北海道で今、脚光を浴びている新さっぽろ駅周辺地区。札幌市の郊外に位置する厚別区の中心部で札幌市営地下鉄とJRが利用でき、快速電車なら札幌駅まで9分、新千歳空港駅まで約30分で移動できる利便性の高さと緑豊かな周辺環境を併せ持つエリアです。札幌の副都心として発展してきましたが、現在は駅周辺の大規模な 開発事業が進み、新たなスマートシティへと変貌を遂げつつあります。隣接する北広島市では2023年にボールパークの開業が予定され、今後いっそうの賑わいを見せることが期待されています。
開発事業はGとIの2つの街区に分けて行われ、G街区には先行して大学と専門学校が開校しました。より規模の大きいI街区は、2022年7 月より順次開業する医療施設、2023年開業予定のホテル・タワーマンション・商業施設、公園、そしてエネルギーセンターで構成され、各建物は季節や天候に左右されず快適に移動できる屋内空中歩廊で結ばれます。
新さっぽろ駅周辺地区がめざす未来
出典:北海道ガス株式会社 新さっぽろエネルギーセンター「新さっぽろ駅周辺地区とは」
開発でめざしたのは、「低炭素」かつ「災害に強い」スマートシティ。そのコンセプトを支えているのが街区全体に電気と熱を供給する「新さっぽろエネルギーセンター」です。コンペティションを経てエネルギー供給事業者に選定された北海道ガス株式会社(以下、北海道ガス)が設計から建設、運用を担っています。
新さっぽろエネルギーセンターの建設プロジェクトにスタートから携わり、技術分野を統括してシステム設計や施工管理を行ってきた北海道ガスの萩野伸悟様(エネルギーシステム部 エネルギーシステムグループ 係長)は、採用に至った理由を次のように語ります。
「当社では天然ガスコージェネレーションシステム(CGS:Co-Generation System)とCEMS(Community Energy Management System)による『低炭素かつ災害に強いエネルギーシステム』の構築を提案しました。新さっぽろ駅周辺地区の 開発プロジェクトは、札幌市のまちづくり戦略とエネルギービジョンのリーディングプロジェクトと位置づけられています。プロジェクトが本格的に動き始めた2018年は、全国で台風被害が頻発したことに加え、9月に最大震度7を観測した北海道胆振東部地震が発生、北海道のほぼ全域で最大約295万戸が停電するブラックアウトが起きるなど、災害対策が喫緊の課題であることを再認識させられた年でした。これからのまちづくりでは低炭素はもちろん、レジリエンスの強化も重要な要素になるという札幌市のビジョンに、当社の提案が合致したと考えています」
北海道ガス エネルギーシステム部
エネルギーシステムグループ 係長
萩野 伸悟 様
CGSは天然ガス(都市ガス)を燃料として電力を得ると同時に、排熱から温水や蒸気を取り出して給湯や冷暖房に活用するエネルギーシステムです。分散電源として電力消費地で発電するため送電ロスもなく、エネルギー効率は排熱を利用しない一般的な火力発電の2倍前後、投入した一次エネルギーの70〜95%を利用できます。天然ガス自体のCO2排出量が少ない上に排熱も有効活用するため、CO2削減効果が高いことも大きな特徴です。
「新さっぽろエネルギーセンターのCGSは平常時には街区全体のピーク時の60%の電力と、温冷水の45%をまかないます。電力系統に連系しており、不足分の電力は系統から受け入れ、熱は北海道地域暖房株式会社から高温水を受け入れるなど、エネルギーソースを多様化しています。また、災害時に系統からの電力が遮断されても、都市ガスさえ供給されていれば街区内の施設に電力と熱を安定供給でき、医療施設の稼動やマンションでの在宅避難も可能です」と萩野様は語ります。
災害時にも、電力・熱を安定供給
出典:北海道ガス株式会社 新さっぽろエネルギーセンター「災害時の対応」
北海道ガスでは耐震性の高いガス管や熱導管を採用しています。北海道胆振東部地震の際にもガス製造設備や供給設備に大きな被害はなく、エネルギーセンターなどのCGSで発電を継続、一時避難施設におけるエネルギーの安定供給に貢献した実績を持ちます。
