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2005年2月1日
Hitachi Europe Ltd.
半導体に電流を流すだけで磁気的性質を示す
"スピンホール効果"の観測に成功
日立ヨーロッパ社日立ケンブリッジ研究所(Hitachi Europe Ltd., Hitachi Cambridge Laboratory/以下日立)は、National
Physical Laboratory(英)、Texas A&M University(米)、Institute of Physics ASCR(チェコ)、University
of Nottingham(英)と共同で、このたび、半導体に電流を流すことによって磁石の性質を示す"スピンホール効果"*1の観測に成功しました。本成果は、磁性材料を全く使わずに半導体材料のみで磁気的な性質も利用できる、新たなスピントロニクスデバイス(電子の電気的性質と磁気的性質の双方を応用したデバイス)の開発に道を拓くものです。
電子の電気的性質と磁気的性質の双方を応用した新しいデバイスとしてスピントロニクスデバイスが注目されています。コンピューターに搭載されているHDD(ハードディスクドライブ)の情報読みとり用ヘッドセンサーはその代表例ですが、近年さらに、磁気ランダムアクセスメモリとよばれる不揮発メモリが注目されています。従来のスピントロニクスデバイスには、磁気的性質を利用する材料として金属の強磁性体(磁石)が用いられていました。もし半導体材料に磁石の性質を持たせることができれば、通常の半導体デバイスの製造工程をそのまま用いて、高集積・高速・低電力のスピントロニクスデバイスを実現できます。この半導体の磁化現象は、1971年に"スピンホール効果"として理論的に予測されていましたが、30年あまりの間、実際に観察した例はありませんでした*2。
今回、日立を中心とする研究グループは、半導体の発光現象を応用してスピンの向きを検出するデバイスを開発することによって、スピンホール効果の観測に成功しました。スピンホール効果の観測は、日立を中心とする研究グループとほぼ同時に、UCSD(カルフォルニア大学サンタバーバラ校)(Science、vol.306、2004年12月10日)*3でもなされましたが、本成果では、スピンホール効果が物質固有の性質であるという可能性を世界で初めて示すとともに、UCSDの十倍以上の信号を得ることができました。詳細は以下の通りです。
(1) スピンホール効果測定用デバイスの開発
スピンホール効果が物質固有の性質であることを実証するため、半導体のチップ中に極めて薄い導電層を形成し、その両端にLED(発光ダイオード)の機能を持つ領域を作成しました。
(2) スピンホール効果の測定
測定用デバイスに電流を流すと、導電層では、正の電荷を帯びた正孔と呼ばれる荷電粒子が電流を運びます。この導電層に電流を流すと導電層の左右両端に、上向きのスピンを持った正孔と下向きのスピンを持った正孔が同数蓄積します。これがスピンホール効果です。導電層の左右に設けたLEDに電圧を印加すると、負の電荷を帯びた電子が正孔の導電層に注入され、正孔と結合して光の粒子(フォトン)にかわります。発生した光の偏光方向は結合した正孔と電子のもつスピンの向きと関係があります。そこで導電層の左右のLEDで発生した光の偏光を観察することで、スピンホール効果の存在を検証することができます。実験の結果、
1. 導電層の両端から発光する光の偏光の方向が反対である、さらに、 2. 試料に加える電流の向きによって光の偏光の符号が反転することを確認しました。これは、荷電粒子の持っているスピンの向きに応じて、粒子が試料の両端に曲げられた結果であり、スピンホール効果を示すものです。
観察に用いた試料では、正孔が極めて高濃度に微小な導電層に閉じ込められています。このような試料を用いた場合、観測されるスピンホール効果は、不純物等の他の材料因子の影響と無関係な材料固有の特性である可能性が、近年理論的に予測されており、本成果はそれを世界で初めて観測したことになります。今後もスピンホール効果の基本的な性質についてさらに深く探究し、同時に、この効果の応用を具体的に検討していく計画です。
なお本成果は、Physical Review Letters, Vol.94(2月発行)に掲載される予定です。
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注釈 |
*1 |
スピンホール効果 |
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スピンホール効果は、ある試料に電流を流したとき、荷電粒子の持っているスピンの向きに応じて、粒子が試料の両端に曲げられる現象です。しかし通常の半導体では、上向きスピンと下向きスピンの数は同数なので、たとえ上向きスピン*が試料の左端部に、下向きスピンが試料の右端部に蓄積されても、ホール電圧は生じません。これが、これまで、スピンホール効果の発生を検証することが困難な理由の一つでした。しかしスピンは磁石の性質を持っているため、半導体に電圧をかけたり電流を流したりするだけで、半導体を磁化したり、またその磁化を制御することができることになります。これはこれまで全く不可能だったことです。 |
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スピン |
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電子は、電荷を持つにのみならず「スピン」と呼ばれる微小な磁石の性質をも持っています。スピンには上向きと下向きの二つの方向があります。電子は、磁界がなくても電子のもつスピンの向きに応じて、試料の両端のどちらかに曲がる性質も併せ持っています。しかし通常の物質では、上向きスピンの電子の数と下向きスピンの数が同数なので、磁界をかけないとホール電圧は生じません。 |
*2 |
スピンホール効果の実現 |
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スピンホール効果が、30年あまりも観測できなかったことの背景には、第一に、この現象を1971年に発表した論文が、数年前に再度脚光をあびるまで、欧米の学会分野では、全く関心を向けられていなかったということをあげなくてはなりません。したがって、実は、この現象に関する研究はたいへん新しいもので、最近さかんになってきた金属磁性体、そして半導体を用いたスピントロニクスとよばれる新しい研究分野のブレークスルーに触発されて、多くの研究者が興味を抱くようになったものであるといえます。日立のグループの成果は、2年前に今回の測定で用いられた平面型の発光ダイオードを発明した日立ケンブリッジ研究所の研究者と、スピンホール効果を研究している理論のエキスパートの共同研究によって、達成されたものです。 |
*3 |
UCSDの成果との相違 |
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今回のスピンホールの測定では、半導体のチップ中に極めて薄い層を形成し、これを同時に発光ダイオードとして機能させることにより、信号を確認した点がポイントです。この精密にデザインされた構造を用いることにより、UCSDのグループの得た信号の十倍以上の信号を得ることができました。UCSDのグループの成果は、このような特別の層を用いない通常の半導体の中でスピンホール効果を検出したという点が、特に重要だと考えます。
また、スピンホール効果には、1971年に提唱された物質中の散乱体によって電子が散乱されるために生じるという外因的(Extrinsic)な理論と、2003年に提唱された物質固有の効果であるという内因的(Intrinsic)な理論があります。UCSDの成果は、前者であるのに対して、日立グループの成果は、後者が現実に存在するという可能性を初めて観測したものです。 |
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