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2015年2月18日
図 1 原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡装置の外観
株式会社日立製作所(執行役社長兼COO:東原 敏昭/以下、日立)は、このたび、最先端研究開発支援プログラム「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用」(中心研究者:故 外村 彰、中心研究者代行:長我部 信行)において1.2メガ(メガは100万)ボルト(以下、MV)の加速電圧を備えた「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡」を開発し、世界最高の分解能(点分解能)となる43pm(1pmは1兆分の1m)を達成しました。
本装置は、原子レベルの分解能で電磁場を計測することにより、磁石、電池、超伝導材などの高機能材料の機能・特性を生み出している量子現象の解明など、画期的な先端機能性材料の開発を通して、基礎科学の発展に寄与します。
近年、次世代に求められる画期的な機能や特性を持つ材料を開発するために、機能や特性を生み出している材料内部の電磁場を原子レベルの分解能で計測する技術の開発が進められています。例えば磁石では室温での高性能化はもとより、過酷な高温・高磁場環境下でも使用可能な材料が求められています。そのような磁性材料を開発するには、構成する原子の配列とそれによって決まる磁気的性質を評価し、構成材料やその組成、そして製造方法などの指針を得ることが重要なため、より高い分解能の電子顕微鏡の開発が行われてきました。
日立は2000年に、東京大学と共同で、特殊法人科学技術振興事業団(現 独立行政法人科学技術振興機構)の戦略的基礎研究推進事業「電子波の位相と振幅の微細空間解像」の一環として、1MVホログラフィー電子顕微鏡を開発し、120pmの点分解能性能を得てミクロな領域での電磁場計測を可能にしました。2006〜2008年に実施された文部科学省科学技術試験研究委託事業「電子ビームの高輝度化・単色化に関する要素技術の開発」に参画し、電子ビームを高輝度化・単色化する技術を開発し、分解能の向上を図ってきました。
これらの技術をベースに、日立は2010年3月から国家プロジェクト「最先端研究開発支援プログラム」の助成を受け、原子レベルでの電磁場観察を可能とする、「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡」の開発を行いました。本装置では分解能を最大限に向上させるために、加速電圧を1.2MVとすることで、電子線の波長を短くし、さらに球面収差補正器*2の搭載をはじめとする数々の技術開発を行いました。今回開発した技術の特長は以下の通りです。
光学顕微鏡では凸レンズと凹レンズを組み合わせて球面収差を補正し、焦点ぼけをなくした上で、試料構造の拡大像を観察します。電子レンズを用いる電子顕微鏡では、従来、凹レンズの機能を出すことができなかったため、長い間、球面収差により分解能の向上が阻まれてきました。近年、この球面収差を補正する装置の開発が進められてきましたが、球面収差補正器の性能を引き出すには、搭載される電子顕微鏡本体に高い安定性が求められるため、大型の超高圧電子顕微鏡には搭載できませんでした。今回、1.2MVのエネルギーのばらつきを抑えた電子ビームや高安定電界放出電子銃などの実現により、電子顕微鏡装置全般において安定性を大幅に高め、超高圧電子顕微鏡では世界初となる球面収差補正器の搭載を可能にしました。
電子ビームのエネルギーがばらつくと焦点ぼけを生じてしまうため、高い分解能を得るには、電子ビームを安定した電圧で加速することが不可欠です。そこで今回、電子ビームを加速する電圧の安定度を高めるため、ノイズが少なくかつ温度変化に対して電気抵抗の変化が起こりにくい抵抗器、ノイズフィルタ機能を有する高電圧伝達用のケーブル、安定度の高い高電圧制御回路などを開発し、従来装置の安定度を約70%上回る、安定度3×10-7の1.2MV超高圧電源システムを開発しました。これにより、1.2MeVの高いエネルギーを持ちながら、そのばらつきを0.54eVに抑えた電子ビームを得ることができました。
従来の電子顕微鏡に使われていた電界放出電子銃*3は、電子を引き出すための電圧(引き出し電圧)をかけて電子放出を開始後、時間とともに放出電子電流が減少していくため、一日に1〜2回は電子の引き出し電圧を調整しながら使用する必要がありました。しかし、引き出し電圧を調整するたびに電子ビームの軌道がわずかに変化するため、最適条件で球面収差補正器の効果を得ることが難しくなります。今回、電子銃内部の電子が放出される部分の真空度を、従来比約100倍となる3×10-10パスカルという極高真空にする技術を開発し、10時間以上、無調整で電子ビームを安定して放出できるようになりました。これによって一日の観察の間、球面収差補正器の条件を再調整することなく最良の性能を維持できるようになりました。
原子レベルの観察を行うためには、電子ビームや観察する試料に対する振動、音響、磁場などの外部からの乱れ要因を、極限まで抑える必要があります。これらの乱れ要因を抑制するために、電子顕微鏡専用の頑強な建屋を建設し、音響に対しては建屋室内に吸音材の貼り付け、および精密な室温制御、さらに、磁場に対しては、磁気シールドの機能を有するパーマロイという特殊な合金で電子顕微鏡装置の周囲を覆いました。
本装置の性能を評価するため、どのくらい微細な構造をカメラに伝達できるかを示す情報伝達性能を、タングステンの単結晶を試料に用いて検証しました。その結果、球面収差を補正した状態で世界一の分解能となる43pmの結晶構造情報を伝達できることを確認しました。また、本装置によって撮影したGaN(窒化ガリウム)結晶の顕微鏡像において44pm間隔のGa原子を分離して観察できることも確認しました(図2)。これらの性能は、開発した電子顕微鏡が、試料の構造や電磁場を原子レベルで観察・計測できることを示すものです。
最先端研究開発支援プログラムでは、独立行政法人科学技術振興機構(理事長:中村 道治)の研究支援を受けて日立は主に装置開発、独立行政法人理化学研究所(理事長:野依 良治/以下、理研)がその応用技術の開発と応用研究に取り組みました。理研ではホログラフィー電子顕微鏡を用いた応用研究において材料内部電位の3次元観察、磁石内部の微細な領域の磁場計測および超低消費電力メモリデバイス応用が期待されている磁性渦(スキルミオン)の観察に成功しています。
日立は、今後も、理研をはじめとする世界トップレベルの研究機関との連携を進め、高性能磁石、大容量二次電池、超低消費電力メモリデバイス材料、高温超伝導材などの機能を発現させている原子レベルの電場や磁場の振る舞い(量子現象)を解明し、量子力学や物性物理などの発展と持続可能な社会を支える新材料の開発に貢献していきます。
なお、本開発は、最先端研究開発支援プログラムにより、独立行政法人日本学術振興会(理事長:安西 祐一郎)を通じて助成されたものです。
また、本成果は米国科学誌「アプライド・フィジックス・レターズ」オンライン版(2015年2月17日付:日本時間2月18日)に発表されます。
Tetsuya Akashi, Yoshio Takahashi, Toshiaki Tanigaki, Tomokazu Shimakura, Takeshi Kawasaki, Tadao Furutsu, Hiroyuki Shinada, Heiko Müller, Maximilian Haider, Nobuyuki Osakabe, and Akira Tonomura
“Aberration corrected 1.2-MV cold field-emission transmission electron microscope with a sub-50-pm resolution”,
Applied Physics Letters, 2015, doi:10.1063/1.4908175
図 2 GaN結晶の観察例
株式会社日立製作所 中央研究所 情報企画部 [担当:木下、安井]
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以上