新さっぽろエネルギーセンターには、日立グループのCGSが採用されました。北海道ガスではCGSを活用した分散型エネルギーネットワークの構築を進める中で、これまで多くのCGSを導入してきましたが、日立グループ製の採用は今回が初。受注に至った背景について、営業を担当する日立製作所北海道支社の中西智之さん(社会システム第一営業部 エネルギーシステムグループ)はこう振り返ります。「採用実績がなかったことは大きな壁でしたが、実際に日立グループ製のCGSを導入されているお客さまのサイトを北海道ガスの方々に見学していただく機会を設けるなど、まずは製品のよさを知っていただくことに努めました。また製造と保守を担当する日立パワーソリューションズの協力の下、札幌地区の保守体制の強化も図り、安心して利用いただける環境を整えるとともに、30年間安心してお使いいただくための保守運用提案などを行いました。最終的には、発電効率と熱効率の総合的な高さといった性能面の優位性や、運転データを活用したIoT(Internet of Things)予兆診断のサービスを評価いただいたと考えています」
萩野様が日立側の提案で特に注目したポイントは2つ。「まずガスエンジンが多様な燃料に対応でき、再生可能エネルギーのバイオガスや次世代エネルギーの水素との混焼も可能な点が魅力でした、またIoT予兆診断は過去に導入してきたCGSにはなかった機能で、当社としてもデータ活用に大きな期待と関心を寄せています」
IoT予兆診断は、日立グループが長年にわたって工場、インフラなどの機器や設備を製造・運用する中で蓄積してきた知見を活かし、独自に開発した予兆診断システム「HiPAMPS」を活用したサービスです。CGSの各所に多数のセンサーを設置して温度や圧力などのデータを取得、機械学習技術を用いたデータマイニングによって高い精度で解析し、状態の変化をいち早く捉えます。データを取ることによって設備の状態を把握できれば、稼動時間を主な指標として部品交換などを行うTBM(Time Based Maintenance)から、より実態に即したタイミングで保守を行うCBM(Condition Based Maintenance)への移行が可能になり、保守コストの削減に貢献します。さらに、データによる状態把握は、予期せぬ突発的な故障を防ぐことにもつながります。
「特に医療施設や住宅へエネルギーを供給する新さっぽろエネルギーセンターでは、ダウンタイムを発生させてはなりません。そのため出力1271kWのCGS(JMS420)を2台導入いただき、メンテナンスの際にも発電を継続できる構成となっていますが、予兆診断に加えて日立パワーソリューションズの茨城県日立市の大沼工場と同市内遠隔監視センターの2か所で遠隔監視も行い、トラブルによる停止を防ぎます」(中西さん)
日立製作所 北海道支社
社会システム第一営業部
中西 智之 さん
新さっぽろエネルギーセンターのもう1つの機能は、CEMSによる街区全体での効率的なエネルギー管理です。「各施設や家庭などのエネルギー使用状況をリアルタイムに把握し、AI(人工知能)も活用しながらエネルギーセンターの制御に反映することで街区一帯の省エネルギー化を実現します」
開発に携わる北海道ガスの深浦恵梨様(エネルギーシステム部 エネルギーシステムグループ 主任)はCEMSの役割についてそう説明します。
さらに、今回開発したCEMSには3つの特徴的な機能があります。「1つめの『オートチューニング』は、エネルギーセンターのシステム全体の効率を監視し、効率の低下を検知した場合、要因を分析し自動で設備の設定値を変更することで、供給側の省エネを実現します。2つめが『自動デマンドレスポンス』で、CEMSでは各施設(病院、ホテル、商業)のエリアごとに空調の温度を適切にコントロールし、お客さまの手を煩わせることなく、需要側の省エネを実現します。3つめは『利用者参加型エネルギーマネジメント』で、施設を利用する皆さんにQR等で快適性についての簡単なアンケートをとり、その結果をもとに自動デマンドレスポンスの温度設定値を変更し、不特定多数の利用者が不快にならず、省エネを実現できる温度制御をめざします。 また、電力需要が閾値を超えることが予測される場合にはマンション居住者を含む全ての施設に節電をお願いし、その対価としてポイントを付与する仕掛けもつくりました」(深浦様)
これらの機能については今後、運用していく中でデータを蓄積し、学識者の方々と共同で分析、効果を検証して設定値に反映するなど、運用精度の向上を図っていく計画だといいます。
北海道ガス エネルギーシステム部
エネルギーシステムグループ 主任
深浦 恵梨 様
