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エネルギー

地球規模で深刻化する気候変動問題に直面する中、2050年のカーボンニュートラル社会の実現に向けて、原子力発電は世界のエネルギーセキュリティ向上やベースロード電源としての役割に加え、再生可能エネルギーとの連携により電力の安定供給に欠かせないものとして期待が高まっています。

世界各地でエネルギーをめぐる地政学的リスクが顕在化する近年、原子力に対する期待とグローバルな潮流を踏まえ、日立グループの原子力事業を率いる稲田康徳執行役常務・原子力ビジネスユニットCEOが事業ビジョンと取り組み、そして未来展望について語ります。

エネルギーをめぐる課題と原子力への期待

――カーボンニュートラル社会の実現に向け、エネルギー市場にはどのような変革が求められているのでしょうか。

昨年のCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)は、エネルギー分野の世界的潮流をよく表していると思います。これまでに実施された情報収集と技術評価により、パリ協定(COP21、2015年)で掲げられた「世界の気温上昇を1.5度に抑える」という目標に対し、世界全体の進捗に遅れがあると指摘されたことから、2050年までに再生可能エネルギー、原子力、それぞれの発電容量を世界全体で3倍にするという2つの共同宣言が発表されました。

日本の2030年度目標および2050年カーボンニュートラルに対する進捗
(出典)環境省地球環境部会会議資料(2023年6月26日開催)より抜粋

再生可能エネルギーだけでなく、原子力が気候変動に対する解決策の一つとしてCOPの合意文書に正式に明記されたのは今回が初めてのことです。原子力は、発電時にCO2を排出しない脱炭素電源であることに加え、昼夜を問わず、天候にも左右されることなく、安定的に大きな電力を供給できるという特徴があります。そのため、ベースロード電源として期待されています。

一方、脱炭素電源を求める声は、電力需要の増加が著しいIT分野からも挙がっています。話題の生成AI(人工知能)をはじめ、データ利活用がこのまま拡大していけば、データセンターの消費電力量が急増すると予測されており、CO2を排出することなく、データセンターを安定的に稼働させるための大容量の電力を賄うには原子力が不可欠だと理解されているのです。最近では、国内外のIT企業から、敷地面積が小さくても設置できる小型炉を備えたデータセンターをつくりたいという要望も増えています。

コロナ禍以後、世界情勢は大きく変動していますが、気候変動問題は年々深刻度を増しています。カーボンニュートラル社会の実現に向けてエネルギー市場の変革が加速する中で、原子力の果たす役割が改めて注目され、現実的な活用の仕方が模索されています。

――カーボンニュートラルの実現に加え、地政学的観点からは、エネルギーセキュリティの確保が課題となっています。日本のエネルギーセキュリティにおける課題はどのようにお考えですか。

ロシアのウクライナ侵攻に始まるエネルギー価格の高騰は、エネルギーセキュリティ、すなわち自国のエネルギーの安定供給の維持という課題を世界に再認識させました。

特に日本は、資源に乏しい化石燃料輸入国です。2011年の東日本大震災から現在にかけ、原子力発電所の多くが停止しているため、火力発電の割合が7割以上を占め、かつては20%あったエネルギー自給率も現在は13%しかありません。しかも日本は島国ですから、欧州のように国際連系線によって隣国間で柔軟に電力を融通し合うこともできません。そのため、世界でひとたび紛争や問題などが起きれば、その影響を非常に受けやすい状態にあります。そうした現実を憂慮するのは決して自分だけではないでしょう。

2030年度におけるエネルギー需給の見通し
(出典)資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」の2022年度速報値
※四捨五入の関係で、合計が100%にならない場合がある
※再エネ等(水力除く地熱、風力、太陽光など)は未活用エネルギーを含む

日本のエネルギーセキュリティを向上させるためには、火力発電への依存度を下げ、エネルギーの多様性を確保することが重要です。その打開策としては、再生可能エネルギーの導入を進めると同時に、国内の原子力発電所を再稼働させ、現在6%しかない発電量を一定の割合まで高める必要があると考えます。これらの割合が増えることはそのままカーボンニュートラルへの貢献に直結するわけです。

さらに、エネルギーの多様性に加え、その分散化、すなわち多様なエネルギーが日本の各地域に分散していることも重要です。火力や原子力といった大規模な電源が各地域に確保されたうえで、それらを基点に、太陽光や風力など地元にある再生可能エネルギーで地域に必要な電力をある程度賄えることができれば、激甚化する自然災害などの有事にも電力の安定供給を維持することができ、日本全体のレジリエンス強化につながります。

次世代の原子力活用に向けた取り組み

――エネルギーを取り巻く状況が様変わりする中で、原子力活用に対する世論の変化をどのように感じていますか。

世論調査では、若い世代を中心に肯定的な意見が増えています。その変化を実感するのは採用面で、日立の原子力部門を志望する学生が前年比で1.6倍になりました。総じて原子力の意義や特徴を理解している人や、日本の将来やエネルギー問題について真剣に考える人が若い世代を中心に増えているようです。情報メディアの多様化に加え、自分たちも含め、関係者の地道な啓発活動が功を奏していると考えています。

