筑 波 大 学
株式会社日立製作所
筑波大学の臨床医学グループ(代表:三井利夫教授(学群長))と日立製作所は、
このたび、世界で初めて、人体に非接触で、注射や薬を使用しない無侵襲な検査法
による心筋梗塞やその前段階の虚血状態の診断方法を開拓しました。高感度の磁気
センサであるSQUID(超電導量子干渉素子)(*1)を利用した心磁計測技術を応用し、
心臓から発生する微弱磁場を計測して心臓内の電流分布を画像化することで、心筋
梗塞前の心臓疾患を簡便かつ迅速に検査することが可能となります。
なお、今回利用したSQUIDは、基盤技術研究促進センターの出資会社である超伝
導センサ研究所(*2)で開発されたものです。
現在、心臓疾患の簡便な検査法としては、心電図(*3)が広く用いられています。
しかし、心電図は、心臓疾患のうち心筋梗塞(*4)の診断には効果があるものの、心
筋梗塞の前段階の「虚血状態」の程度を判定するにはまだ十分とはいえませんでし
た。また、虚血状態の精密検査法としては、放射性同位体を用いた核医学検査法(*5)
がありますが、放射線被曝の問題があり、さらに検査時間が長く、費用も高いため
被検者の負担が大きいという問題点がありました。
そこで、虚血状態をいち早く検査し、死亡率が高い心筋梗塞を未然に防ぐため、
日常の健康診断のように、簡便かつ迅速に虚血状態を検査できる方法が望まれてい
ました。
このようなニーズに対応し、筑波大学の臨床医学グループと日立は共同で「心磁
計測法」を採用した心臓疾患の検査に取り組んできました(*6)。
心磁計測は、心臓から発生する微弱な磁場(*7)を、高感度な磁気センサであるSQUID
を用いることで、人体に触れずに計測する方法です。心電図のように電極を貼る必
要がなく、服を着用したまま数秒で検査することが可能です。
従来、心磁計測法の応用としては、心臓の不整脈部位の推定のような特定部位の
信号解析が主であり、心筋の状態を画像化することが不可能なため、心臓疾患の中
でも死亡率の高い心筋梗塞やその前段階の虚血症の検査に適用することはできませ
んでした。
そこで今回、装置を担当した日立は、心磁計測法を用いて心筋の状態を画像化し、
その画像から心筋梗塞や虚血状態の検査を可能とするために、以下の2つの技術を
開発しました。
(1)超電導薄膜の磁気センサを二次元アレイ化することで、体の表面に平行な面内
の磁場ベクトルの直行する2成分を同時に検出する技術を開発しました。直角2方
向の磁場ベクトルの和は電流と比例関係にあるため、心臓各部の電流(*8)に対応し
た信号が得られ、世界で初めて、心臓内部の電流の分布を直接観察できるようにな
ります。
(2)心臓内部の電流分布を画像化し、1/1,000秒以下の時間分割で計測する
システムを開発しました。これにより、心臓の動きに応じて内部の電流分布を測定
し、心筋の活動部位や疾患部位を特定できるようになります。
筑波大学の臨床医学グループでは、今回の技術を採用した心磁計測法を心筋梗塞
や虚血状態の検査に適用しました。その結果、以下の2点を発見しました。
(1)健康な心臓と心筋梗塞あるいは虚血状態では、心筋の収縮期(脱分極過程)およ
び拡張期(再分極過程)の各々の時間帯おいて、電流分布のパターンが大きく異なる。
(2)心臓の収縮期(脱分極過程)と拡張期(再分極過程)の電流分布パターンの差を画
像化すると、心臓疾患の状態ならびに異常な部位を特定できる。
今回の発見により、世界で初めて、心磁計測法を用いて心筋梗塞や虚血状態の検
査が可能となりました。検査に1日必要とする他の医学検査と比較すると、被検者
の負担は非常に軽くなります。
また、死亡率の高い心筋梗塞の前段階である虚血状態を簡単に検査できるため、
心臓疾患の早期発見の道を拓くことになります。
今後は、MRI(磁気共鳴画像法)などの形態学的な画像と組み合わせ、より詳細な
心臓疾患の検査法の研究を行ない、この分野の予防医学に貢献していきます。
なお、本成果は5月28日から大阪大学で開催される日本生体磁気学会で発表す
る予定です。
<添付図>
(図1)は、ある特定の時間における心臓から出る磁場の分布図を示しています。
心磁図の大きさは測定した胸部上での範囲を示しています。図の濃い色の部分が磁
場強度の強いことを示し、心筋が最も活動している部分と対応しています。
(図2)は、虚血状態の心筋について、心臓の収縮期と拡張期での電流分布の差を
画像化したものです。この結果、健康な場合と虚血状態の場合とでは大きな違いが
観察されました。健康な場合は全体がプラスになりますが、心筋梗塞や虚血状態が
起こっている場合、その不正常な部位がマイナスになります。このマイナスの量は、
人によって差はあるものの、症状の進行に対応して変化します。そのため、1つの
画像で心筋の状態と虚血部位を検査することが可能です。
(注)
(*1)SQUID(Superconducting Quantum Interference Device:超電導量子干渉素
子):
1つあるいは2つのジョセフソン結合を超電導ループに設けた磁気デバイス。
このループに加えられる最大超電導電流値は、ループの中に閉じこめられた磁束に
より変化します。この変化は磁束量子単位(Φ0=2.07×10-15Wb)の周期的変化とな
り、非常に微弱な磁気に応答する特性を使い、超高感度磁気センサとして用いるこ
とができます。
超電導のデバイスとしては液体ヘリウム温度(絶対温度4.2K)で動作するLow-Tc
SQUIDや、それよりも高い温度(例えば液体窒素77K等)で動作する酸化物高温超電
導体を用いたHigh-Tc SQUIDがあります。本研究では感度が高く、信頼性が確立さ
れているLow-Tc SQUIDを採用しました。
(*2)超伝導センサ研究所:
高度生体磁気計測システムの開発を目的として、1990年から
1996年にかけて、基盤技術研究促進センターのもと、企業10社の共同出資で
設立された会社です。
(*3)心電図:
心臓の電気生理学的活動によって発生した電位差を、体表面上から電極を貼り測
定したグラフです。心電図検査は、心臓の疾患および機能状態を検査する方法とし
て、一般のルーチン検査で広く使用されています。
(*4)心筋梗塞:
冠動脈の閉塞により、急激に血流が減少または停止し、心筋の壊死が起こった状
態をいいます。
(*5)核医学検査法:
心筋の核医学検査には、心筋血流を反映して正常心筋に集積するトレーサ(131
CsCl、201TlClなど)を用いた心筋シンチグラフィと、急性梗塞部位に集積する放射
性医薬品を用いた検査などがあります。なかでも、単光子断層撮影SPECTは高い精度
で検査可能です。
(*6)筑波大学での心磁計測の研究は、まず超伝導センサ研究所と共同で開始されま
した。この超伝導センサ研究所は、1996年に研究期間は終了したものの、日立
と筑波大学は共同研究を継承し、現在に至っています。
(*7)心臓の磁場強度:
心臓からは数100fT〜数10pT程度の磁場が発生しています。fT(フェムトテスラ)
およびpT(ピコテスラ)は10-15テスラ、10-12テスラです。地磁気の強度は、約50
μT位(μT:10-6テスラ)ですので、心臓の磁場は地磁気の約100万分の1以下
ということになります。
(*8)心臓の収縮、拡張にともなう興奮状態を反映した心筋に発生する電流。
以 上
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