新さっぽろエネルギーセンターは、I街区の他の施設に先駆け、2022年6月1日から運用を開始しました。本格的な稼働はこれからですが、すでに北海道内外から注目を集めています。特に、再生可能エネルギーなどの余剰電力を系統から受け入れ、蓄電池ではなく熱として蓄積するシステムが、発電出力が不安定な再生可能エネルギーの普及に有効なモデルとして関心を集めていると深浦様は話します。
「運用開始から2か月半あまりで全国各地から500名を超える見学者がいらして私たちも驚いています。今は企業や自治体の皆さんが中心ですが、今後は一般の方々、特にお子さんたちに見ていただきたいと思っています。そのためミュージアムというかたちで動画、模型、パネルなどによるガイドもご用意して、実際に機械が動く様子を見学しながらエネルギーがどのようにして作られているのか学べる施設としました。エネルギーセンターをきっかけにエネルギーについての関心を持っていただくと同時に、北海道ガスにも親しみを感じていただけたらと願っています」
新さっぽろエネルギーセンターのウェブサイトでは一般の見学予約を受け付けているほか、子供向けの学習コンテンツの提供や発電量・冷温水の供給量の表示など、情報発信にも力を入れていく計画です。
また深浦様は、2023年7月のタワーマンションオープンに向け、居住者向けにエネルギー使用量を見える化するアプリを開発しています。「デマンドレスポンスの機能を搭載し、電力供給が逼迫した際だけでなく平常時にも節電に協力いただいてポイントで還元するサービスや、クーポンを付与して商業施設へ足を運んでいただき住居の節電を促す行動変容の取り組みなども検討しています」
省エネルギーと街の活性化を両立できるモデルが構築できれば、さらに注目度も高まるに違いありません。
脱炭素社会をめざす世界的な潮流を受け、エネルギーを取り巻く環境が大きく変化する中で、北海道ガスでは排熱も有効活用するCGSと再生可能エネルギー、ガスマイホーム発電などの分散電源を組み合わせ、CEMSで需要と供給を最適にコンロトールすることにより、省エネルギー・低炭素かつレジリエントな分散型エネルギー社会の構築をめざしています。
一方、日立グループでは2024中期経営計画の中で、「プラネタリーバウンダリー」と「ウェルビーイング」をキーワードに挙げています。地球環境を守りながら、一人一人が活躍できるサスティナブルな社会の実現に向けて、データとテクノロジーを活用した社会イノベーション事業を通じて貢献する。この日立グループのビジョンと、省エネルギー・低炭素を実現しながら安心して活き活きと暮らせる街をめざす新さっぽろ駅周辺地区のコンセプトは重なり合います。
「そうした意味でも、本件にCGSの提供を通じて関われたことは大きな意義がありますし、これをきっかけとして北海道ガス様のめざす次世代の分散型エネルギー社会の構築に向けて、協創を深化できれば幸いです。さらに言えば、脱炭素を進める中でエネルギー需給バランスの最適化や、災害対策といった課題を抱えているのは札幌市だけに限りません。今回の経験を活かし、同様の課題を抱える地域にも貢献したいと考えています」(中西さん)
2023年に予定されている全面オープンに向け、現在I街区では急ピッチで工事が進められていますが、まちづくりは完成してからがスタートです。新さっぽろエネルギーセンターにも今後多くの知見が蓄積され、進化していくことが期待されます。
「需要家と供給者が一体となって街全体でエネルギー効率を高める取り組みは、私たちにとっても初めての試みとなります。CGSとCEMSを導入して終わりではなく、それがどれだけ省エネルギーや低炭素につながっているのかを示し、脱炭素社会をめざして一緒に取り組むことは、お客さまへの新たな提供価値になると考えています。新さっぽろエネルギーセンターをそうした取り組みのモデルケースとし、得られた知見やノウハウをパッケージ化して道内の他のエリアなどにも展開していくことをめざします」(深浦様)
「私は生まれも育ちも北海道ですが、学生時代の6年間は大阪で過ごし、冬に室内が寒いことに驚いた経験があります。北海道の家は真冬でもTシャツで過ごせるぐらい室内が暖かく快適です。ただそれば裏を返せばエネルギーの使いすぎと言えるかもしれません。快適性を確保しつつエネルギー使用量を減らすには、どのようなインフラが必要なのか。デジタル技術の活用をさらに進めてCGSの高度利用にも取り組み、新しいエネルギーインフラのあり方を発信していくことが目標です」(萩野様)
スマートで強靱なエネルギー社会をめざす北海道ガスの取り組みに、これからも日立グループは貢献してまいります。