もちろん、原子力に否定的な感情を持つ方々も少なくありません。原子力に伴う大きなリスクを福島の事故のような目に見える形で体験したのですから当然でしょう。しかしながら、ここまでお話ししたように、エネルギー選択に関してはカーボンニュートラルを実現できずに温暖化が進行した場合のリスク、電力の安定供給が滞った場合のリスクなど、日常生活では実感しづらいリスクが存在しています。しかも、いずれも私たちの生活や命に関わるものです。

若い世代を中心に、原子力の活用に対する肯定的な意見が増えているのは、これらさまざまなリスクを認識したうえで、一定のリスクを受容しながら、未来に向けた選択をしようという成熟した意識の表れではないかと考えています。

そして近年、私たちはウクライナ情勢の影響を、電気料金の高騰という形で体験しました。今も、西日本と東日本では原子力発電所の稼働率の違いから電気料金に明確な差が生じています。こうした体験はエネルギー問題を身近なものとして捉えるきっかけになっているのではないでしょうか。

稲田 康徳 執行役常務・原子力ビジネスユニットCEO

――ここまでのお話を踏まえ、日本および世界のエネルギーインフラを支えていくうえで、日立の原子力事業が果たす役割とはどのようなものだとお考えですか。

まず優先しているのは東京電力福島第一原子力発電所の廃炉です。これは業界全体が一丸となって成し遂げなくてはならない使命だと考えます。日立は、燃料デブリの取り出しや処理水の対応、発電所構内の除染作業や環境整備など、それぞれに必要な技術開発と現地作業に積極的に取り組んでいます。

二つ目は、日本のエネルギーセキュリティ向上に貢献することです。原子力の発電量を一定の割合まで高めることが重要だとお話ししましたが、そのためにも再稼働に向けて、電力会社を全力で支援することがわれわれの役割です。福島の教訓を生かした日本の新しい規制基準に適応すべく、各電力会社とともに長年取り組んできた結果、今ようやく再稼働の目途が立ってきたところです。再稼働が実現すれば、電力会社がより効率性の高い技術に投資できるようになり、日本のエネルギー問題の解決に向けた好循環が生まれるものと期待しています。

そして最後は、カーボンニュートラル社会の実現に向けた貢献です。世界で高まる原子力活用のニーズに応えるため、長年培ってきた技術と経験を生かして革新軽水炉と小型炉を開発しています。

特に、小型炉はコストと工期が抑えられ、投資予見性が高いことから海外では需要が高まっており、米GE Vernova社との合弁会社であるGE Hitachi Nuclear Energy社と共同で開発を進める小型軽水炉「BWRX-300」は、カナダで初号機の建設を控えているほか、数十基の受注計画があります。これらが順調に稼働すれば海外でのエネルギー安定供給に貢献でき、若手社員のモチベーション向上にもつながっていきます。他にも、日立は高速炉の開発や核燃料サイクルの構築など、次世代を見据えた技術開発にも継続して取り組んでいます。特に若い人財の意欲的な仕事が未来の社会貢献へとつながっていってくれれば嬉しいですね。

信頼に基づく協創で未来に貢献

――最後にそんな将来に向けた原子力産業全体における課題、そして日立としての抱負をお聞かせください。

何と言っても原子力を支える人財育成が喫緊の課題です。震災後、原子力発電所の建設・運転が停止し、現在もほぼその状態が続いているため、プラントを運転したことのない電力会社の社員、プラント建設やメンテナンスを経験したことのないプラントメーカー社員が多くなりました。このままでは、建設や運転、メンテナンスの技術やナレッジが失われ、原子力活用の機運が高まっても、それを支える人財を欠くことになりかねません。これは原子力産業全体が抱える喫緊の課題だと言えます。

その課題に応える取り組みの一つとして、海外のパートナーとも連携し、メタバース技術などを活用したナレッジのデジタル化を進めています。とは言え、原子力は最終的に経験がものを言う総合的な工学で、現場で体感しないと分からないことがたくさんあります。建設・運転の経験者が在籍している間に技術やナレッジを継承することが重要で、人財育成の面からも、再稼働や新規プラント建設には大きな意義があります。

そして、原子力事業を推進するうえで最も大切なことは「信頼」です。社会や人々の暮らしに対して大きな役割を担うということは相応の責任を伴います。お客さまだけでなく、関係する地域やパートナーの皆さまからも確かな信頼をいただかなければ、この事業は成立しません。技術を知っているメーカーだからこそ、中立で正しい情報をわかりやすく、幅広く発信していくことも自分たちの使命です。

われわれ日立は創業以来、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念のもと、たゆまぬ技術革新とともに、よりよい社会の実現をめざしてきました。電力会社をはじめ、多様なパートナーの皆さまとともに一つひとつの課題を克服し、未来の持続可能なエネルギーをめざす原子力部門もまたその企業理念を体現する重要な事業です。今後も、先人から受け継いだ精神を原動力としながら、信頼に基づく協創をグローバルに広げ、未来のカーボンニュートラル社会の実現に貢献していきます。

稲田 康徳
1992年 入社
2017年 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 原子力エンジニアリング調達本部長
2019年 株式会社日立プラントコンストラクション常務取締役
2020年 同社代表取締役 取締役社長
2023年より現職

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