本シリーズ第4回となる今回は、情報ネットワークの専門家として、ネットワークの円滑な利用のための研究から政策提言まで幅広く取り組まれている東京大学大学院情報理工学系研究科教授の江崎 浩さんをお招きしました。江崎さんはデジタル庁シニアエキスパートとしても、日本のDX化を牽引されています。ここではエネルギーイノベーションを加速していくためのデジタル活用の推進のポイント、創出する価値、実現する未来などについてお話を伺いました。
前編では、日立東大ラボ・産学協創フォーラムの話を皮切りに、地域のエネルギーマネジメントにおいて企業が果たす役割について、また、DXによるエネルギー効率向上の効果、そしてカーボンニュートラル(CN)を進める上でのUI(ユーザーインターフェース)/ユーザーエクスペリエンス(UX)の重要性や法制度についてお話しいただきました。
山田:今年1月に日立東大ラボが開催した産学協創フォーラム「Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて」のなかで、「データ利活用で導くエネルギー・地域イノベーションによる価値創造」をテーマにパネルディスカッションを行いました。まずは、ディスカッションをお聞きいただいて印象に残ったことがあればお話しください。
江崎:ある大手総合化学工業メーカーさんが、「発電総量の削減に加え、化石燃料ベースの工場のオペレーションをいかに再生可能エネルギーベースに構造転換していくかが課題だ」とお話しされていました。その点については、東京大学の元総長で、現在、三菱総合研究所の理事長を務められている小宮山 宏先生がよく紹介されている事例がヒントになると感じました。
1960年代、北九州市周辺は、重化学工業地帯として発展し、経済の成長と産業の興降をもたらしましたが、一方でそれまでに経験したことのない公害問題ももたらしてしまいました。こうした公害への改善要請に対して、地元の企業は当初、企業活動が成り立たなくなると反発していました。しかし、利益向上、生産性向上という企業の基本に取り組んだところ、結果として公害が解消され、青空を取り戻すことができました。その後さらなる産業転換を行い、かつて工場だった場所は、今はデータセンターになっています。いわばこれがエコシステムなわけですね。この事例は、DX、さらにはGX(グリーントランスフォーメーション)の一つの手本になると思います。
企業としては、環境に良くても利益につながらないものには投資を躊躇しますが、それが企業の発展に貢献するのであれば投資をします。この考え方がSDGsのモデルであり、最近、経団連でもよく言われている「三方よし」ということです。
山田:「買い手よし、売り手よし、世間よし」という近江商人の経営哲学ですね。誰か一方にだけメリットがある状態では、全体として回らなくなるということは、現代において皆が直面し、実感していることだと思います。
江崎:しかも当時、社員の奥さんたちは夫に対し、「外で洗濯物が干せないのは困る。なんとかして」とプレッシャーをかけていたのだそうです。これは現在、主流になりつつある「ステークホルダー資本主義」に近い話です。ユーザーと企業と国が手を組んで問題の解決に当たり、その結果、青空の下で快適に洗濯できる環境と、生産効率を上げて利益が得られる経営環境、そして公害をなくすという国際公約、そのいずれもが実現でき、三者ともハッピーになったわけです。製造業の場合、生産過程を変えるなどしてこのような三方よしの体制をつくることが、今後ますます重要になっていくでしょう。
山田:まさに今、企業はエネルギーの面で同じような問題を突きつけられています。昨今の電力需給逼迫の状況の中で、どのようにして三方よしの状況をつくっていくのか、我々も本気で取り組まねばならないと考えています。この点についてお考えをお聞かせください。
江崎:大規模な自家発電能力を持ち、かつ電力消費量の多い企業が三方よしを実現する方法としては、ΔkW(デルタキロワット:短時間で出力を調整し、実需給を一致させる)の価値に注目し、地域のエネルギーの調整力として貢献していくべきだろうと思います。企業が社会貢献を前提に生産性向上に努め、電力の調整役を担うことができれば、全体として、現在調整力の機能の大部分を担っている化石燃料由来の発電所を減らすことができるでしょう。また同時に、電力会社と取引を行うことで電力価格を抑えることもできるはずです。
