メタバースやWeb3.0などの新たな領域において、日立が起こすべきイノベーションを検討し、事業機会の創出をめざすSIG(Special Interest Group)。スタートアップ企業との協創や投資をリードするコーポレートベンチャリング室が中心となって日立グループ横断でメンバーを募り、デザイナーや研究者、エンジニア、営業など、部署を越えた80名以上のメンバーが社外のイノベーターとの直接対話を通じてイノベーションを探索してきました。2022年に活動を開始し初年度を終えようとするいま、改めて立ち上げの背景や想い、具体的な活動内容を振り返り、今後の活動を展望します。
社内外の対話を通じ、新たなイノベーション領域における事業機会の創出をめざすSIG(Special Interest Group)。その背景には、どんな思いがあるのでしょうか。SIGを企画・運営するコーポレートベンチャリング室長 船木謙一に聞きました。
船木
日立はいま、社会イノベーションのグローバルリーダーをめざしています。グローバルリーダーとしての役割を果たすためには、チャレンジすべき正しい課題をいち早く見つけて、必要な知恵を集め、想いを同じくする仲間と一緒になってイノベーションを興していく必要があります。
世界のイノベーターは、社会の根源的な課題や将来の課題に照準を定め、革新的なアイデアでいち早く解決策を提供しようと日々邁進しています。日立もその術を身につけ、イノベーションで世界をリードする会社になりたいと考えています。
そのためにはまず、イノベーションの最前線で戦っている人たちの中に入っていくことが必要だと考えて立ち上げたのが、SIG(Special Interest Group)です。SIGでは、社内外の有識者が共に社会課題を検討し、解決に向けて活動してきました。
私たちはいま、これまで培ってきた日立の常識から離れて革新的なアイデアを取り込みながら、自らを変えていこうとしています。SIGの取り組みを通じ、メンバーの一人ひとりがアントレプレナーシップを発揮していくことを期待しています。
「これは勉強会ではありません」。SIGスタート時の運営メンバーの言葉です。そこには、社外のイノベーターを招いてのディスカッションに留まることなく、得た知見を確実に事業創出につなげたいとの強い思いがあります。コーポレートベンチャリング室部長 熊谷貴禎と同主任 柳下大輔、日立コンサルティングの加耒敬行に、SIG活動に寄せる思いを聞きました。
熊谷
私はイノベーション成長戦略本部でイノベーションによる成長戦略を考えているのですが、いま注目されている新たな技術やビジネスモデルをどう事業にしていくか、社内だけでは十分議論しきれていないものがいくつかあるのではないかと感じています。そこで、社外のイノベーターと直接対話し、彼らが何を考えているのかを理解した上で、日立が次に挑戦するイノベーション領域を定めていく必要があると考え、SIGの活動を推進しています。例えば、SIGの活動の中で、メタバースによって生まれるデジタルアセットという“新しい資産”の価値が高まり、NFTでその権利を保護すると共に、DAOによる分散自律型のプロジェクトでそれらを流通させることで、デジタル経済圏が誕生するという、イノベーションの気づきを得ました。
柳下
最初に行ったセッションでは、スタートアップ投資のスペシャリストに参加いただき、投資家の視点から見たメタバースとWeb3.0の技術やビジネスモデル最新動向について解説していただきました。そうして全体像を掴んだ上で、次のセッションでは、海外で先進的なビジョンを掲げて活動しているスタートアップを招いてディスカッションを行いました。スタートアップの方とSIGメンバーが互いにアイデアや疑問を積極的に投げかけ合い、メンバーの知見がどんどん深まっていくのを感じました。また一方でスタートアップの方からは、日立にある具体的な事業をベースにディスカッションをすることが出来、将来的な日立との連携の可能性を見出すことが出来たというお言葉を頂き、このよう場はスタートアップと日立の両社にとって学びになっていると思いました。
熊谷
外部の方とのディスカッションや学びの機会自体は以前からありましたが、それを日立の戦略策定のプロセスに生かすまでには至っていませんでした。SIGを始めるにあたり「これは勉強会ではありません」と説明したのですが、それは「自分たちで次の事業を生み出す」という気概を持ったメンバーに集まってほしかったからです。新たな事業を生み出すと共に、もっと上流から「次に日立が取り組むべき事業領域はどこか?」といった戦略も、Outside-inで得た学びを生かしながら考えていきたい。その一歩目として、SIGメンバーそれぞれが自ら事業機会を見つけ、各事業部で提案することで、事業検討のプロジェクトを立ち上げるところまでをゴールとして考えています。SIGの活動で見つけた事業機会の例としては、デジタル空間上での分散型開発によって、場所や地域の制約を超えた協創型の新しいエンジニアリングチェーンや、バーチャルが起点となる新しいモノづくりの誕生、DAOベースの分散プロジェクト運営によって、市民参加型のまちづくりや、既存組織の枠を超えたエキスパートプールからのチームビルディングなどが挙げられます。
