙の基本原理を利用した仕組みです。核分裂も、次なる目標である核融合も、この自然の原理をうまく活用するものであり、カーボンニュートラルという観点からも合理的なシステムであると言えるでしょう。研究のための研究ではなく使うための研究、つまり安全で経済的な新型原子炉を社会実装していくことを通じ、そうした理解を広めていきたいと考えています。福島第一原子力発電所の廃炉を着実に進めていくためにも、原子力技術の継承と発展は欠かせません。自分が学んできたことを後輩に伝えつつ、今後も新技術の研究と開発に、真摯に向き合っていきます」。

BWRX-300 発電所完成イメージ図

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