また、昨今の脆弱な電力供給システムから考えると、自家発電設備を持つ企業が地域にあり、非常時に停電を回避できるということは、近隣住民にもメリットになるでしょう。つまり、近隣のエンドユーザー、工場、国、そしてここでは電力会社も加えた四者によるエネルギー・エコシステムができるということです。そのような新しい構造が、今見えてきています。
山田:通常はエネルギーを大量に消費している大口需要家である企業が、非常時には逆に、地域にエネルギー供給を行う立場になる。企業が地域のエネルギーマネジメントにおいて、そのように貢献できる可能性があるという発想は、エネルギーのレジリエンシーの観点からも興味深いですね。
江崎:イオンモールの例も示唆的です。東日本大震災で最大の津波被災地の一つとなった宮城県石巻市では、イオン石巻ショッピングセンター(現:イオンモール石巻)が停電のなか1日も休まず営業を継続したことで、住民約2,500人の避難所となりました。避難所として指定されていたわけではないのですが、そこには食べ物も医療品も駐車場も自家発電設備もあり、避難所として成立する要素が揃っていたわけです。
実はイオングループ全体で消費する国内電力使用量は70数十億キロワットと、日本全体の約1%*1近くを占めています。つまり、ショッピングモールなどの商業施設の電力調整力が地域のエネルギーマネジメントに貢献できることは、数字上明らかです。ショッピングモールが非常時に地域の人々の避難所になり、エネルギーの供給拠点となるという前提があれば、地域の商店街との共生も可能になるかもしれません。
出典:経済産業省 資源エネルギー庁「令和3年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2022)概要版」
山田:最近、さまざまなリサーチのなかで、電力需要逼迫のピーク時に数%の電力消費量を調整できれば乗り切れることがわかってきました。このとき、調整の部分で需要側がどのようにデジタルを活用していけるかがカギとなると思います。東大では東日本大震災直後、江崎さんが中心となって東大グリーンICTプロジェクトを実施し、大きな成果を得たとお聞きしています。DX推進のポイントと効果はどのようなものだったのでしょうか。
江崎:このプロジェクトでは、数カ月間という短期間で学内の使用電力量を平均約30%削減することに成功しました。当時はまだ自動制御できるインフラが整っていなかったので、エネルギー使用状況を見える化し、アナログで省エネを呼びかけるというものでした。それでも大幅な削減ができました。ですから数%程度の調整であれば、デジタル化し、自動制御を行えば十分に可能でしょう。日本では昨年、萩生田経済産業大臣(当時)が節電協力を呼びかけ、各自が調整したことで乗り切ることができましたが、今後は、アナログな呼びかけという手法から、デジタルでの自動調整に転換していくべきだと思います。
また、私の研究室ではベアメタル(占有型の物理サーバ)のクラウド化に取り組みましたが、その結果、パフォーマンスを下げずに、70%程度の電力消費量削減を実現できました。当時、NTTグループも同じような研究を行い、各オフィスにある電力効率の悪いコンピュータをクラウド化することで、全体で見ればカーボンフットプリントの総量を低減できることを実証していました。そこで2012年、これらのデータを東京都環境局にお見せして、クラウド化、すなわちコンピュータのデータセンターへの移行による省エネの施策を提言したのです。それが、現在実施されている東京都の環境条例やクラウド利用による省エネ支援事業などへつながっています。
山田:クラウド化で実現できる省エネ率は非常に大きな数字であり、ユーザーに与えるインパクトも大きいと思います。グローバルの大手IT企業もクラウド化に注力していますね。
江崎:GoogleやAmazonは、自分たちのアプリケーションを使うことで80%節電できる、しかもデータセンターは100%再生可能エネルギーで動いているとPRしています。先ほどの「三方よし」と同じように、今後は、いかにステークホルダー資本主義のかたちに持っていけるかが、DX、GXのポイントなると思います。
山田:特に需要サイドのGXを進めるにあたっては、データに基づく科学的な説明が重要になりますですが、日本の場合、先ほどの事例のように、科学的根拠より大臣の呼びかけの方が効くといった面もあります。技術と人間の行動を結びつけるのは難しいですね。例えば、電気が逼迫している時間帯や、時間帯による電気料金の違いなどの情報が得られたとしても、エンドユーザーが行動を変容させるかどうかは別の問題でしょう。人々の行動に結びつけるという点ではUI/UXが重要になりますね。