加耒
私は日立コンサルティングのメンバーとして、SIGで設定した事業領域とアイデアを事業につなげていくサポートをしています。
今回の活動の特長は、“Outside-in”と“Self-motivated”の両輪でイノベーションを生み出したことにあるのではないかと考えています。日立グループは既存事業のサイズが大きいため、先端技術を用いるような新しい取り組みであっても、既存事業との関係性を問われがちです。今回はOutside-inでメタバースやWeb3.0の事業を推進されているベンチャーの方々との対話を通じて、生きた市場環境に触れ、既存事業を出発点としすぎない議論ができたのではないでしょうか。
また今回、日立内のビジネスユニットやグループ会社から想いを持ったメンバーに集まってもらい、相互の検討も参考にしながら、 “Self-motivated”で新たなマーケットに打って出る議論ができたと思います。自発的に事業を構想できたからこそ、今回検討した議論の実現に向けて進み始めているのを感じます。
イノベーションを実行可能な事業にしていくために、次のフェーズではより具体的な議論のもと、活動を進めていくことが求められています。いまやイノベーションは企業単体ではなく、エコシステム全体で考え、「この指とまれ」でステークホルダーを巻き込みながら進めていく必要があります。
しかし、こうした動きは事業部だけではなかなか進められません。日立コンサルティングは「ビジネスエコシステムの創出」にミッションを持ったコンサルティング会社です。今後もSIGの活動と連携して、イノベーション創出を推進していきたいと考えています。
初年度となる2022年、SIGの参加メンバーは80名を超えました。メンバーはそれぞれどんな期待をもって参加したのでしょうか。研究開発グループの中村克行、坂東淳子に聞きました。
中村
私はメタバースが次世代の社会インフラになるのではないかという仮説のもと、研究開発に取り組んでいます。社会インフラには電力、鉄道、建設、さらにはITなど多様な業種がありますが、そうした多業種のさまざまな業務をメタバースで効率化できるだろうと考え、ソリューションやサービスを検討しています。ところがいま、業界も業務プロセスも変化のスピードが早く、研究者の視点だけでは次にどんな変化が来るのかなかなか読みきれません。SIGにはいろいろな業種のエキスパートが集まってきますので、ディスカッションを通じて変化を洞察できるのではないかと期待しています。
坂東
私は運営メンバーとして活動しつつ、デザイナーとして中村さんのチームに入り、ビジョンデザインの手法を使って未来洞察のお手伝いをしています。「メタバースやWeb3.0が来たら、世の中はどうなるだろう」と未来に想いを馳せて、いくつかの事例から「2030年、2040年にはこうなっていくよね」と言葉にしていく。未来に対して一つの仮説を持つことになるので、そこからアイデアを発想したり、SIGのワークショップで社外の方とディスカッションしたりするときにも議論を深める問いが出やすくなります。そうやって出てきたアイデアや意見が、最終的に事業につながればと思っています。
7月からスタートしたSIGの活動をいくつかご紹介します。
スタートアップ企業とのディスカッション(8月)
メタバース関連の米国スタートアップ企業Anifieの岩崎洋平さんを迎え、ディスカッションを行いました。Anifieの取り組みや、メタバース、Web3.0の最新動向について情報を共有いただいた後、メンバーとのディスカッションへ。「DAOの未来をどう考えるか?」「今後価値を持つデジタルアセットは?」など、さまざまな問いをもとに、議論が進みました。
イノベーション探索ワークショップ(8〜11月)
日立グループの様々な部署から集まったメンバーが、スタートアップなどとの対話から得たOutside-inの学びに基づいて、日立にとってのイノベーションの機会を議論するワークショップを4ヶ月にわたり実施しました。部門の枠を超えた議論から、多くの革新的なアイデアが生まれて、組織横断でのプロジェクト立上げにつながりました。
メタバース体験会(9月)
新たな領域でのイノベーション創出のために、「まずは使ってみて理解しよう」と、メタバース体験会を開催。メンバーの所有するVRヘッドセットを用いて、VRコンテンツ、メタバースを体験しました。SIG内に立ち上がったメタバース試行チームが企画、運営。SIGをよりワクワクさせる機会になりました。
スタートアップピッチイベント(10月)
メタバース、Web3.0関連のスタートアップ企業のピッチイベントを行いました。知財のNFT化に関する課題解決をサポートする企業、法人向けにメタバースの空間デザインを手がける企業、デジタルツインを構築するための技術開発を行う企業など、国内外7つの企業が自社事業についてプレゼンテーションしました。
参加メンバーの日立システムズ経営戦略統括本部 福原瑠美に、SIGに参加した感想を聞きました。
福原
SIGに参加する前から、メタバースにすごく興味があり、エンターテインメントとして参加したことがあったんです。SIGに参加して、いろんな業種で活用シーンがあることを知りました。
メンバーとの意見交換で、「リアルじゃなくてバーチャルの中でも、実際に動かすことができるよね」と話したことを覚えています。SIGに参加して、メタバースはエンターテインメントだけではなく、ビジネスにも活用できるのでは?と、今までより強く思うようになりました。
最後に、熊谷に今後の展望を聞きました。
熊谷
世界のイノベーターとの対話からSIGメンバーが学びを得て、日々成長していく姿が、とても頼もしく感じられました。一方で、本当の勝負はここからだと思っています。見つけた事業機会から成長戦略を描き切るとともに、その実行が重要になります。日立におけるオープンイノベーションの「当たり前化」をめざして、これからも関わってくださる皆さんと一緒に、次の成長領域の探索に挑戦していきたいと考えています。
船木 謙一
イノベーション成長戦略本部
コーポレートベンチャリング室 室長(General Manager)
工場設計、生産システム、サプライチェーンマネジメントシステム、サービスデザインの研究を経て、協創を通じたオープンイノベーション戦略の策定実行に従事。これまでにコンピュータ機器向け生産管理システムや、半導体、機械保守部品、アパレル品向けSCMシステムなどを開発・適用。2019年より現職。
熊谷 貴禎
イノベーション成長戦略本部
コーポレートベンチャリング室 部長
日立製作所に入社後、新サービスの研究開発に従事し、顧客協創手法「NEXPERIENCE」の開発を担当。2019年より現職にて、スタートアップとのオープンイノベーションに挑戦中。2013-14年、スタンフォード大学マネジメントサイエンス&エンジニアリング学科 客員研究員。筑波大学大学院非常勤講師。
柳下 大輔
イノベーション成長戦略本部
コーポレートベンチャリング室 主任
日立製作所に入社後、エネルギービジネスユニットで風力事業(特に洋上風力)の営業及びプロジェクトマネジメントを担当。2021年、至善館大学院大学にてMBAを取得。2022年より現職にて、デジタル分野においてスタートアップ企業と次のイノベーションを見出すことに挑戦中。
加耒 敬行
日立コンサルティング
シニアマネージャー
「新規事業・サービスの立上」ならびに「DX戦略策定」にフォーカスした、大手企業向けのコンサルティング業務に従事。2020年より現職。デザイン思考とテクノロジーインサイトを組み合わせたイノベーションに関するプロジェクト経験多数。
中村 克行
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
先端AIイノベーションセンタ
知能ビジョン研究部 部長
日立製作所に入社後、コンピュータビジョンと機械学習の研究開発、オートモティブ・インダストリ分野を中心とした社会実装、研究開発戦略の立案などを推進。2015-2016年、スタンフォード大学コンピュータサイエンス学科 客員研究員。
坂東 淳子
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
サービス&ビジョンデザイン部 主任デザイナー
学生時代に建築・都市分野を学び、日立製作所に入社。モビリティ、エネルギー等の分野でのUI/UXデザインや、顧客協創方法論研究に従事。現在は、建築、デザイン、情報のハブ役として、モビリティやスマートシティ分野でのデジタルサービス創出に向けた活動を推進。
福原 瑠美
日立システムズ
経営戦略統括本部
経営戦略本部 事業推進部 部長代理
日立システムズに入社後、システムエンジニアとして、システム設計・構築に従事。2020年より現職。現在は、地方創生関連、サプライチェーン、ヘルスケアなどの新規事業企画およびプロモーションに携わり、多角的観点からの事業化アプローチを得意とする。