江崎:UI/UXの役割はとても大きいと思います。ただ現状は、例えば、コンピュータが自律的にインターネット上からデータを取ってきて、AIを使ってエネルギーシステムの電圧を自動制御するような魅力的なインターフェースのアプリケーションをつくろうとしても、それぞれの業界がシステムをロックオンしていて、実装は難しい。アプリケーション、基本ソフトウェア、ハードウェアが一体化して、初めて魅力的なインターフェースをつくることができるんですね。
私はスマートビルを手掛けたときにその問題に気づき、スマートビルシステムの開発にゲーム開発のプログラマーを投入し、ゲームアプリのような魅力的なインタフェースを実現しました。クローズドなシステムではできなかったことが、2010年という早い段階で、API(Application Programming Interface)のオープン化によって実現したのです。
このように異業種の経験を投入することで、産業構造まで変えることが可能です。ユーザーにもプロバイダにもメリットのあるものにするには、どのような物理構造、ソフト構造にするかがポイントになります。各業界は従来のビジネスモデルに固執していると、人間の行動を変えるきわめて重要なUI/UXを失うことになりかねないということを肝に命じる必要があるでしょう。
山田:オープン化の過程では多種多様なデータが扱われるため、データの標準化が必須となります。その点はどのように進められているのでしょうか。また、人の意識や技術の問題以外に実装の障壁となっていることがあればお聞かせください。
江崎:標準化については、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)のデータ連携基盤ワーキンググループで議論しています。今は流通しているデータはバラバラで、その多くが生データのまま、解析に必要な記録も残っていない状況で動いています。これを標準のデータフォーマットに整えるのはおそらく不可能なので、今後はウェブ3.0、すなわちセマンティックウェブの考え方を取り入れて、メタデータを付与するなどしてデータを構造化し、コンピュータによる可読性を高める(データの意味を扱うことを可能にする)ことで、トランジションを可能にする方向で考えています。
ただし、このとき障壁となるのが、「アナログ規制」なんですね。電気や空調のオンオフ、あるいは工場でマシンを止めるなど、これまで人間がしていたことをコンピュータ制御に転換しようとしても、現状では人がしなければならないと法令で定められているのです。そのため、私が座長を務める「デジタル臨時行政調査会作業部会 テクノロジーベースの規制改革推進委員会」で規制の見直しを進めているところです。
先ほどもお話しがあったように、電気の供給が最も逼迫する冬の夕方を避けて、昼間や夜にお風呂を沸かすだけで電力需要のピークをずらすことが可能になります。つまり、規制を変え、家庭でも照明や空調、温水器などを遠隔操作し、コンピュータによる自動制御ができるようになれば、数%の需要調整という問題は容易に解決するのです。
(後編はこちら)
江崎 浩
1987年 九州大学 工学部電子工学科 修士課程修了。同年4月東芝入社。
1990年より2年間 米国ニュージャージ州 ベルコア社、1994年より2年間 米国ニューヨーク市 コロンビア大学にて客員研究員。1998年10月より東京大学 大型計算機センター助教授、
2001年4月より東京大学 情報理工学系研究科 助教授。
2005年4月より東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授(現任)。
WIDEプロジェクト代表。MPLS-JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC理事長、日本データセンター協会 理事/運営委員会委員長、2021年9月から、デジタル庁 Chief Architect(現 シニア エキスパート)も兼任。工学博士(東京大学)。
山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。